チフネの日記
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| 2004年10月09日(土) |
盲目の王子様 69 忍足 |
本日の部活は、ちょっとした波乱が起きた。 ずっと顔を出さなかった宍戸が登場したかと思ったら、 現・正レギュラーの滝に試合を挑みあっという間に勝利を収めた。 観戦していた榊は、それでも宍戸をレギュラーに戻せとは言わなかった。 そのまま立ち去ろうとする後ろ姿を、宍戸と鳳と、そして何故か跡部が追い掛ける。
レギュラー復帰を懇願して、宍戸は榊の目の前で自慢の髪まで切ってしまう。 それでも眉一つ動かさない榊だったが、 「自分からも、お願いします」 部長の訴えを聞いて、考えを改めたようだ。 関東大会で宍戸の復帰が決まった瞬間だった。
誰かの為に動こうとしなかった、あの跡部が。 宍戸の熱心な気持ちに動かされたのか。 それとも…。 誰かの影響でそんな風に変わってしまったのかもしれない。
(あーあ、嫌になるわ。いつの間にか成長しよって)
宍戸のことが心配で、こっそり後をつけてきた忍足は大きくため息をついた。 こういう時に、よくわかってしまう。 以前の跡部なら、一人でなんとかしろと突き放したら本当に手助けなんてしない奴だった。
(リョーマの影響、絶大ってやつか)
あの少年と出会ってから、跡部が変わっていったのは明らかだ。 心なしか雰囲気も柔らかくなり、前以上に女子から騒がれるようになった。 最も本人はそんな人達になど見向きもしない。 きっとこの先も、本命以外に目をくれることは無いだろう。
(よりによって、跡部と争うことになるなんてな。 しかも俺の方が劣勢か…)
髪をがしがしと掻きながら、忍足はコートへと戻った。
跡部に敵わないとは思いたくない。 でも。 客観的に見ると、跡部の方がよりリョーマを想っている気がしてならない。 認めたくはないが、自分でも薄々気付いている。
「忍足」 コートに戻るとラケットを持ったジローが駆け寄ってきた。 「なんやジロー、起きてたんか」 「うん。今来たとこー」 「今かい」 遅刻はしたものの、珍しくジローは部活に出て来たようだ。 大会が近いからじゃなく、単にさっき起きただけだろう。 しかしいつものとろんとしたものではなく、ぱっちり開いた目が忍足を捉えている。
「ねえ、忍足。今日部活終わったら付き合って」 「付き合うって、どこへ?」 「いいから。約束したからね」 「おい、勝手に」 忍足が引き止めるより前に、ジローはさっさとコートに出てしまった。 そして日吉を捕まえて、練習しよーと誘っている。
(何や、一体) 首を傾げていると、背中に鈍い衝撃が走る。 「どこ行ってたんだよ、侑士」 「あ、岳人」 向日が軽く拳で背中をぶったのだと気付く。 「ダブルスの練習するっていうのに、呑気にふらふらしてんなよ。 宍戸も戻ってきたことだし、ちゃんとしないと俺らだってぼやぼや出来ないだろ!」 「は、はい」 向日に怒鳴られて、忍足は首を縮める。 練習練習、と厳しいパートナーに従い続けて、本日の部活を終えた。
「忍足、帰るよ」 宣言した通り、ジローは素早く用意を整えると忍足のロッカーへと近寄ってきた。 まだボタンすら嵌め終わっていない忍足は、(一体何やの)と眉を寄せながらのろのろと指を動かした。 「あれ、ジロー。もう着替えたのかよ。早いな」 櫛で髪を梳かしながら、向日がジローに向かって声を掛ける。 「うん。忍足が忘れないように、さっさと用意した」 「いつもぼーっとしてるくせに、やれば早いんだよな。 それより二人でどっか行くのか?まあ、俺は用事あるから行けないんだけど」 聞いてもいないのに向日は嬉しそうに、喋っている。 きっと用事というのは気になる子と待ち合わせでもしているのだろう。 だから身支度もきちんとしているに違いない。 「ふーん、そうなんだ」 ジローは向日の言葉を気にすることなく、苛立ったようにこちらを見ている。 早く着替えろ、ということらしい。 視線を無視して、忍足はのんびりとネクタイを締めた。 その間にも向日は口を動かし続けている。 「用事何か知りたいのなら、特別に教えてやってもいいぜ」 「別に知りたくないけど」 「いや、それがこの間あの子からクッキーもらってさあ。今日はお礼に俺が奢るってことになったんだ。 完全にデートだよな、な?」 「もう喋っているし…」 「お前も毎日寝てばっかりしないで、彼女でも作ったらどうだ。 今度誰か紹介してやるよ」 「いらない」 「じゃあな、ジロー、侑士」 言いたいことだけ言って、向日は部室から出てしまった。
「元気やなあ、岳人は」 「忍足、準備出来たの?」 「あ、ああ」 ジローの迫力に飲まれて、忍足は頷いた。
(なんや、一体どこへ向かうつもりなんや)
外で出て、ジローに引っ張られる形で歩き出す。 しかしすぐにどこへ向かっているか、忍足は気付いてしまった。
「ジロー、ひょっとして…リョーマの家に行くんか?」 「そう!忍足、あれからリョーマと話していないんだよね。 でも会うべきだって思ったから、一緒に行こうって思ったんだよ!」 ジローの手の力は案外強かったが、忍足はそれでも抵抗をした。
「あかんて、まだ俺はリョーマと会われへん」 「どうして!?」 「それは…気持ちの整理、とかなあ」 「何それ」 むくれた顔してジローは、振り返る。 「じゃあ、その間に悩んでいるリョーマの気持ちは考えたこと無いの?」 「それは…」 「忍足だってこのままじゃ、嫌なんでしょ。リョーマと会えないままなんて。 時間が経ったら、もっともっと顔を合わせ辛くなるよ」 「わかっとる、それはわかっとるって」
言われなくたって、よくわかっている。 リョーマとぎくしゃくしたままなんて嫌に決まっているし、会えないままの状態はかなり辛い。
「じゃあ、今日会うべきだよ。…跡部も、心配してた」 「跡部が?」 「うん。本当は自分が忍足を引きずって連れて行ってやりたいって言ってたよ。 でもそこまで面倒見る程、お人よしじゃない。 だから俺に頼むなって」 「そう言うたんか。跡部が」
ハハ、と忍足は笑った。 茶化している訳でも、虚しい笑いでも無い。 あの跡部の口から出た台詞だと思うと、無性に可笑しかった、それだけだった。
「なんやろうな。テニスではともかく、恋愛面では俺の方が有利やとずっと思うてた。 あいつは人の気持ちなんて考えへんやつやったし。 けど、いつの間にか変わってたんやな。俺の方が追い抜かれとったわ…」
手塚が告白したのを見て、動揺のあまりにリョーマの気持ちを考えることなく考えなしに告白した自分と。 二人が告白したと聞いても焦ることなく自分の気持ちは二の次にして、リョーマのことだけを想っていた跡部と。 ここで差が付いていたのかなあ、とため息をつく。
「追い抜かれたって誰が決めたんだよ」 「ジロー?」 「まだリョーマは答えを出していない。だったら諦めたこと口にしていないで、忍足も頑張ればいいじゃん。 言っておくけど俺は誰の味方でも無いよ。 でもね、ただそうやってうじうじ悩んでいるだけの忍足は絶対に選ばれたりしない。 嫌なら今すぐリョーマの所に行って、言うべきことを言ってやって。忍足も本当はわかってるんでしょ!?」
一気に言って疲れたのか、ジローは荒く息継ぎをしている。
「お前にまで説教されるとはなあ。部の中では俺が一番大人やと思っていたけど、勘違いしてたみたいやな」 跡部もジローも、思っていた以上にずっと、他人の気持ちを考えているようだ。 結局、進歩が無かったのは自分だけなのかもしれない。 そんな風に考えて表情を曇らす忍足に、パチンとジローが目の前で両手を叩いた。 「俺も跡部もいつまでも同じままじゃないってことなら、忍足だってそうじゃないの。 昨日よりも今日、今日よりも明日ちょっとずつ成長して行こうよ。 ほら、まずは最初の一歩。踏み出そう?俺も一緒だから、怖くないでしょ?」 「…せやな」
ここで悩んでいたって仕方ない。 そうだ、ジローの言う通り。 好きな人の為に、頑張ってみるべきじゃないか。
「リョーマの家、行くか」 「うん!」
笑顔で答えるジローに、忍足もつられて笑った。
本人を前にして何を言ったら良いのか全く考えていないけれど、きっとなんとかなる。 大切に思う気持ちさえあれば、きっと…伝わるはずだ。
チフネ

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