チフネの日記
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| 2004年10月22日(金) |
盲目の王子様 82 リョーマ |
跡部達が帰った後(正確には追い出されただが)、 リョーマはベッドに横になってぼんやりと手塚に貰ったお守りを手で触れていた。 病室には三人がもらった花の良い香りが漂っている。 独りで部屋にいるが、なんとなく安心してしまう。 三人が来てくれて良かった、とリョーマは呟く。 家族には負担を掛けたくないので付き添いを断ったが、やっぱり誰もいなくなるとほんの少し心細い。 お守りと花の香りとで、大分慰められている気がする。
(お守り、か。効果はどんなものだろう)
試合を控えているのにわざわざ買って来てくれたことを思うと、申し訳なくなる。 手塚のことだから、「気にするな」と言うに違いないだろうが。
(手塚さんか……。真面目で良い人なのはわかるんだけど、付き合うとかはあんまり考えられないんだよね) 友達として付き合うのなら大歓迎だが、恋人ととしては想像すら出来ない。 手塚の言う好きが、リョーマにとっては未だに理解出来ないものだ。
(話もそんなにしていないし、俺のこと知らないのに……なんであんな真剣に「好き」だって言えるんだろ) 夢見過ぎていている気がするんだけどな、と眉を寄せる。
友達としてで、いいのに。 なんでそれじゃ駄目なんだろうとリョーマは考えた。 仲良くしている、それだけじゃ物足りないのだろうか。
(付き合うことになるとしたら、どうなるんだ?)
忍足とは学校も一緒だし、ほとんど毎日会っているから何も変わらない気がする。 手塚は、会う頻度が多くなるのだろうか。 違う学校だから、待ち合わせして外で会って、そして。
(何するんだ)
リョーマは小さく唸った。 ただ会って話ししているだけなら、今と変わらない。 やっぱり友達でいいんじゃないかと思ってしまう。 忍足と手塚。二人の気持ちと自分の気持ちにはズレがある。
(だってさ、やっぱり二人のこと友達としか見れないんだよね)
目のことがあってそちらに気を取られていることを差し引いても、 恋人として付き合うことは考えられない。 好意は持っているが、二人と同じ気持ちじゃない。 多分この先も、変わることは無い気がする。
(付き合うとか、恋人とかって。どうしたらそんな風に考えられるんだろ)
難しい、とリョーマは小さく溜息をついた。 それでも彼らの気持ちにきちんと応える為にも避けていられない。
(手塚さんはよくわからないけど、確か侑士は……)
手塚に告白されている所を見て、自分も気持ちを伝えたと言っていた。 誰にも取られたくないと。 切羽詰ったような声でそう言った。
(まあ、たしかに好きな人に恋人が出来たら悲しいよね。 そうなって欲しくないと思って、気付くこともあるのか)
じゃあ、忍足と手塚に恋人が出来てみたら?と考えてみる。 正直に言うと、少し寂しいかもしれない。 二人が夢中になる相手を見つけて、もう以前みたいに会いに来ることは確実に減るだろう。 恋人とどこかに出かけることを優先して、会話もなくなっていくかもしれない。 でもきっと寂しいと思う反面、笑顔で送り出すことも出来る。 友達だから、二人が幸せになれるのが嬉しい。 引き止めようとは思わない。
(やっぱり、友達としか見えないから……侑士が言ってたような感情は湧いてこない)
いずれきちんと返事をする時、申し訳ないけれどやっぱり断ろうとリョーマは考えた。 それにしても恋愛感情は難しい、と呟く。 今これだけ考えただけでも、かなり疲労してしまった。 二人共良い人だからこそ、誠意を持って自分なりに一生懸命考えなければと思ったが、 これ程度でぐったりしてしまった。 慣れないことはするもんじゃないなと改めて思う。
このまま眠ってしまおうか。 そう思ってリョーマは布団を体に掛けようとすると、 コンコン、とドアにノックの音が響いた。
「はい」 返事をすると「失礼する」と榊の声が聞こえて、ドアが開いた。 「先生……忙しいのに来てくれたんだ」 大会前に時間も無いだろうに、わざわざ顔を出してくれたことに驚いて、 リョーマはさっと起き上がった。 「ああ、いい。そのままで。疲れているのだろう」 「いえ、別に。今日は検査もちょこっとだけだっだし」 「どうだ、この部屋の居心地は。何か不便は無いか?」 「全然。先生には本当お世話になって、申し訳ないくらいっすよ」 個室を使えるよう榊が取り計らってくれたで、こんなにも快適に過ごしている。 文句を言ったらバチが当たってしまう。
リョーマの言葉に、榊は「それでも何かあったら、すぐに言いなさい」とまだ心配しているような言葉を掛けて来た。
「この花は……跡部達が来たのか?」 当然気付くだろうなと思って、リョーマはこくんと頷いた。 「お見舞いに来てくれたんだよ。練習で忙しいから、一旦は断ったんだけど……」 「あいつらのことだ。反対しても押し掛けてくるだろう。 ほどほどに相手すればいい」 「はい」 意外なことに、榊は皆が来たことを咎めているようでは無かった。 練習の時間を無駄にするなと怒るのかと思ったが、 リョーマの聞いた感じではそういうニュアンスが全く含まれていない。 良かった、と胸を撫で下ろす。
「入院している間は暇だろう。 新しい本を持って来たから、時間がある時に読むといい」 榊は鞄から袋を取り出し、リョーマの手に直接それを渡してきた。 新しい点字の本のようだ。 「ありがとうございます」 「全部読んだらまた新しい本を持って来よう。次は何がいいか、考えておいてくれ」 「いや、でもまだこの本も読んで無いんだから……もっと後になるかも」 5冊あれば十分な気もするけど、とリョーマは思った。 「そうか。読み終わったら、いつでも言ってくれればいい」 「はあ」 「ところで、そのお守りも跡部達からの見舞いの品か?」 ベッドに置いてあるお守りに、気付いたようだ。 リョーマは少し迷ったが、正直に答えることにした。 「ええっと、これは手塚さんから」 「手塚君から?彼もここに来たのか」 「違うよ。跡部さんが持って来てくれた。会場で会った時に、これを俺へ渡して欲しいって頼まれたんだって」 「……跡部が?」 榊は驚いたような声を出した。 珍しいことだったので、リョーマも一緒になって驚いてしまう。
「あの、何かまずかったっすか?」 恐る恐る尋ねると、榊は数秒沈黙した後「いや、そうじゃない」と言った。 「あまりに意外だったから、驚いているだけだ。 跡部がライバルに、塩を送るような真似よくしたな、と。本当に驚いた」 「ライバル?」 ああ、テニスのことかと納得し掛けるリョーマに、 榊は「色々な意味でな」と何故か笑みを含んだ言葉を使う。 「その内わかるだろう。しかしこれだけは言っておく。 跡部は誰にでもそのような親切を働く奴じゃない。特別な相手だけに限定される」 「……?」
首を傾げるリョーマに、榊がくすっと笑う。
「今は考えなくてもいい。手術のことにだけ、しっかり集中するように」 「はい」
また来る、と言って榊は病室から出て行った。 残されたリョーマは、本を握り締めて今言われた言葉の意味を考えてた。
(その内わかるって、何が?) 返って混乱するよ、と顔を顰める。
ベッドに腰を下ろす前に、お守りを手探りで探して本と一緒に枕元に並べる。 折角頂いたものだ。大事にしたい。
(それにしても、なんだったんだろう。笑っていたし。 跡部さんのした事が、そんなに可笑しいことか?)
渡して欲しいと頼まれたものを、手渡してくれただけだ。 そりゃ面倒だから断ることも出来たのだろうけど、跡部は律儀にここまで持って来てくれた。 誰にでも親切じゃないというけれど、友人には基本的に優しい人だとリョーマは思っている。 だから顔見知りの手塚の頼み事も承諾したんじゃないだろうか。
(特別な相手かあ……)
出会った時は確かに尊大で俺様な奴だと思っていたが、 親しくなっていくにつれて、そんな評価はすっかり消えてしまっている。 それ所か、今は誰にも見せてない弱音も跡部には晒せすことが出来る。 心配掛けまいと、家族にもずっと涙を見せることはしなかった。 けれど、跡部にだけはそんな虚勢も通じない。
『俺に嘘つくな。そんな顔で言っても、全部わかってるんだよ』 『お前のこと死ぬほど心配してる奴は沢山いる。俺もその一人だ』
あの時、思わず泣きそうになってしまった。 辛うじて堪えたのは、今涙を零したら後で帰った時家族に心配させてしまうからだ。 跡部の気持ちは勿論嬉しかった。本当に、触れた手を放したくないと思う位に。
(あれ……?)
なんか変だ、とリョーマは胸に手を当てた。 いつもより鼓動が早い気がする。 頬も熱くなっている?と、もう一方の手で体温を確認する。
(おかしいよ、やっぱり。なんで?跡部さんのこと考えると、こんな風になる訳?)
落ち着け、と深呼吸する。
よく考えてみよう。
跡部が自分じゃ行けない場所に連れて行ってくれたことも、 強がっていることに気付いて、弱音を吐いてもいいと言ってくれたことも嬉しかった。 それは友人として、だろうか。 友人からの言葉を思い出して、鼓動が早くなるなんてちょっと変だ。
(友人じゃないとしたら、ちょっと待てよ。 跡部さんに対してそれ以上の気持ちを持っているってこと?)
結論を急ぐにはまだ早い、とリョーマは大きく首を振った。 その前に、さっき思い付いたことを当てはめてみるべきだ。
忍足や手塚に恋人が出来ても、笑って祝福出来る。友人として。 これは間違いない。
でも、跡部は? 跡部に恋人が出来たら…? きっと跡部のことだ。恋人が出来たら、ものすごく大切にするに違いない。 他の人なんて、見向きもしない位に。 そうして、どんどんリョーマから離れて行ってしまう。 一緒に色んな景色を見ようという約束よりも、大事なものが出来たのだから。
そこまで考えて、リョーマは胸の上に置いた手でパジャマをぎゅっと握り締めた。
(どうしよう。笑って祝福なんて出来ない。他の人には出来ても、跡部さんには出来ない)
行っちゃやだ、と強く思った。
チフネ

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