チフネの日記
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| 2004年10月23日(土) |
盲目の王子様 83 跡部 |
「跡部ーっ。まだやるんかー?今日は病院行かへんのかー?」
忍足の声に、跡部は首を振った。 「もうちょっとやって行く。行きたいのなら、お前らは先に行けよ」 「でも、あんまり長くやっていると面会時間終わっちゃうよ?」 「それまでには行く。いいからさっさと行け」 ジローにもさっと手を振って返事する。 すると二人は顔を見合わせた後「リョーマの所に行こうか」とさっさとその場を去ってしまった。
……冷たい連中め。 まあ、いいさと跡部は再びボールを手に取った。 時間ぎりぎりまで今日は練習すると決めていたからだ。 それにリョーマの所へ見舞いに行った後、もう一度学校に戻って来て練習するつもりだった。 監督の許可も取ってある。 それに居残りしているのは跡部だけじゃない。 宍戸と鳳も二人でずっとダブルスのフォーメーションの練習をしている。 自主練習は個人の自由だから、忍足とジローに無理に居残れというつもりは無い。 それぞれの調子に合わせてやるべきだろう。 忍足の場合、パートナーの向日が調子を出す為にと何故かバンジーしに行っているから、ダブルスの練習が出来ないのもあるが……。
(俺は残り少ない時間を使って、どうにか手塚を破る策を見つけなきゃいけないからな……) 先日観た試合を思い出して、跡部はチッと舌打ちした。 認めるのも悔しいが、奴を倒す方法がこれといって見付からない。 腕の不調はデマだったらしい。 手塚のテニスにこれといった弱点は見付からなかった。 跡部も自分の力にはある程度の自信を持っているが、手塚に勝てると言い切れる程過信はしていない。 多分試合になれば、五分五分……。もしかしたら不利になるかもしれない。 そう思うと気が焦って、とにかくボールを打っていないと気が済まない。 闇雲に籠一杯のボールを打ち続けて、ふと気付くと1時間経過していた。
「やばいっ、面会時間過ぎちまう」
大急ぎでコートから飛び出す。 「跡部、帰るのかよー!」 後ろから、宍戸の声が響く。 「また来る!使ったボールを戻しておいてくれ!」 「はあ!?」 抗議の声を無視して、跡部は部室に急いだ。 シャワーを浴びてる時間も、着替えている時間も無い。 仕方なくジャージを羽織るだけにして、そしてすぐ待たせておいた自家用車に乗り込む。 いつでも病院に行けるようにと運転手に指示しておいて良かった、と胸を撫で下ろす。 そしてリョーマの入院している先へと向かった。 お見舞いの品を買う時間も無かったが、二日連続で届けたらリョーマに気を使わせるだけだろうし、 今日は会いに行くだけで良いと判断する。
車を急がせたおかげか、奇跡的に面会時間には間に合った。 だが「後15分だけですからね」と釘をさされてしまう。 昨日騒いだことがまずかったのだろうか。 心なしか冷たい声で言われた気がする。 しかしそんなことに構っている時間は無い。 リョーマがいる病室へと急いで向かう。
控えめにノックすると、昨日と同じように「はい」とリョーマの返事が聞こえる。 跡部は「入るぞ」と声を掛けてドアを開けた。
「跡部さん。今日も来てくれたんだ?」 「当たり前だろ」 「でも自主練しているから、来られないかもって聞いたけど」 「あいつらか。勝手なこと言いやがって…」 行かないとは言っていないのに。 はあ、と溜息をついて病室の中へと進んで行く。 リョーマはベッドの上で壁を背にして座っていた。 手には何かの本を持っている。 「本、読んでいたのか」 「うん。まだ途中までなんだけど」 面白いよ、とにこっと笑うリョーマの顔を見て、頬が熱くなっていく。 笑顔一つで、さっきまでの切羽詰った空気がふっと抜けたのを感じた。
一挙一動に反応するなんて、ガキの初恋かよと頭を掻く。 客観的に見ると自分の行動はそのもので、情けなくなるやら恥ずかしくなってきてしまう。
「跡部さん?」 沈黙にリョーマが変に思ったのか、声を掛けて来る。 「どうかした?疲れてるとか……。冷蔵庫に飲み物入っているよ」 「あ、いい。車の中で飲んできたから今はいらない」 「そうっすか。えっと、立っているのもなんだし、この椅子に座ったら?」 「ああ」 前回と同じように、パイプ椅子に腰掛けてリョーマのすぐ近くにずいっと近付く。 すると何故かリョーマはぴくっと肩を震わせて硬直してしまう。 「おい、どうした?」 妙な反応に今度は跡部が声を上げる。 「あー、別に……なんでも無いよ」 「そうか?」 珍しく歯切れの悪いリョーマに、何かあったのかと心配する。 「本当に大丈夫って言うのなら詮索はしねえよ。 その言葉信じていいんだな?」 もう一度言うと、リョーマは「うーん」と小さく俯いた。
「あったといえばあったし、無かったといえば無い」 「なんだそれは」 「まだ考え中。はっきり言える段階じゃないから、今は詮索しないで欲しい」 きっぱりと言われて、跡部はそれ以上問い詰めることが出来なくなってしまう。 正直言って、リョーマが隠し事をしていることに少し傷付いた。 だけど全部話せだなんて言えるはずも無い。リョーマにだって秘めておきたい事はあるだろう。 何もかも打ち明けろと迫るのは、間違った行為だ。 だから跡部は「わかった」と固い声で答えた。
こちらの心境が伝わったのだろうか。 リョーマは少し黙った後、跡部の腕がどこにあるか探すように手を伸ばして来る。 応えるように自分から手を掴むと、一瞬動きが固まった後、すぐ握り返される。 「今は言えないけど、探したらちゃんと伝えるから」 「探す?」 「うん。どう伝えたらいいか、わからないだけなんだ。 でも全部片付いたら、跡部さんに真っ先に言うよ。 大事な話だから。 退院したら、俺と話する時間取ってくれる?」 「当たり前じゃねえか。お前になら、いくらだって時間を割いてやるよ」 「良かった。ありがとう」 安心するように笑うリョーマの髪を、くしゃっと優しく撫でる。 誤魔化したりせず、ちゃんと話をすると約束してくれた。 今は聞けないけど、そう言ってくれることが嬉しい。
(話って、なんなんだ?っと、今詮索するのは無しだったな)
リョーマの表情から、そう悪いことじゃ無いのが伺える。 じっとその時が来るまで待とうと考える。
「話なら本当にいつでも聞くから、遠慮無く言えよ」 「うん。多分、退院後になると思う」 「退院後か……」 その頃には、きっとリョーマの目は元通りになっているはずだ。 リョーマの前に立った時、自分の姿が映ることを想像する。 彼にはどんな風に見えるのだろう。 人の評価等気にしたことは無いが、リョーマのだけは別だ。 出来るだけ、良い風に映って欲しいと願う。
「退院したら、俺達の顔も見えるようになっているな」 「多分、ね」 「多分とか弱気なこと言うな。絶対見えているに決まっている。 言っておくけど、ジローと忍足とで三人並んでいて、その中で一番イイ男がいたらそれが俺だからな 間違えるなよ」 「自分でイイ男とか言ってるし……。そんなに自信あるんだ」 くすくすとリョーマは笑った。 多分、とかまた一瞬沈んだ気持ちは、すぐ浮上したようだ。 ふざけたことを口にして正解だったな、と跡部も一緒になって笑う。
「ああ。自信あるぜ。俺を見てびっくりすんなよ。 あまりにイイ男で腰を抜かすかもな」 「そんなこと言って、大したこと無かったら笑うから」 「言ってろよ。今の言葉、後で絶対撤回することはわかっているしな」 「ふーん。本当に自信あるんだ」 「越前?」
繋いでいた手を振り解かれる。 一瞬、機嫌を損ねたのかと焦ったが、リョーマはもう一方の手を伸ばして来て、 そして、跡部の肩に触れた。 「おい?」 「ちょっとじっとしてて」 「なんなんだ」 肩から首、そして顔へとリョーマの手が移動していく。 形を確かめるように小さな手が跡部の口と鼻と瞼の形をなぞる。 眉にも額にも触れた後、満足したのかそっと手は離れていった。 「うーん、やっぱりよくわかんない」 「何がしたかったんだ」 「跡部さんの顔。想像だけで、よくわかんないから確かめてみようと思って。 ほら、前にジローの顔も触ったから違いとかあるのかなと考えてみたけど、やっぱりわかんないや。 悪かったね、急に触ったりして」 「別に構わないが。確かめる必要なんか無いだろう。 すぐに、見えるようになるんだからよ」 「そう、そうだね。うん。その時にきっちり確かめさせてもらうから」 「ああ。それまで楽しみに待ってろ」 また笑うリョーマに、今度は髪をぐしゃぐしゃと撫で回してやった。
(そっか。こいつは俺の顔なんて関係無く、こうして一緒にいてくれるんだったな)
容姿や財力、生徒会長でテニス部部長の肩書き等に惹かれて近付いてくる連中はいくらでもいる。 そういう奴らを逆に利用してやっている所もあったから、見掛けで判断されても何とも思わなくなっていた。 それが当たり前だと思っていたから。 でもリョーマは目が見えない分、その人間の中身をきちんと見つめて接してくれる。
(容姿や金なんて、こいつには興味無いんだ。どうでもいいことなんだよな。 俺が格好悪くて、金の無い男だったとしても関係なく側にいてくれる。 そうだ。こいつにとっては肩書きなんて無くても、跡部景吾であればいいんだ)
ただの自分を受け止めてくれる人なんていないと思っていた。 リョーマと会うことが無かったら、きっと今も誤解したままだったろう。 ここにいる。俺の外見や金なんか無くても、側にいてくれる奴がいるんだ。 だからこそ、リョーマのことを放したくないと強く思う。 忍足や手塚の元に行かないで欲しい、と。 告白もまだしていない自分に、そんな権利は無いけれど。 手術が終わったら、リョーマの抱えている重荷が解かれたらちゃんと伝えるから。 それまで待ってて欲しいと、もう一度手に軽く触れて強く願う。
リョーマは退院後に話をする時間を欲しいと言った。 その時打ち明けることにしよう、と心の中で決めた。
15分はあっという間に過ぎて、また見張りの為に飛んできたナースに追い立てられるようにして、 跡部は病室から出た。 昨日の騒ぎで完全に目を付けられてしまったらしい。 それとも病院側は榊に何か言われているのかもしれない。リョーマの様子を特に見ておいて欲しいと。 榊ならやりかねない。 挨拶もそこそこだったのが不満だが、文句を言って不興を買ったりして出入り禁止になることは避けない。 渋々病院から外で出た。
そしてまたコートに戻る為、途中で簡単に夕飯を取って再び学校へ戻ると、 宍戸と鳳以外にも練習いている者が増えていた。 「あれ、跡部。戻って来たんだ」 「ジロー?お前、見舞いの後帰って寝たんじゃないのか?」 「そんな訳あらへんやろ。今は僅かな時間も惜しい位からな。また戻って来たんや」 「忍足…」 「そうそう。無駄な時間は一分も無いってな」 「って、バンジージャンプしてたてめえに言われたくねえな!」 ぴょんぴょん飛んでいる向日に跡部は怒鳴った。 いつの間にか自主練習に来ている。 忍足が誘ったのかもしれない。二人でコートに入っていて、その相手は鳳と宍戸だ。 「用は終わったのかよ。ボールなら片付けておいてやったぜ。特別にな」 「そうですよ。俺も手伝いましたけどね」 宍戸が隣のコートを指差す。 先ほどまで散らかっていたボールは全部片付けられていた。 その隣には樺地が立っている。 「ウス」 「なんだ、樺地も来ていたのか」 「ウス」 「俺が呼んだのー。練習相手して欲しいって」 「ジローが?」 「うん。電話したらすぐ来てくれたよ」 「ウス」 「よく会話出来たな……」 妙なところに感心してしまう。 「樺地もボール拾い手伝ってくれたんだぜ。感謝しろよ」 宍戸の声に、跡部は「ああ」と頷いた。 「悪いな。お前らも練習あるのに」 素直にそう伝えると、宍戸と鳳は二人で目を丸くする。 「あ、いや別に休憩のついでにやっただけだ」 「跡部さん、何か悪いものでも食べたんですか?」 宍戸はともかく、真面目にそんなことを言う鳳に苦笑しつつ、跡部もコートへと入る。 「跡部−っ、ねえねえ俺の相手してよ。久しぶりに試合しようよ。試合」 「馬鹿か。俺と今試合なんかしたら、本番に差し支えるぞ」 「えー?」 「軽く打つだけにしようぜ。俺のアップに付き合え」 「ま、Eけどー」 「ウス」 「ああ。自主練習していていいぜ、樺地」 「毎度のことながら、よくその二文字で意思疎通出来るな……。なんでやねん」 首を捻っている忍足に笑って、跡部は軽くストレッチを始めた。
関東大会へ向けて、皆も同じように頑張っている。 きっと、負けない。 青学にも勝てると、今は信じてやっていくしか無い。
チフネ

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