チフネの日記
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2004年10月21日(木) 盲目の王子様 81 跡部 

青学の試合が終わってすぐに、跡部と忍足とジローの三人はリョーマがいる病院へ向かった。

「こんな貧相な花だけでいいのかよ」
「まだ、文句言ってんの?あのさあ、跡部が言うようなでかい花輪持って行ったらリョーマも困るよ」
「そうや。お前も少しは庶民のレベルで考えてみいや」
「……」

三人がお見舞いの品で購入したのは、花だった。
花の良い香りで、少しでもリョーマの気持ちが安らいでくれるかもしれないと提案したのはジローだ。
食べ物とかは手術前にNGだろうし、かと言って急に何を渡すか迷う所だったので跡部の忍足も反対することなく花屋へ向かった。
だがそこから問題が発生する。
花を買うというのなら、それなりに相応しいものが良いと跡部は店に置いてある薔薇を全て購入して贈ろうと言った。
それでも足りない位だ。
どうせ渡すのなら出来るだけ豪華に、中途半端では無く全力で、と思ったのだが、
ジローと忍足に大反対された。
「もー、そんなに持って行ってどこ飾るの?リョーマも迷惑に思うよ」
「持っていってから決めればいいだろ」
「あのなあ、なんでもむやみに購入すればええっちゅうもんやないで。とにかく却下や」
二人に言われ、お店の人からもお見舞いにそれはちょっと……と言われて、渋々跡部は思い直した。
結局、跡部じゃ話にならないということで店員とジローとで選んだ花束を購入することになった。
薔薇だけは絶対入れろとしつこく言った為、その意見は尊重して白薔薇が選ばれた。
それらを中心としてオレンジとピンクの花とで可愛らしく纏まっている。

「どうせまた明日も来るんでしょ?その時また何か持ってくればいいじゃん。
あ、でも病室に入りきらないようなでかいぬいぐるみとかも駄目だからね!」
「誰がそんなもの贈るか」
「お前ならその位やりかねんわ」
「……」

二人に言われて、跡部は項垂れた。
まっとうなお見舞い品など買ったことが無いから、どうしたら良いかわからないだけだ。

(癪だけど、こいつらの言うことも一理あるか)

リョーマにいらない気を使わせるような品なら、贈っても意味が無い。
認めるのは悔しいが、二人の方がこの件については全うな意見を持っている。従っておくべきだろう。


病室を受付で確認して、三人でリョーマの元へと向かう。
リョーマの部屋は3階の個室で、エレベーターから近い場所にあってすぐに到着した。
ノックをして所在の有無を確かめると、「はい、どうぞ」と中から声が聞こえた。

「リョーマ〜!お見舞いに来たよっ」
一番にジローが声を上げる。
「おいっ、静かにしろ」
他の部屋に聞こえる、と跡部は注意しながら次へと続く。
最後に忍足がそっとドアを閉めた。

「皆、試合お疲れ様」

リョーマはベッドに腰掛けていた。
窓側に体を向けていたのだが、三人が入ったと同時に向きを変えた。
病室の窓からわずかに西日が零れているのが、跡部の目に入った。

ここに座って、どんな景色なのか想像していたのかもしれない。
手術が成功したら、この夕陽を見ることが出来るのかと。
そんなことを考えて、座っていたのだろうか。

花屋で揉めたりせずに、さっさとここに来れば良かった。
1分でも側にいてやりたいのに。
つまらないことを主張して馬鹿だったな、と胸がちくっと痛んだ。

「リョーマ、聞いて聞いて!今日の初戦、勝ったんだよ!」
その間にジローが試合の報告を済ませてしまう。
「ジロー、ここは病院やで。ちょっと静かにな。他の患者さんに迷惑やろ?
「え〜!?」
「えー、じゃあらへん。すまんな、リョーマ。今すぐ静かにするから」
「忍足、てめえ!そう言いつつ何で越前の手を握り締めてんだよ、ああ!?」
ジローを注意しつつ、ちゃっかりリョーマの手を取って摩っている忍足を見て、跡部はさっと間に入った。
「ったく、油断も隙もねえ」
「あのー、跡部さん」
「どうした、越前」
「……声、大きいっす」

困ったように俯くリョーマを見て、しまったと思った。
今の声はかなり響いていたに違いない。
廊下の外まで聞こえた可能性は大だ。

「跡部、迷惑な行為は止めようよー」
「そうや。結局一番うるさいのまお前やな」
「お前ら…ここぞとばかり」

またふつふつと怒りが沸いてくるが、ここで怒鳴る訳にもいかない。
黙ってリョーマから離れて近くに置いてある椅子に腰掛けると、
ジローと忍足がしめたとばかりにリョーマにさっと近付く。
そして両サイドを占拠してちゃっかりベッドへ腰掛けてしまう。
「これお見舞いの花ーっ。皆で買ったんだよ」
「ありがとうっす」
「花瓶あるか?活けといたるわ」
「あ、多分そこの洗面所の側にあると思う」
リョーマが指差した先に、小さな備え付けの洗面所がある。
その下に、花瓶がぽつんと置いてあるのが見える。
「従姉が明日花を持ってくるっていうから、母さんが用意してくれたんだけどもう一個持って来てもらうよう言っておく」
「そうか」
「お前の親は?もう帰ったのかよ」
跡部が尋ねると、リョーマはこくんと頷いた。
「母さんは仕事があるし、親父はナースステーションをぶらぶらうろついて恥ずかしいから帰ってもらった」
「あのなあ、こんな時くらい一緒にいてもらったらどうだ?」
一人で入院なんて心細いだろうに、こんな時でも無理して平気な振りをするなんて信じられない。
知らず咎めるような口調で言う跡部に、リョーマは「本当に大丈夫っすよ」と笑顔を見せた。
「手術の日はついててくれるし、特に不自由も無いから心配することなんて無いって」
「そうか……?」
「うん」

思ったよりも元気そうなのは確かだ。
けど全く心細い訳でも無いだろうと、跡部は考える。

(俺に遠慮するなって、言ったのに……馬鹿だな)

忍足とジローがいるから、弱気なところを見せて心配させたくないと思ってるのかもしれない。
あまりこの場で追求するのも可哀想なので、仕方なく話題を変える。

「そういえば、会場で手塚に会ったぜ」
「手塚さんに?」
「それでこれをお前にって、手塚から預かった」
ポケットから取り出した紙袋を、リョーマに渡してやる。
「なんだろう」
包みから取り出したそれを、リョーマは興味深く指でなぞっている。
「リョーマ。それな、お守りや」
「お守り?」
「そうそう。手塚はリョーマの手術が成功しますようにっていう意味を込めて、これを買ったんじゃないかな?」
「ふうん」

興味深そうにリョーマはお守りを熱心に触っている。
少しおもしろくない。
けれど跡部は黙ってその行為を見守っていた。
例え手塚が贈ったものでもご利益があるのなら、それに越したことは無い。
跡部も、忍足もジローも手術の成功を祈る気持ちは同じだった。

「そういえば、手塚さんも今日は試合だったんだよね?」
「ああ」
お守りをベッドへそっと置いて、リョーマは小さく首を傾げる。
「青学と対戦することになりそう?」
「んー、多分ね。準決勝に上がってくるのは間違いないと思う」
「強敵やな。出来れば当たりとう無いわ」
「忍足、何弱気なこと言ってるんだ。相手が誰であろうと関係ないだろ」
「けど、跡部だって手塚の試合見た後ずっと黙ってたやん。
苦戦するなー思うたんと違う?」
「……」

忍足の言うことは当たってた。

今日の試合。
跡部や氷帝が見ているからだろうか。
青学の勝利が確定しているのにも関わらず、手塚は見せ付けるような技を繰り出し相手に圧勝した。
特に手塚ゾーンが厄介だ、と跡部は思っている。
今のところ攻略法が見当たらない。
だが負けるつもりで試合を挑む気は無い。この短期間になんとしてでも奴に勝つ対策を練るつもりだ。


「まあ、でもその前に準々決勝が先だな。
それに勝てば全国大会への出場は決まるんだから、そっちを優先するべきだろ」
「せやな。次のオーダー、監督はなんて?」
「さあ。まだ決めてないんじゃねえか?」

肩を竦める。実際、榊がどう考えているかはわからない。
青学戦を前に、オーダーをいじることだってあるかもしれない。

「皆。俺はここでしか応援出来ないけどさ。頑張って」
リョーマがぼそっと口を開く。
試合に来られないことを歯がゆく思っているよう表情だ。
そんなの、気にしなくてもいいのに。

「リョーマっ、ありがとう!俺、頑張るねー」
「今の言葉で元気出たわ。リョーマの言葉は魔法みたいやな。ああ、癒される……」
ジローのはともかく、忍足の妙な台詞に跡部は顔を顰めた。
恋愛映画が好きだと言っていたが、今どこぞの場面に自分を重ねているのかもしれない。
心の中でツッコミしつつ、跡部もリョーマの言葉に応える。

「十分だぜ。お前が応援してくれてると思えば心強い」
「大袈裟」
「んな訳ないだろ。皆、どれだけ嬉しいか。なあ?」
「うん!」
「跡部の言うことに賛成するのも珍しいけど、ほんまやで?」
「……」

にこっと、盲目の少年は顔を上げて笑った。

「ありがとう。
皆のこと、ここで応援し続けるから。
試合の時も届くくらいに、一生懸命心の中でエールを送るよ」
「リョーマ、俺絶対にその声に応えるよう頑張るからね!」
「俺もや。リョーマの声ならいつでも受信出来るようアンテナ伸ばしとくからな」
「忍足……また何かポエム口調になってるぞ…」

二人掛かりで抱きつかれて、リョーマは困ったようにでも笑っている。

その間になんとか入ってやろうと跡部は隙間を探すが、がっしり左右挟んでいる状態だから、どうしようもない。

しばらくは黙っていたが、とうとう堪えきれず「お前らいい加減にしろ!」と大声を出した所で、
見回りに来たナースが病室に飛び込んできて、結局三人揃って追い出されてしまった。


チフネ