チフネの日記
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| 2004年10月11日(月) |
盲目の王子様 71 跡部 |
翌朝。
練習が始まる前に、跡部は忍足から「ちょと」と手招きされた。
「何だよ。つまらねえ話なら、後にしろ」 「いや。昨日な、リョーマと話したんや。お前にも心配掛けよったから、報告しよ思うてな」 「ふん。今更な報告だな」 鼻で笑うと、忍足は気まずそうに頭を掻く。 「そう言うなや。まあ、おかげでスッキリしたわ。リョーマとこれからも普通に会えるんやし」 晴れ晴れとした表情に、跡部は頷いた。 「まあ、良かったな」 「ああ。俺の気持ちばっちり伝えたからな。諦めないとも決めたし」 「なっ、忍足。てめえ、どういうことだ。さっきスッキリしたって言っていなかったか?」 驚いて目を開く跡部に、忍足はすました顔で答える。 「顔を合わせられへん状態から抜けてスッキリしたっちゅうことや。 勿論今は友達として接するけど、この先どうなるかはわからん。 精々油断せんよう気ぃ付けや。手塚もおることやしな」 「てめえ…」 「けどな、跡部」 くるっと背中を向けて、忍足は呟く。
「リョーマには幸せになって欲しい。俺もそう望んでいるんやで。 何もかも終わったら、早うお前も気持ちを伝えたらどうや。 多分、それが一番良い道やと俺は思うてる」 「忍足」 「柄にも無いこと言うたな。ま、頑張れや」 ひらひらと片手を振って、忍足は皆の元へと行ってしまう。
「お前に言われるまでもねえよ」 跡部はふっと口元を緩めた。 忍足に言われたことは意外だったが、なんとなくわかる気もする。 自分の気持ちよりも相手の幸せを願うなんて、馬鹿のやる事だろと笑っていた位だったのに。 あの少年と出会って、それまで狭かった視野が突然開いた、そんな気分になった。 あいつが幸せでいてくれるのなら、自分以外を選んでも構わない。 勿論、簡単に諦めるつもりも無い。 それに…。
(自惚れだけじゃない。あいつもきっと、俺に好意を抱いてくれている)
まだ友情より少し上位か、本人も気付いていなさそうな微妙なものだけれど。 多分、誰よりもリョーマの心の近くにいる、そんな自信はある。
(けど、確かに油断したらどう転ぶかわからないな。手塚もいることだし)
側にいる不二のことを考えると、更に気が重くなる。 あの天然に何か吹き込んで、事を起こす可能性だって十分にあるのだ。 一度きっちり話をするべきだな、と跡部はため息をついた。 そうは思っても、明日からは関東大会が始まる。どちらも忙しい身だ。 会場で会う可能性もあるが、話が出来る程余裕があるとは思えない。 それに試合前に動揺させるようなことを言うのも憚れる。 もしそれで万全な試合が出来なかったら、それこそ悔いが残るだろう。
(俺も甘くなったな。昔なら手段も選ばなかっただろうに)
けれど、盲目の少年に胸を張って試合を報告する為にも、 真正面から全てとぶつかって行きたいと思う。
青学とは準決勝で試合をすることがもう決まっている。 それが終わったら、手塚と一度話をしてみるかと跡部は考えた。
しかし手塚と顔を合わせる機会は、思ったよりも早く訪れた。
「ねえねえ、跡部。今日、リョーマの家に行くのー?」 「あーん?なんだ、いきなり」
放課後の練習も終わり、それぞれ帰宅の準備をしている中、 こそっとジローが耳打ちをして来た。 「だって明日は関東大会じゃん。忍足とも話をしてたんだよね。 リョーマの顔を見て、元気付けてもらおうって。跡部も同じこと考えているんじゃない?」 「なっ、てめえ、そんなしょっちゅう家に行ったら迷惑だってわからないのかよ」 「ふーん、跡部は行かないんだ。じゃあ、俺達だけで行って来るね」 「ちょっと待て」 離れようとしたジローの首根っこを掴んで「待ってろ」と低い声を出す。 「お前達だけで行かせられるか。騒がないよう見張る為に、俺も一緒に行く」 「素直に最初から行くつもりだったって言えば?」 「……」
にやにや笑う忍足と目が合って、非常に気まずいが仕方ない。 リョーマの顔を見て気合を入れようと決めていたのに、二人が行くからといって遠慮することは無いのだ。
三人で一緒に部室を出ることに宍戸らが不審げな目を向けてきたが、 構わず同じ目的地向かって歩き出す。
「リョーマ、いるかなあ」 「さあな。散歩に行ってるかもしれねえな」 「その時は探すか。多分近くを歩いているんとちゃうか」 「ああ、そうだな…」
言われて跡部は思い出す。
『俺が一人で歩けるのは、ここまで。 後はただ何があるのか、想像するしかない』
またどこかの交差点で、立ち尽くしていなければいいが…。 もっと色んな所に連れて行ってやりたいな、と思う。 道はあいつが決めたらいい。行きたいと思う道へ、どこへだって手を引いて連れてってやる。 (最も今日は、こいつらがいるから無理か…) 遅くなったら絶対騒ぐに決まっている。 面倒だなと軽く二人を睨むと、「何?」「何や」と同時に返される。
「別に…もうすぐ着くなって」 「そりゃリョーマの家は近いし…ねえ、あれ、誰かいるよ」 「あーん?」 「ほんまや。手塚と、あっちは不二か?」
越前家の前に、制服姿の手塚と不二が立っている。 どうやらこちらと同様、部活が終わって直ぐに駆けつけたようだ。 何か二人は揉めているようだ。 というよりも一方的に不二が手塚を叱り付けているように見える。 一体、何をやっているというのだろう。
急いで三人はその場へと掛け付ける。
「おい、越前の家の前で何やってんだ」 「跡部…」 「やあ、跡部」
目を逸らす手塚と逆に、不二は堂々としている。 一歩前へ出て、跡部に笑顔を向けて来た。
「手塚がね、越前君と会いたいのに遠慮してるから引っ張ってきたんだ。 なのにここまで来て、どうしたらいいかわからないって馬鹿でしょ?だから怒ってた所なんだ」 「余所でやれ…近所迷惑だ」 「そういう君達は三人で押し掛けてるじゃないか。学校でも会えるのに、家にも来るなんておかしいんじゃない?」 「おかしくなんかないよー」 ジローが唇を尖らせて、抗議する。 「リョーマに会いたいから来てるだけだもん。それのどこが悪いんだよ」 「少しは遠慮したらどうかなってこと」 「不二!ケンカは止めてくれ。頼むから」 大会前にまずいことになったらと、手塚は慌ててジローとの間に入り込む。
「済まなかった。俺が不甲斐無い所為で、嫌な思いをさせてしまった」 「全くだよ。付き添い無しで会う勇気も無いなんて、変じゃない? 一人で行動出来ないの?」 悪気無く言うジローに、手塚は黙って考え込む。
「そう、だな。思うように行動するべきだ。ありがとう、一つ吹っ切れた」 喋ったかと思うと、手塚はくるっと玄関へ向き直ってインターフォンを押そうとする。 「おい、何してんだ!」 跡部が声を上げると、「何怒っている」と真顔で返される。 「一人で行動出来ないのかと指摘されて、俺はようやくわかった。 人に言われてじゃなく、自分の力で動くべきだとな」 「天然かいな」 「こうなると手塚は強いよ…」 忍足の呆れたような声に、不二が耳打ちをする。 ジローも自分の言った事に対してこう返されるとは予想していなかったらしく、ぽかんとしている。
収集がつかなくなりそうだ。 額に手を置く跡部の耳に、カツンカツン、と聞き覚えのある音が響く。
「越前…外に出ていたのか」 「跡部さん?あれ、他にも人がいる?」
戸惑うようなリョーマに、なんて説明したものか。 これから起こるであろう混乱に、跡部のコメカミがずきずきと痛み始めた。
チフネ

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