チフネの日記
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| 2004年10月16日(土) |
盲目の王子様 76 ジロー |
放課後の部活が始まる前、ジローはふらふらと頼りない足取りで歩いていた。
「跡部の奴〜、無理矢理起こしたりするから調子出ないんだけど。 朝も樺地使って迎えに来るし…。酷いよ」
何よりも大好きな睡眠を邪魔されて、ぶつぶつ文句を唱える。 それでもちゃんと起きて部活に向かうのは、今度の大会が大切だからとわかっているからだ。 昨日、跡部は青学の二人に宣戦布告をした。 あっけに取られてしまったが、それに触発されたのも事実だ。 たしかに寝ている場合じゃない。 今までの分取り返さなくちゃと、ジローなりに頑張って目を開けてこうしてコートへと向かっている。
もう少し、という所でベンチに座っている人影に気付く。 最初に出会った時と同じように、耳を澄ましているかのような姿勢を取って座っている。 間違いなく、リョーマだ。
「リョーマっ、今日は帰りがゆっくりなんだ?」 ちょっとだけと声を上げると、盲目の少年はゆっくり顔を上げた。 「ジロー……?」 「うん。リョーマ、ここで休憩してんの?」 あちこちに植えられている木々が、ちょうどベンチに影を作っている。 まだ暑いが、ここだったらいく分マシだろう。 それにしても、学園の中の方が快適だろうに。 何故リョーマはここに座ることが多いのだろう。 不思議といえば、不思議だ。 ジローは、ぱちっと瞬きした後質問を口に出した。
「リョーマ、こんな所で座っていて暑くないの? 夕方だけど気温はまだ高いし、教室にいた方がいいと思うんだけど、 なんでここに来るのかな?」 「……」 ジローの問いに、リョーマは一瞬表情を止めて、そしてフッと笑う。 「跡部さんから、何か聞いてない?」 「何も〜。跡部って、意外と口堅いんだ。というかケチ、かな。 教えてって言っても、教えてくれないこと多いよ。 勉強も自分でやれとかいって、宿題写させてくれないの」 「それは…自分でやった方がいいと思うよ」 「リョーマまでそんなこと言うんだ。はあ」 「そこで落ち込まなくてもいいのに」
くすくす笑うリョーマの隣に、ジローはそっと腰を下ろした。 まだ部活には間に合う時間だ。 少し位良いだろうと、会話を続ける。
「でもね、最近跡部にここわからないから教えてって言うと、 ちゃんと説明してくれるんだよ。答えは教えてくれないけど、自分で考える分にはいいんだって」 「へえ」 「前は取り付く島も無かったのにね。変わったよ、すごく。 一年の時からチームメイトだったから、よくわかるんだ」 自分のくせっ毛を指で触れながら、ジローは当時のことを思い出した。
「同じ一年で入部した時から、跡部の頭には一番になることしか頭に無くってさ。 俺達のことなんて、最初から相手にしないって態度でムカついたりもしたよ」 「今は普通に仲良いと思うけど」 「今はね」 苦笑する。絶対にチームメイトとしてやっていける日なんて無いんじゃないかと、 ジローでさえ思った。 こうして今、跡部が部長として皆の信頼を得て、全員を引っ張っている姿なんて、 あの頃は想像出来なかった。 「跡部ってレギュラー以外の奴は眼中に無かったから、俺も忍足も最初は名前覚えてもらえなかったんだよ」 「嘘」 「本当ー。覚えて欲しかったら、強くなれとか言われてさ。 悔しかったなあ。あの後、俺と忍足と他の一年達と一緒に遅くなるまで自主練習してたなあ。 途中で寝ちゃった俺をいつも忍足が送ってくれたんだ」 「へえ〜」 「おかげでレギュラー取れるほど強くなった。 その時跡部が初めて俺の名前呼んでくれて、すっげえ感動もしたんだよね。 結局、跡部の言う通り強くなっちゃったって訳」
嫌な奴だと思ったが、跡部の強さは嫌でも認めるしか無かった。 同時に強く憧れたのも事実だ。勿論、誰にも言ってはいない。 入部するなり三年生を倒した彼のプレーは、既に完璧で、 敵わないと思うより前に圧倒されるだけだった。
「でもさ、跡部の本質ってあんまり変わらなくって、色々手を焼かされたりしたんだよ。 振ったはずの彼女がコートに乗り込んできた時、なんとかしたのも俺達だし、 跡部なんて放っておけばいいって無視するから余計に泣いちゃって」 「ふーん…」
こころ無しかリョーマの声が冷たい。 まずいこと言ったかと、ジローはすぐにフォローを入れる。
「でも今はそんな揉め事全然無いから。 誰とも付き合っていないし、告白されてもきちんと断ってるみたいだよ。 あの跡部がってすげえ意外だけど、『悪いけど、付き合うことは出来ない』ってどの口が言っているんだろうねー、本当」 アハハと軽く笑った後、ジローは黙って話を聞いてくれてるリョーマの頭に、ぽんと手を置いた。 「きっと、リョーマの影響だろうね。跡部が変わったのって、リョーマに会ってからだもん」 「俺?でも別に何も……」 「ううん。 跡部がリョーマを見る目ってね、見ているこっちが驚く位、すっごく優しいんだよ。 なんだ、そういう顔も出来るんじゃんって、初めて見た時ほっとしたのを覚えてる。 あのまま大人になったら、将来一人のまんまじゃないかと心配していたんだ。 だってあんな俺様な性格だよ?普通、皆逃げちゃうでしょ」
跡部の持つ権力や財力目当てだけの人しか残らないんじゃないかと、 本気で心配していた部分もあったのだ。 リョーマが氷帝に入学してくれて良かった、跡部と会えて良かったとジローは素直にそれを喜んでいる。
「んー、だから俺としてはこれからも跡部と友達でいてやって欲しいなと思う訳なんだ。 俺に言われるまでも無いと思うけど、一応、伝えておこうと思って。 後、忍足とも。何があっても友達ではいてよ。ねっ」 最後まで言うとなんか照れくさくて頭を掻くジローに、 リョーマはにこっと笑顔を向けてくる。
「ジローって、本当友達思いだよね」 「えー、そんなこと無いよお」 「そんなことあるって。ちょっと感動した。跡部さんも幸せだと思うよ。身近にジローみたいな友達がいるんだからね」
ふうっと息を吐いて、リョーマは背をベンチに凭れて空を仰いだ。
「俺が跡部さんを変えたかどうかはわからない。 でも元々あの人はそんな悪い人じゃないと思うんだ。 誤解されやすい言動に問題はあるけどね。 でも信用は出来る人なんだって、俺は知っている。 言おうと思えば簡単だったのに、一度も言わなかったんだ…そっか」 「リョーマ?」
何も映さない瞳で、遠くを見てるようなそんな横顔が寂しげで、 ジローは体を起こして距離を縮めようとした。 が、そこへ邪魔が入る。
「こら、ジロー。何しとんのや」 「忍足」 「侑士?」 「リョーマ、偶然やなあ。今日はゆっくり帰るんか」 つい数秒前まで目を吊り上げてたくせに、リョーマに会った途端これだ。 呆れる顔をするジローに、忍足は再びくるっと振り返って声を上げる。 「まさかまた部活さぼろって昼寝しようとか考えてへんやろうな。 跡部に怒られるで。大会優勝目指して、異様に燃えてまた練習量増やすとか言うとったで」 「え〜?」
不満そうな声を上げてから、ジローはリョーマの体にぎゅっと抱きついた。 「これ以上やったら、俺倒れちゃうよー。助けて、リョーマー」 「そんなこと言われても…」 「ジロー、リョーマ困ってるやろ」 引き離そうと腕を引っ張ってくる忍足を無視して、ジローはリョーマに泣きつく。 「だって、12時間寝ないと辛いんだよ、本当に」 困った顔をしたまま、リョーマは呟く。 「でも、テニスが出来るんだからいいんじゃないの。したくたって、出来ない人だっているんだから」 「リョーマ?」
声のトーンが少し低くなる。 ジローも忍足も驚いて、リョーマに注目する。
数秒の沈黙の後、意を決したように口が開かれた。
「俺もね、以前はテニス…してたんだ。目が見えなくなる前、だけどね」
風が吹いた。 そしてそのまま沈黙が続く。
衝撃の内容に、二人共何も言えば良いかわからず黙ってしまう。 薄々そうじゃないかとは思っていた。 手塚がリョーマと会った時から、疑っていた。 何故、リョーマのことを知っているのか。 ただの知り合いにしては、少し不自然だった。 それに監督が無理をしてでも氷帝に入学させた理由。 ああ、そうだったのかと忍足とジローは理解した。
「そっか、そうだったんだ」 ジローは小さく息を吐いた後、ふわっと優しくリョーマの髪を撫でた。 「じゃあ、テニスが出来なくて辛かったね」 「……うん」 「ここに座っているのも、ひょっとしてボールの音が聞こえるから?」 ハッとして忍足は顔を上げる。 ジローの言う通り、このベンチはテニスコートに近い。練習の音が聞こえる距離だ。 一人静かにここで見えないボールを追っていたリョーマを想像して、 忍足はぎゅっと胸元を掴んだ。
「そうだよ。未練がましいよね。ボールの音が聞きながら、想像の中に浸ってた。 今の状況はみんな夢で、俺はテニスコートの中にいるって」 自嘲気味にリョーマは笑う。 「未練なんて思わないよ。俺だって、テニス出来なくなったら悲しくなるし、またしたいって考える。 だからそんな風に言わないで」 「そうや。それだけテニスが好きやったんやろ。誰もリョーマのこと笑ったりせえへん。 もしおったら、俺が黙らせてやる」 「ジロー、侑士……」
ありがとう、とリョーマは小さな声で言う。 聞こえない位のか細いものだったけれど、二人の耳にはちゃんと届いた。
「二人に手術する前に話せて良かった」 顔を上げた時、リョーマの表情はもういつもの勝気なものだった。 「もし成功したら、ジローと侑士ともテニスしたいよ」 「もし、じゃなくて成功するよ。俺が信じているんだから!」 「あほ。お前だけじゃなく、俺も信じてるわ。 リョーマ。その日の為にテニスコート予約しとくからな」 「ちょっと気が早いよ…」
くすくす笑うリョーマを見て、忍足とジローも顔を見合わせて笑った。
その日が来たら必ず皆でテニスしよう。 きっと全員が笑顔で過ごせる、素敵な一日になるに違いない。
(あ、でも…跡部も入れてあげなきゃうるさいだろうなあ)
しょうがない。誘ってやるか。 でも、まだ内緒。 前日に誘ってびっくりさせてやろうと。 楽しい計画を思いついて、ジローは目を輝かせた。
チフネ

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