チフネの日記
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2004年10月25日(月) 盲目の王子様 85 跡部

「なんで、てめえがここにいるんだよ」
出来るだけ声を抑えて、跡部は不二に向かって言った。

さっき天然手塚と会ったかと思えば、今度は腹黒不二か。
今日は一体なんなんだ。
不愉快な気持ちを隠すことなく、むっとしながらリョーマに近付く。
そもそも不二がいつも座っている椅子を使っているのが気に入らない。
リョーマと今まで二人きりでいたのも許せない。

そんな跡部の気持ちをわかっているかのように、不二はいつも以上にニコニコと笑顔を振りまいている。

「なんでここにいるかって、お見舞いに決まってるじゃないか。そんなのもわからないの?馬鹿なの?」
「……」
「跡部落ち着けっ、ここがどこか忘れたらあかんで」
「そうだよ。静かにしなくちゃ、追い出されちゃうよ」
忍足とジローに宥められ、跡部は仕方なく文句を続けようとする口を閉じた。

しかし、
「そうだよ。病院内では静かにしないと」
したり顔で言う不二にはやっぱりムカつく。
どうしてくれようかと苛々していると、不意にリョーマが立ち上がった。

「そこに予備の椅子があるから、ちょっと待って」
「おい、お前は座ってろ。俺達がやるからいい」
「あ、うん」
リョーマの動きを制して、跡部はベッドの隅に置かれた折り畳み式の椅子を取り出した。
ついでなので忍足とジローにも渡してやったら、何故か不二に笑われてしまう。
「なんだよ」
「いや、別に。君が世間で言われているようなイメージと違うから、びっくりしているだけ」
「はあ?」
「本当面白いよ。手塚と同じように毎日観察したい位だ」
「お前、自分の所の部長を観察なんてしてるの?」
不二を平然とお前呼ばわりするのはジローしかいない。
跡部も忍足もぴしっと固まってしまう。
だが不二は気を悪くする風でもなく、ジローに向けて頷いた。
「まあね。あれ程面白い素材は無いからね」
「ふーん」
どうやら他意の無いジローの態度を、意外にも不二は気に入っているらしい。
黒いオーラが見えないな、と忍足と肘で突き合って確認する。

「じゃあ、その手塚を観察する為に病院までついて来たんだ」
「それだけじゃないよ。越前君の様子を僕が直々に見て来てあげようと思ったんだ。
なにしろ手塚はこうと決めたら脇目も振らず真っ直ぐ突き進むような奴でね。
手術が終わるまで会わないと決めたとか言って、病室には絶対に入ろうとしない。
見えない所で回復を祈るんだってさ。よくわかんないよねー」
「お前がそうしろと吹き込んだんじゃないのか」
跡部の言葉に、不二は顔を顰めた。
「まさか。僕ならもっと積極的に行けよと背中を押すよ」
「さっきの手塚の行動は素やったんかい」
呆れたような忍足の声に、全く同感だと跡部も頷いた。
本気でリョーマを陰で見守っていたらしい。
天然過ぎるだろ、と大きく溜息をつく。

「入って来てくれれば良かったのに。
これのお礼、まだ言って無い……」
リョーマはベッドに括りつけてあるお守りを指差した。

なんでそんな近くに置いているんだよ。
仕舞っとけばいいだろ、と跡部は一瞬むっとしたが、黙っていた。
また不二にごちゃごちゃ言われるのが予想出来るのと、リョーマに了見が狭い男と思われるのも嫌だったからだ。

「僕から手塚の方にちゃんと伝えておくよ。だから安心して」
「はあ……」
複雑そうなリョーマの表情から、ちゃんと言ってくれるんだろうかと不安に思っていることが伝わる。

(不二のことだから、大袈裟に伝えそうだしな)
手塚が喜ぶようなことをあることないこと吹き込むんじゃないだろうか。
ちらっと不二を見ると、「何?心配?」とまるで心を読んだかのようなことを口にする。

「大丈夫だよ。ありのまま越前君がお礼を言ってた、ってだけ報告するから。
誤解するようなこと言う訳無いじゃないか。馬鹿馬鹿しい」
「誤解って、なんの話っすか?」
首を傾げるリョーマに、不二は軽く笑った。
「そりゃ余計な期待させるとか、ねえ?」
「意味がわからないんですけど」
淡々と言うリョーマに、不二はぐいっと体を近づけ、そして頬を指でくいっと引っ張った。
「おい!お前リョーマに何してんねん」
「不二っ、止めろ!」
出来るだけ音量を抑えて、忍足と跡部はそろって抗議の声を上げる。
ジローはぽかんと目を見開いていた。
三人の様子を気にすることなく、不二は「わかってないなあ」とリョーマに言う。

「あの、不二さん?」
「病室に来て欲しいなんて、気安く言うもんじゃないよ。
二人きりになりたいのかと、手塚が舞い上がったらどうすんの」
「手塚さんは、そんな誤解するとは思えないけど……」
「君ねえ、手塚のことそこまで深く知らないじゃないか。
とにかくその気が無いのに期待するようなこと言うなってこと」
ふうっと溜息をついて、不二は頬を摘んでいた手を放す。
「以前と状況が変わったみたいだから、一応忠告しておく。
好きな人以外に、勘違いされるような優しさを見せるのは止した方がいい」
「状況が違う??不二さんの言ってること、本当にわからないっすよ」

頬を摩りながら、リョーマは不満そうに言う。

跡部にも不二の言いたいことはわからない。
忍足もジローもそれは同じ思いらしく、じっと不二を見詰めている。

「やれやれ。さっきまで僕と会話していた内容も忘れたのかな?」
大袈裟に不二は肩を竦めてみせる。
「内容って言われても、ここ最近どうなのか聞かれただけじゃん」
「うん、そうなんだけど。まあ、いいか。他の人がいる前で言うべきことじゃない。
後は自分で考えなさい」
「ちょっと、気になるじゃないっすか」
憤慨するリョーマに、不二は立ち上がって軽く頭を撫でた。
「自覚あるんでしょ?だったらそれ以外に優しくなんてしなくていいよ。
手塚も、覚悟出来ているみたいだし。もう僕から何か働き掛けるのは止めるね」
「あの、不二さん?」
「手術頑張ってね。僕も応援しているから。あ、そうだ。これ、いる?」

そう言って不二がポケットから取り出したのは、どう見ても怪しげな呪いの人形で。
「お守りなんかより全然効くと思うんだ。良かったら、どうぞ」
「おい!越前に変なもの渡すな!」
慌てて止めに入ると、不二が「冗談だよ」とまた笑う。
「じゃあ、僕は先に出るから。皆さん、ごゆっくり」
「あの、まだ話終わっていないんだけど」
引き止めようとするリョーマに構うことなく、不二は「じゃあね」とさっさと病室を出て行ってしまった。

「なんなの、あいつー。あの人形見た?気持ち悪いよ!」
「わっ、ジロー」
不二が出て行くと同時に、ジローがリョーマに抱きついた。
「あんなのリョーマの側に置いときたくない。あー、ちゃんと持って帰って良かった!」

こいつ、他意が無いとはいえベタベタ触りやがって……。
不二がいたことでただでさえ機嫌が下降しているのに、ぎゅっとリョーマに抱きつく姿を見て、ふつふつと怒りが沸いてくる。
すると、
「ほんまに趣味悪い人形やな。リョーマには相応しくないで」
と、ちゃっかり忍足まで隣をキープして座っているでは無いか。

(おい、この構図。前と全く一緒だぞ…)

忍足とジローに囲まれるリョーマと、側で椅子に座っている自分と。
またしてもやられた、と跡部はがくっと肩を落とした。

「でも不二さんは、俺のことも心配してくれたみたいっすよ」
二人に挟まれて、リョーマは困ったように呟く。
「さっきの言葉だって、よくわかんないけど俺のこと思って言ってたっぽかったし」
「リョーマ、俺達が来るまで不二と何話してたのー?」

いい加減、お前はその手を放せよ、と跡部はジローをじっと見た。
気付くことなくジローはリョーマの肩をぎゅっと抱いたまま問い掛ける。
「何って、近況とか。入院中は、退屈じゃないかとか聞かれたんで、
皆が来てくれるからそうでもないって答えて、えっと後はどんなこと話してるんだって聞かれたかな」
「ふーん。なんなんだろうね、あいつ」
「さあ?」
リョーマはまた首を傾げた。
「でも、不二さんのさっき言ったこと…ちょっと気になったな」
「えー?何が?何が?」
ジローが無邪気に尋ねる。
こういう時、跡部は逆に気兼ねして聞くことが出来なくなってしまうのだが、
ジローは素直にありのまま疑問を口にする。
得な奴だ、と思う。
忍足も興味深々というように耳を傾けている。

「そのつもりは無くても、相手を誤解されることもあるんじゃないかなと思って。
好きな人に優しい言葉を掛けてもらったら、やっぱり嬉しいだろうし、もしかしたらって思うこともあるよね。
だから、不二さんの言うことも、よく考えてみるとわかる気がするんだ」
「え?でもリョーマは普通にしてるだけでしょ。だから気にすること無いと思う」
「そうだけど……うーん、なんだろ。うまく言えないや」
そのまま黙り込んでしまう。
どうやら頭の中で整理が出来ていないようだ。考え込んでしまっている。

「そない言うなら、ゆっくり考えたらどうや?」
くしゃっと忍足が不二と同じようにリョーマの頭を撫でる。
「俺らは今から明日の試合の為に練習に行くし。ゆっくり一人で考えてみるのもええかもな」
「おい、忍足」
こんな不安定なリョーマを置いておくなんて、と跡部は思わず立ち上がった。
だが忍足は穏やかに笑って、「リョーマにまず聞いてみようや」と言う。
「どうや?リョーマ」
「え、うん。そうだね。侑士の言う通り、ちょっと一人になって考えてみたいかも」
「そうやろ、そうやろ」
「……」

忍足の言う通りの展開になったのは気に入らないが、リョーマの意見を尊重させる為に、ここは出て行くしか無さそうだ。

「じゃあ、明日また来るからな」
「リョーマ、バイバイ」
「またな、リョーマ」
「うん。皆、明日の試合も頑張って」

手を振るリョーマに見送られて、三人は病室からそっと出て行く。


「あんな状態の越前を一人にして、大丈夫なのかよ」
廊下を歩きながら、跡部は忍足に向かって文句を言った。勿論声は抑えてある。
心配で仕方ない。
手術前に余計なことを考えて、影響が無ければいいが。
あーあ、と溜息をついていると、忍足がぷっと笑い出す。
「なんだよ」
「そないに気になるんやったら、もう一回様子を見に行ったらどうや」
「はあ?お前さっき、越前のこと一人にさせたいって言っただろうが」
「あれは退出する口実作っただけや」
「どういうことだよ」
「あのなあ、俺らが出て行かへん限りリョーマはずっと本音漏らすこと出来へんやろ。
けど、お前には違うんとちゃうか?」
「……」
「いや、お前の口から聞きたいかもしれへんな」
「どういうことだよ」
ふと、忍足にもたれ掛かっているジローと目が合う。
彼もまた、何かを察知しているらしい。

どうして自分はわからない、と跡部は少し苛立ったように「早く言えよ」と先を急かした。
「だから、リョーマも思ったんちゃうか。誰かさんに優しくされたことは嬉しいけど、期待したらあかんってな。
他の人にしているのと同じかもしれへん。そう考えているんとちゃうか?」
「なんだよ、それ。俺は別に他の奴なんか……どうでもいいのに」
「わかったら、さっさと戻ったらどうや。誤解を解くなら早い内がええで」

くるっと跡部は振り返った。そしてそのまま、リョーマの病室へと早足で歩き始める。


「俺って、ほんまお人よしやな。けど跡部よりずっといい男だと思わへん?」
脱力しつつ、忍足はジローに笑顔を向けた。
「自分で言わなきゃもっといい男だと思うけどね」
「うわー、そこは黙って慰める所やろ」
「しょうがないなあ。じゃあ、後で飴買ってあげる」
「自分が食べたいだけやろ」

二人はそのまま振り返らず、外へと出て行った。



ノックするのももどかしく、跡部は慌しくドアを開けた。
「越前!」
「跡部さん?どうしたんすか、なにか忘れ物?」
突然入ってきた跡部に、リョーマは驚いたようにびくっと体を竦ませる。
それに気にする余裕が無いまま、すぐ前へと移動して行く。

「どうしたんすか。なんか、あったとか」
「一つ、お前に言っておきたいことがある」
「はあ……」
困惑しているリョーマの右手を掴んで、両手でぎゅっと包み込む。
「お前のやり方が間違っているとは思わない。非難の意味で言う訳じゃないのはわかって欲しい」
「あの、なんのこと?」
「俺は特別な相手以外に、優しくなんかしない。というか、誰かの力になってやりたいとか、一度も考えたこと無かったんだがな。
だから、その誤解とかじゃなくそのまま受け取っていればいい。
ただそれだけを言いたかったんだ」
「……そう、っすか」

リョーマの顔が赤くなったのを、跡部は見逃さなかった。
ほとんど告白のようなことを言ってしまったが、ぎりぎりまだ榊との約束は守れていると思う。
この続きは手術が成功してから、と言い聞かせて名残惜しげに手を放す。

「今、言ったこと忘れるなよ。それからまた、さっきのことも合わせて考えればいい」
「う、うん」
「じゃ、俺練習あるから行くぜ」
「あの、跡部さん」
「なんだ?」
「わざわざ来てくれて…ありがと」

にこっと顔を上げて笑うリョーマを見て、その場に倒れそうになった。

(それは反則過ぎるだろう)

震える足をなんとか動かしながら、今度こそ退室する。
多分これで、リョーマの誤解は解けたはずだ。
しかも、あの表情。
(俺も期待しても、いいんだろうか)

手術後の告白に備えて、大きく自信がついた。
本番の時はこんな慌しい状況じゃなく、もっと思い出が残るような。
そんな演出を考えようと、軽い足取りでエレベーターへと向かった。





「びっくりした……」
一人病室に残っていたリョーマは、赤くなった頬を両手でそっと押さえた。
(特別、な人にだけか)
跡部の言葉を繰り返し思い出して、また熱くなっていく。
手術なんて控えて無かったら、直ぐに気持ちを伝えていたかもしれない。
自分にとっても、跡部は特別なんだけど。口に出していただろう。

(早く、手術が無事に終わらないかな……)

その時が来たら、彼の目を見てハッキリ言おう。
どんな顔するんだろと想像して、リョーマはまたベッドへと横たわった。


チフネ