チフネの日記
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| 2004年10月20日(水) |
盲目の王子様 80 跡部 |
一回戦は氷帝学園の圧勝から始まった。 S1に回るまでも無い。 ダブルス二つとS3とで勝利が確定する。 沸き立つ氷帝側の応援とは逆に、相手チームは気の毒なほど落ち込んでしまっている。 全国への道を立たれたのだ。当然だろう。
(俺達だって、同じだ。負けたらあいつらと同じ立場になる)
都大会の時、それは嫌というほど味わった。 このまま終わりになるかもしれない恐怖。 その為にもどんな試合でも油断は出来ない。
「跡部〜、勝った勝ったよ!」 S2もジローの圧勝で終わった。ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿は、テニスが仕方ないと訴えてるようだ。 「わかった、いいから落ち着け」 「うん。跡部も頑張ってね」 タオルで顔を拭いながら、ジローはチームメイト達の所へと駆け足で向かった。
初戦は全ての試合をする為、次は跡部の番だ。。 都大会では結局試合に出ることは無かったので、公式戦としてはこれが初めてとなる。 相手にやや物足りなさを覚えるが、この先いくらでも熱くなれる試合は控えている。 最初に準備運動するのも良いかもしれない。
(あーあ。緊張して、震えてやがる)
相手チームの部長は、もう帰りたいという顔して跡部から目を逸らしている。 気の毒だと思うけれど、手を抜くつもりは無い。
そう思って笑顔で手を差し出すと、何故か相手は泣きそうになりながら手を出し、指が触れる程度ですぐ引っ込めてしまった。
結局試合は始終跡部のペースで運び、相手が自滅したのもあって短時間で勝ちが決まった。
「終わってみたら、楽勝やったな」 「俺の華麗な技が決まったおかげだろ?あいつらびびっていたもんな」 「いや、岳人は飛び過ぎや」 「なんだとお?俺の飛び方に文句あんのか」 「無駄に体力使うと、後がばてるで」 「その前に勝負を決めればいいじゃんかよ」 「二人共いい加減にしろ」
揉めてるD2の二人に、跡部はストップを掛けた。 「監督からの支持だ。青学がまだ試合しているから、見て来いだとよ」 「青学〜?俺もう帰って休みたいのに」 ぶちぶち言う向日に、宍戸が「相手の試合を見るのも大事だろ」と言う。 「この先当たる可能性が高いからな。見ておいて損は無いな」 「そうですね、宍戸さん」 「鳳は宍戸の言うことなら全部賛成なのかよ…」 「とにかく監督にも言われたんだから、行くぞ!」 レギュラー達に声を掛けた所で、跡部は気付いた。 「ジロー…もう寝てんのか」 ぐっすりと眠ってるジローに、やれやれと肩を竦める。 「仕方ねえ。樺地、運べ」 「ウス」 集合した時と同じように、樺地は片手でジローをひょいっと持ち上げた。 「てめえら、行くぞ」 「ウス」 返事をしたのは樺地だけだったが、構わず歩き出す。 他の皆も後からついてくるのは、わかっているからだ。 青学との試合はほぼ確定なはず。 無視して良い相手じゃない。 監督の指示で何人かの部員が試合をビデオで撮っているだろうが、自分の目で見て確認出来ることだってある。 今からだとダブルスの試合は終わっているだろうが、シングルスなら間に合うかもしれない。
急ぎ足で向かうと、ちょうどS2の試合が始まっている所だった。 「なんだ、まだ終わってないのかー。たいしたこと無えんじゃないのか?」 「けどダブルスとS3取って、勝ちは決まってるで。やっぱり準決勝は青学が本命か」 「S2は河村か…。あいつたまに不二と組んでるんじゃねえのか?」 「今回のオーダーはどうだったんでしょうね。確認しないと……」 皆が喋り始める中、跡部は金網の向こうからの視線に気付いて、顔を上げた。
(手塚……)
こっちを睨んでいるように見える。 隣にいる不二は楽しそうに笑って、手まで振って来た。 何か参考になる?と言いたげな表情だ。全く、腹が立つ。
むっとしていると、何故か突然手塚が動き始める。 S1の試合を前にしてアップしに行くのだろうか? そう思っていたのだが、手塚はコートの周囲をぐるっと回ってこちらに近付いて来た。
「おい、あれって手塚じゃねえのか?こっちに向かってるぞ」 向日が指を差して声を上げる。 忍足もその他の連中も驚いた顔をして、青学の部長がダッシュで走って来るのを眺めていた。
「跡部!」 手塚は声を上げて、真っ直ぐ跡部の前にやって来た。 「なんだよ。てめえ、今から試合じゃないのか」 一体何しに来たのだろう。 不二に言われての行動かもしれない。 警戒しながら尋ねると、手塚は「会えて良かった」と驚愕するようなことを口にする。 「何言ってんだ、お前」 頭でも打ったのかと、跡部は心配した。 そういう台詞はリョーマに言うべきものだろう。 試合を前にして緊張で妙なことを口走っているとしか思えない。 だが、手塚は更にまた追い討ちを掛けて来た。
「いや、ここで会えなかったら氷帝に行くつもりだった」 「……」 真面目な顔をして言う手塚に、引いてしまう。 周囲もどう反応したら良いか、困っているようだ。 「お前いつから俺のストーカーになったんだ。越前はどうした」 やっとのことで口にすると、手塚は「え?」と首を傾げる。 「え、じゃねえよ。たった今、会いたかったとか気味の悪いことを言ってたじゃねえか」 「ああ。それは、…」 ごそごそとジャージのポケットから、手塚は小さな紙袋を取り出した。 「これを受け取ってくれないか?」 「……」 先ほどよりも更に遠くに引いてしまう。跡部自身だけじゃなく、周囲も同じ気持ちでさっと距離が空けられる。 頼むから俺を置いて行くな、と跡部は心の中で叫んだ。
「それはどういうつもりだ。プレゼントとか言ったら吐くぞ」 「そのつもりだが」 「手塚っ!?」 絶対不二が何かしたに違いない。黒魔術か、実験かのどちらかだ。 越前を後を追いまわしていたお前はどこに行ったんだと、頭を抱えそうになる。
「これを、越前に渡して欲しい」 「いいか一時の気の迷いで……って、え、越前?」 「そうだ。越前へのプレゼントだ。もう入院しているのだろう?あの子に渡してやって欲しい」 「……そういうことかよ」
紛らわしい、と跡部は脱力しながら呟いた。 色々主語が抜けているから、混乱してしまった。 会話というものが何か理解していないな、と手塚を睨みつける。 が、本人はまるでわかってないらしく「どうかしたか」と目を瞬かせるだけだ。
「もう、いい。越前に渡せばいいんだろ」 「ああ、頼む」 「けど…てめえで直接渡さないのかよ?」 手塚ならリョーマにきちんと手渡しするかと思っていた。 プレゼントを渡すという理由でお見舞いに行く理由にもなる。 会いたいはずなのに変だなと思って、手塚に尋ねてみる。
「そうしたいのは山々だが、今は遠慮しておく。 次に彼と会うのは手術が終わってからだ。成功を祈っていると、伝えてやって欲しい」 「自分で言えばいいだろ。今まで散々押し掛けて行ったくせに、なんだよ」 跡部の言葉に、手塚はふっと笑った。 「そうだな。でも、今は静かに成功を祈るだけだ。 俺の気持ちは伝えてあるからな。誰かと違って、あたふたする必要は無いという訳だ」 「てめえ……」 涼しい顔をする手塚に、跡部は耳を赤くした。 にぶい奴だと思っていたのに、とっくに気持ちはバレていたようだ。 いや、不二に吹き込まれただけかもしれないが。
「術後の越前に、勝利を知らせるのはお前か、俺か。 準決勝が楽しみだな、跡部」 「俺達は負けねえよ。そっちこそ油断して次でコケんなよ」 「その言葉、そっくり返す。そろそろ試合が始まるから、じゃあな」
また走って手塚は青学の陣営へと戻って行った。
「なあなあ、手塚が来たのって何の用だよ。受け取ったのって何だよ」 好奇心に満ちた顔で、向日が跡部の手を覗き込んで来た。 「これ、お守りか?」 袋に書かれた文字に、一緒に覗き込んで来た忍足が声を上げる。 「さっきの変な会話、なんだったんだよ」 「ちょっと妙な空気でしたよね」 宍戸と鳳は少し顔を引き攣らせている。 手塚の言い方の所為で、誤解を招いたようだ。 「知らねえよ。あいつ、あまり人と話しするのが慣れてないからおかしな言葉遣いになってるみたいだな。 言っておくけど、お前らが考えているようなことは無えぞ」 「だよなー。でも驚いたっ。跡部に会いたいとか言うからさあ」 けらけらと笑う向日に、跡部は肩を落とした。 本当に人前で言葉を発する時、注意して欲しいものだ。
「手塚……リョーマの為にと思って買うて来たんやな」 「ああ」 ひそっと耳打ちして来た忍足に、頷く。 「青学の試合が終わったら、病院行くって知ってたんか?」 「さあな。けど俺達が顔を合わせること位はわかっているだろうな。 格好つけずに、あいつも会いに行けばいいのに…。ぼけてんのか、気遣っているのか訳がわからん」
悪い奴じゃないのはわかる。 けれど言動や行動が突飛過ぎて、困ることがある。 好きだと言われている越前は、どんな風に思っているのだろう。 ふと、気になった。
そうこうしている内にS2の試合が終わって、 いよいよ手塚の出番が回って来た。 さっきおかしなことを口走った奴と同一人物とは思えないようなスカした顔で、コートへ登場する。
(見せてもらうぜ、手塚)
おそらく準決勝で当たるだろう相手の試合を前にして、 無意識に受け取ったお守りをぎゅっと握り締めた。
チフネ

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