チフネの日記
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| 2004年10月19日(火) |
盲目の王子様 79 跡部 |
関東大会初日。 ジローを樺地に迎えに行かせたのは、正解だった。 こんな大事な日に遅刻させる訳にはいかない。 そう思って、樺地を派遣させたのは跡部の指示だった。 忠実な後輩は「ウス」と聞き分けの良い返事をして、跡部が命令した通りの行動をした。 「ウス」 片手で樺地はぐうぐう眠っているジローを跡部の前へ差し出す。 「ご苦労だったな、樺地。そいつをそこに置いてやれ」 「ウッス」 樺地が手を放すと、どさっとジローは芝生の上に転がった。 「いたい……」 小さく呻いた後、再び眠ろうとする。 その様子に周囲が呆れたように顔を引き攣らせた。 跡部もため息をついて、ジローを起こしに掛かる。
「おい、ジロー!今日は大会だっていうのを忘れたのか?起きろ!」 「ん〜?大会?」 寝ぼけた声を出しながらも目を閉じたままのジローに、どうしたものかと考える。 そして良いアイデアが浮かんだ。 大声を上げても起きないが、これなら効果ありそうだ。 そしてこそっと、ジローの耳元で囁く。 「越前の見舞いの時間だぞ」 「えっ!リョーマの所に行かなくちゃ、待って待って跡部!」 がばっと起き上がるジローに、ここまで効果あるものかと跡部は苦笑した。 「バーカ。何夢見てんだよ」 「え?あれ?」 「さっさと起きろ。整列までもう10分も無いぞ」 「でもリョーマの所……」 状況がよくわかっていないらしい。 はあ、とため息を漏らして跡部はこんなこともあろうかと、用意しておいた濡れたタオルを持って、 ジローの顔に押し付けた。 「しっかりしろ。今日は大会だって言ってるだろうが」 「あ…、そっか」 ごしごしとタオルで顔を拭いて、ジローは「ありがとう」と礼を言った。 「試合はすぐ?」 「お前はS2だから少し後だ。それまでアップしておけ」 「は〜い」 欠伸しながら答える仕草に不安を覚えるが、とにかく試合さえ始まればジローも起きるだろう。 とりあえず遅刻さえ免れればそれでいい、と跡部は肩から力を抜いた。
「跡部、なんかジローのおかんみたいやな」 「忍足、てめえ」 笑いながら、忍足が近付いて来た。 ぎろっと睨むが、その表情は崩れない。 「お前もチームメイトなら、少しはジローの面倒を見たらどうだ」 「それは部長の仕事やろ」 「俺は保育士でもなんでもねえんだよ。ふざけんな」 「とか言う割りに、きっちり面倒みてるやんか。 ま、試合を勝ち進む為もあるか。ジローもあれでいて試合の時はすごい力発揮しよるし」 「まあな。そうじゃなかったら、放置してる所だ」 頷くと、忍足はニヤアと嫌な笑顔を見せてきた。 「そうか?今のお前なら、結局面倒見るんとちゃうか?」 「はあ?何言ってるんだ」 「別に。…ただ、もう他人を簡単に切り捨てられるような、そんな以前のお前はおらへんって言いたいだけや」 「俺が腑抜けたとでも言いたいのかよ」 「まさか」 ぽん、と忍足は肩に手を置いてきた。 「ええ方に変わったっちゅうことや。おかげでチームも纏まったみたいやしな」 「はあ?」
忍足が指差す方向に、レギュラー達が揃っている。 「跡部っ。今日は気を楽にしてやっていいぜ。D2でまず一勝確実だからな。 あれだけ練習させられたんだ。その成果を存分に発揮してやるからな」 「向日…」 屈伸をしてた向日が、その場でぴょんと高く飛ぶ。 早く試合したくてたまらない、そんな顔をしている。 「俺達も負けていられませんよね、宍戸さん」 「当然だろ。跡部、俺は絶対負けないからな!必ず氷帝に勝利をもぎ取って来てやる」 「二人共そんなに気負うなよ」 やたら張り切ってる鳳と宍戸に、苦笑しつつ一声掛ける。 「ウス」 「なんだ、樺地?」 「ウス」 「そうか。今日もいつも通り頑張れば、勝てる。わかったか?」 「ウス」 「今の会話か?なあ、全然っわからんわ」 「うるせえ。俺がわかればそれで良し、だ」 頷く樺地に、跡部も満足そうに腕を組む。 「別にやる気出すのは構いませんが、精々足元掬われないよう気をつけて下さいよ。 俺はさっさと下克上するんで」 「日吉…相変わらずだな」 「部長の試合、楽しみにしてますよ。あれだけの練習量まで引き上げといて、無様な所見せないで下さいね」 「そんな訳ないだろ。俺は、この先一つも負けるつもりはねえよ」 「ふん……」 面白くなさそうに横を向いているが、口元は僅かに綻んでいる。 素直じゃねえなあ、と跡部は思った。 下克上だのなんだの言っているが、日吉が自分達レギュラーの実力を認めてることは知っている。 目標にされているんだと思えば、別に何言われようが気にもならない。
「皆、集まっているようだな」 「監督!」 この暑さの中、きっちりとスーツを着込んだ監督が現れた。 「関東大会の組み合わせから見て、初戦と二回戦は負けることは無いだろう。 だが準決勝に青学が勝ち進んで来たら、どうなるかはわからない。 諸君、今までの厳しい練習を思い出してこの大会に全力をぶつけて欲しい。 そうすればきっと負けない。自信を持っていい」 「はい!」 「整列の時間だ。全員、行ってよし!」
監督の声に、皆がコートへ向かう。
(始まるな。全国への一歩が――波乱の関東大会が始まる)
勝ち抜くことは勿論だけれど、跡部はここにいない盲目の少年のことを考えていた。
全部勝利して、彼にその結果を伝えに行く。 勝って勝って、勝ち続けて。 それを伝えたら、リョーマはきっと「おめでとう」と言って笑ってくれるから。 手術への恐怖を紛れせる為にも、あいつを笑顔をさせたい。 氷帝の勝利だけじゃなく、リョーマの為にも。
(俺は勝ち続ける……相手が手塚だろうと誰だろうと負けはしない!)
空を見上げて、逸る気持ちを抑えるように息を吐く。 早く勝って病院に向かってしまいたい、そんな心をぎゅっと押さえ込んだ。
それだけで整列していた相手チームは何か勘違いして、 顔を引き攣らせて動揺し始める。 楽勝そうだが油断は禁物だ。 向日と忍足に喝入れておくか、と跡部は小さく頷いた。
チフネ

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