チフネの日記
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2004年10月26日(火) 盲目の王子様 86 跡部

関東大会第2回戦。
今回の相手もまだ氷帝の敵では無い。
それでも油断をしたら都大会での失態の二の舞だからと、レギュラーで挑むことが決まっている。

「この試合に勝って、全国大会への切符をまず手に入れよう。全員全力を尽くすように」
榊の言葉に、皆神妙に頷いている。あのジローでさえもだ。
そうでなくても負けたらレギュラーから落とされてしまう。
誰だって負ける訳にはいかないと思っているはずだ。

「跡部」
「なんですか、監督」
D2の試合が始まる直前、榊が跡部を手招きした。
「お前は別会場に行って、青学の試合を観て来い」
「監督、しかし今から試合が」
「本当はわかっているのだろう?
今日の試合よりも明日の青学の方が厄介だ。手塚君が出て来るかはわからないが、見ておくべきだと思ってる」
榊の真剣な声に、跡部は「わかりました」と頷いた。
「あいつらはS1まで回る前に勝つと信じてます。だから俺は偵察に行って来ます」
「ああ。行って良し」
びしっと指を出されて、苦笑しながらくるっと背中を向ける。
深刻なはずなのに、やっぱりどうもあのポーズ見ると笑ってしまう。

そして駆け足で、青学が試合しているであろう会場へと向かう。
青学の相手は千葉の六角中だ。強豪の一角である彼らなら、少しは青学を苦しめることが出来るだろうか。
だが今年の青学は勢いが違う。
ひょっとしたらS1に行く前に結果が出るかもしれねえ、と小さく呟く。

コートに辿り着くと、ちょうどD2の試合をしている所だった。
青学は乾と海堂のペアだ。
サーブを打つ乾を見て、跡部は眉を潜めた。
あのサーブの速度……氷帝一のサーブの威力を持つ鳳と互角に近い。
都大会のデータにそんなものは無かった。
前回は手塚の試合しか観ることが出来なかったが、直々に来て良かったと思う。
全体的に青学はレベルアップしている。
海堂とかいう二年も必殺技と噂されているスネークショットを繰り出して、上手く相手を翻弄させている。
この分だと全国の常連である氷帝もまともにぶつかったら、勝敗がどちらに転ぶかはわからない。

苦い顔をして試合をじっと見ていると、後ろからポンと肩を叩かれる。
「やあ。偵察にかな?」
「不二……」
嫌な奴に見付かった、と跡部は目を逸らした。
目立たない位置から見ていたつもりだったが、不二にはお見通しだったようだ。
「お前も試合あるんだろ?俺に構っていないで、さっさと応援に戻ったらどうだ」
背一杯強気な声を出すが、不二はにこっと笑うだけで行こうとしない。
それ所か、跡部の隣に並んでしまう。
至近距離に近付いて来た不二に、「おい、俺の話を聞こえていないのか?」と苛立った声を出す。
「聞こえているよ。この試合はもう決着がつきそうだから、急いで応援に戻ることは無いかなと思って」
「お前な……」
たしかに試合は乾と海堂ペアが優勢だ。
そうだとしても戻るべきなんじゃないかと思っていると、「そんなに露骨に嫌な顔しなくたって」と朗らかに言われてしまう。

「普通するだろ。俺の反応見て楽しんでるような奴の側にいたくない」
「はっきり言うなあ。その辺は手塚と真逆だね」
「あいつはお前が何やっていようが気付かないだろ……。それも問題有りだが」
よくこんな奴を引っ張って行けるな、と跡部は手塚のことを見直し始めていた。
天然が腹黒の上を行くとは。
まだまだ世の中には勉強させられることがいっぱいあるようだ。

「手塚は確かに色々鈍いけど、でも部長としてはよくやっているよ」
「そうかよ。お前がフォローするとは珍しいな」
「そりゃあ手塚はこの僕が認めた位の選手だからね。
たまには褒めることもあるよ」

たまに、という言葉が引っ掛かったがあえて突っ込むことは避けた。
「君と手塚、試合をしたらどっちが勝つんだろうね」
「さあな。今まで一度も当たったことが無いんだから、やってみなくちゃわからねえだろ」
歓声が沸くコートに目を向ける。
すると青学のD2がちょうど勝利を収めた所だった。

「勝った……。次は英二達の番か」
そう言いながらも、不二は離れて行こうとしない。
「お前、もう戻った方がいいんじゃないか。早く行けよ」
しっ、と手を振るが、やっぱりそのまま動かない。
「おいっ」
「行くよ。でもその前に確認したいことがある」
「なんだよ」
「手塚との試合、君はどんな対策を考えているの?」

跡部の鼓動が跳ねた。
(こいつ、知っているのか…!?)
よくよく考えれば天才と呼ばれる不二のことだ。
手塚の攻略方法を考え、跡部と同じことを思い付いたに違いない。
その上で、わざわざ牽制しに来たのだと跡部はようやく理解した。

青学の柱ともいえる手塚の腕を、
どうかたった一試合で奪わないでやって欲しいと。

(そんなこと言われたってな……)

こちらだってみすみす勝てるチャンスを逃すなんて、出来ない。
それにまだ迷ってもいる。
手塚の腕は長期の試合には耐えられない。最悪、どうにかなることだって有りえる。
わかっていてその方法を選んで勝利を掴むのか。
まだ跡部は決めかねている。

それだけじゃない。
結果的に手塚の腕を壊したことを知ったら、あの盲目の少年はどう思うのだろう。
跡部にとって、最も気掛かりなことだった。
リョーマに胸を張って試合結果を伝えたい。だったら、この作戦はするべきでは無い。
無いのだけれど、氷帝を背負っている部長としては勝率の高い作戦を捨てる訳にもいかない。
跡部の心はこの攻略を思い付いていてから、ずっと揺れ動いていた。


「何をしている」

不二に向かってどう言い返そうか迷っていると、すぐ真横から声を掛けられる。
「手塚……」
怖い顔をした手塚が、大股でやって来る。
「不二。どういうことだ。何故すぐに戻らない」
「それでわざわざ探しに来てくれた訳?」
手塚の表情にも全く動じることなく、不二は笑顔を絶やさない。
「今、戻る所だよ。ちょっと跡部と明日の試合がどうするか聞いてただけ」
「そんな事聞くな。一体何考えているんだ」
はあ、と手塚は溜息をつく。
普段から手を焼かされているんだろうな、と跡部は同情した。
「いいから戻るぞ。もう大石達の試合が始まっている」
「えー、もうちょっとだけ待ってよ。跡部からの答えを聞いていないんだからさあ」
ねえ?と不二がジャージを引っ張る。
跡部は露骨に嫌な顔をして振り解こうとするが、不二は華奢に見えて力があるらしく、
そう簡単に剥がれない。
なんなんだこいつは。
手塚を見ると、ぼーっとして眺めているだけで役に立ちそうに無い。
仕方なく、「放せよ」と訴えてみることにした。

「だから、跡部が明日の作戦をどうするか聞いたら放してあげるって」
「バカか!敵にそんなことべらべら喋る奴がいるか!」
とうとう跡部は大声を上げてしまった。
応援している人々の目がさっと集まる。
が、不二を見て皆すぐに逸らしてしまった。どうやら怖かったらしい。
おいおい、どんな評判が流れているんだと、跡部は顔を引き攣らせた。

どうしようかと考えあぐねていると、傍観していた手塚が間に入って来る。

「不二。跡部の言う通りだぞ。そういうこと脅して口を割らせようとするな。みっともない」
しかも助けてくれた。
相手は不二なのに、ちゃんと窘めている。
案外やるな、と跡部の中で手塚の評価が上がった。

「けど、君だって心配じゃないの?跡部との試合……どうなるのか」
それまでの余裕の表情から一変、不二は暗い顔をして俯く。
いつも腹黒なくせに、手塚のことを心配している気持ちは本物のようだ。

不二の言葉に対し、手塚は臆することなく首を横に振った。
「今、どうこう悩んでいても仕方無いだろうが。
俺はただ勝ちに行くだけだ。どんなことがあろうと、絶対負けない」
「手塚……」
そして、きっぱりと跡部の目を見て告げる。
「明日は勝ちに来るつもりだろうが、俺も同じだ。
どんな作戦で来ようとも、堂々と受ける。だから、遠慮はいらない。
思うようにやればいい」

(なんだ、こいつ。天然のくせに、妙にカッコいい事言いやがって)

散々迷っているこちらが、これでは馬鹿みたいじゃないか。
手塚は逃げも隠れもしない、長期戦を仕掛けようがそれすらも受け入れる覚悟があるようだ。

「不二、もう用は無いはずだ。行くぞ」
「え、ちょっと僕はまだ」
「頼むから少しは俺の言う事も聞いてくれ……。
試合中にうろうろしていると、大石の気が散って仕方無いだろ」
「全く、繊細なんだから。しょうがない、戻ってやるか。じゃあね、跡部。また明日」
「明日はよろしくな」

そう言って、青学のNO1と2は跡部の側から離れて行った。

手塚の背中は迷いなく前を向いていて、それが無性に腹立たしい。

(くそっ、これじゃまだ迷っている俺が情けないみたいじゃねえか)

試合まで、後一日。
どうするか、そろそろ決める時間は迫っている。



チフネ