チフネの日記
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2004年10月13日(水) 盲目の王子様 73 リョーマ


「どうぞ」

手塚を部屋に招き入れると、リョーマは手探りで床に腰掛けて手を伸ばした。
「これ、使って」
クッションを渡すと手塚は「済まないな」と受け取って、すぐ近くに座る。
「あんたさあ、今日は謝ってばかりじゃない?
家に入れって行ったのも、部屋に入れたのも俺が言い出したことだから、そんな風に言う必要無いよ」
「そ、そうか」
「そうだよ。何緊張してるの」
「当然だろう…、君と同じ部屋にいるのだから」

手塚のもじもじした気配が伝わって、リョーマは困ったように口を閉じた。
数回しか会っていないが、そこから割り出される印象として、
手塚は非常に恋愛面で疎いんじゃないかと思う。
上手く喋れなかったり、突然家にやって来たりと、不器用にも程がある。

(そういうの嫌いじゃないけどね)

正直な人なんだろうとは思う。
裏表ある人よりはよっぽど好感が持てる。

「それで、話なんだけど」
手塚がこの調子だと、すぐに本題に入った方が良いだろう。
階下では皆が待っている。
ジローにもすぐ戻ると言って、ここに来たのだ。
あんまり長居していると、誰かが様子を見に来るかもしれない。
皆がいる前では手塚だけと話をすることは難しいだろう。
だからこそ、わざわざ自室へ連れて来たのだ。

「今日、病院に行って来たんだ」
「ああ」
真剣な声を出す手塚が、ぴっと背筋を伸ばした気がした。
リョーマは頷いて、続きを話す。
「手術の日、決まったよ。勿論後で皆にも言うけど。
俺が手塚さんに一番言いたいのは、必ず完治してまたテニスが出来るようになるってこと。
勿論体力が戻るのにも、ボールコントロールも時間が掛かると思う。
でもそれを乗り越えたら、改めてあんたに試合を申し込みたいっす」
「そんな、俺から言い出したことなんだ。わざわざ君から申し込むことなんて無い」
「でも、それじゃ俺の気が治まらない」

首を横に振って、リョーマはきっぱりと宣言をする。

「手塚さんってすごい人なんだってね。跡部さんが認めてる位の。
そんな人に申し込まれたからって、はいわかりましたって承諾するのって、今の俺の状態で変じゃない?
せめて前と同じ、ううんそれ以上になってから改めて俺から試合を申し込むって決めた。
頑張るから。
無事退院出来たら、毎日トレーニングを積む。だから、それまで保留にして下さい」
小さく頭を下げると、手塚が「越前は強情だな」とため息をつくのが聞こえた。

「なんとなくわかってはいたけど、自分の決めたことは曲げないんだな」
「まあ、そうっすね」
「わかった。待ってる」
軽くリョーマの肩を叩いた後、手塚は嬉しそうに言った。
「君と試合することは絶対諦め無い。完治すると信じてる。
だからコートへ帰って来い。俺もそれまで君に恥じないよう、頑張るから」
「うん!」

気持ちを認めてくれたことが嬉しくて、リョーマは笑顔を手塚に向けた。
途端、また沈黙が訪れる。

「あのー、手塚さん?」
声を出すと、手塚は慌てたように体を後ろへと引く。
「いや、済まない。真面目な話をしている時に、余計なことを考えていた」
「はあ」
「余計とは言ったけれど、そういう意味じゃないんだ。俺にとって大事なことだ。
そこの所はわかってもらえないだろうか」
「言ってる意味、全然分からないんだけど…」

正直な答えを口にすると、手塚は「そうか」と何故かがっかりしたようにしょんぼりとしている。
「あの、どういうこと?」
このままでいるのも気に掛かるので、リョーマは素直に疑問を口に出した。
だが手塚はもごもごと口篭って、なかなか話してくれようとしない。
「手塚さん?」
もう一度促すと、さすがに今度は手塚も答えてくれる。

「笑顔を、すぐ目の前で見て…あんまりにも可愛かったので、動揺したんだ」
「は?」
「済まない、変なこと言って」
「また謝ってるし…」

困ったなあ、とリョーマは頭を掻いた。
手塚に告白もされているし、好かれているのもわかる。
でも、「なんで?」という気持ちの方が強い。
試合を切望する余りに、恋だと思い込んだんじゃないかとも思っている。

「あの、手塚さん。前に言ったことだけど」
この機会にと思って、リョーマは口を開いた。
が、
「待ってくれ、越前」
と手塚に遮られてしまう。

「言いたいことはなんとなくわかる。
でも今は、何も言わないで欲しい」
「手塚さん…」
「もう少し、結論を出すのは待ってくれないか。
頼む。このままゲームセットにはしたくないんだ」
「……」

手塚の切実な訴えに、リョーマは黙って頷く他無かった。
どうしたら納得してくれるのか、今は言葉すら見付からない。

「俺のことを、諦めが悪くて見苦しい奴と思うか?」
「そうは、思わないけど」
「いや、気を使わなくてもいい。実際そうだと自分でもわかっている」
少し笑って、手塚は続けた。
「もし君と一番最初に出会っていたらと思うこともある。
ありえないこと考えて虚しくなって、馬鹿だな」

手塚の声があんまりにも頼りなくて、リョーマはそれ以上何も言えなかった。
もしも、なんて無いけれど…。
氷帝じゃなく青学に通っていたら。
きっと手塚はすぐ自分に気付いただろう。
そして今の跡部や忍足やジローみたいに、仲良くなっていたかもしれない。きっと。

「俺の言ったことは、気にしなくていい」
すっと、手塚が立ち上がる気配がする。
「それよりも手術のことだけを考えるべきだ。
色々混乱させて悪かったな」
「いえ…本当に謝らなくって、いいから」
「ありがとう」

手塚に手を引かれて、リョーマも立ち上がった。

「下に行くか」
「はい」

無言のまま、二人で和室へと向かう。
何やら喧騒が聞こえるが、リョーマはぼーっとしたまま足を進めていた。


(もし、か。
氷帝に通わなかったら、どうなっていたんだろう)

不意に浮かんだ考えに、なんだか心細くなって来る。
どこからその気持ちが来るのかはわからない。

でも、真っ暗な闇の中。
リョーマの心の内側に響いたのは、
『多分、俺にとってお前がその誰か、なんだと思う』
跡部の声、だった。



チフネ