チフネの日記
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| 2004年10月07日(木) |
盲目の王子様 67 跡部 |
手塚と忍足から告白されて、リョーマが悩んでいることは容易に想像出来た。
(それで、今俺に何が出来る?)
よく考えてやれよ、とか。 気にするなとか。 ありきたりの言葉しか思いつかない。 しかも、それは跡部の本心じゃない、
(俺だって…あいつのことを想っているのにな)
だけど榊からじきじきに釘を刺された以上、むやみに動けない。 ずるい、と跡部は思った。 手塚や忍足は自分の思うままに行動しているのに、なんで自分だけ。
しかし盲目の少年の戸惑いが伝わった以上、実は自分も…なんて言えるはずが無い。
(あいつは今それどころじゃねえんだ。 余計なこと言いやがって…。 なんとか元気付けさせる方法は無いか)
忍足はあの様子じゃ、ずっとリョーマを避け続けるだろうし。 手塚に至っては、何を言い出すかわからない。 おまけにいつも元気なジローも、なんだか塞ぎ込んでいるみたいだ。
やっぱり自分しかいないか、と跡部は結論を出した。
とりあえず、忍足のことは後日きっちり締め上げてやろう。 告白の返事を保留にするよう、リョーマに言っておけと進言するのも良いかもしれない。 手塚にも、いずれそう言ってやるつもりだ。
リョーマがまず優先するべきは、目の回復だけ。 終わるまでは、誰も穏やかな日常を揺らす権利は無い。
(今日も、あいつの家を訪問するか)
幸いというか、今日は自主練習の日だ。どうにでも時間の都合はつく。 ジローも忍足も、あの様子じゃ来ることは無さそうだ。 問題は手塚だが、青学もこの時期は練習で忙しいはず。 来ることが出来ても、遅い時間になるだろう。
と、いう訳で跡部は練習を早々に切り上げて、越前家へと向かった。
「あら、跡部さん」 「こんにちは」 玄関を開けて迎えてくれた菜々子に挨拶をして、リョーマが部屋にいるかどうか尋ねる。 「それが、今、散歩に行った所なんですよ。今日は少しゆっくり歩いて来るって」 「そう、ですか」 一瞬手塚と待ち合わせしているのだろうかと考えるが、 そうだったら菜々子にちゃんと伝えるに違いない。 わざわざ散歩、と嘘をつくような奴じゃない。
「わかりました。少し回って様子を見て来ます」 「あら、だったら上がって待っていても」 「いえ、あいつのこと探しに行って来ます」 軽く頭を下げて、越前家を後にする。
ふらふらリョーマが歩いている間に、手塚と接触…なんてことは避けたい。 その可能性は絶対無いとは言い切れない。 ロードワークと称して、リョーマの家の周りをうろつく。 その位のことを、手塚は天然でやりそうだ。
かなりの偏見めいたことを考えながら、跡部はリョーマの散歩コースを辿る。 決して遠くには行けないはずだ。
杖を頼りに、知っている道だけでも一人で歩けるようにと頑張っている盲目の少年を探し続ける。
すると、程なくして。 リョーマの姿を見付けた。
(あいつ…何やっているんだ?)
散歩コースを大分歩いた先。 リョーマはそこにいた。 歩いている訳でも無く、ただ立っている。 道路を渡りたいと思っているのだろうか。 信号機の手前で。 でも動くことは無い。 そうしている間に信号は青から赤に変わり、車が通り過ぎている。 リョーマは微動だにしない。 吹く風に任せて、柔らかな髪を靡かせて。 じっと立ち竦んでいた。
(一体、どうしたんだ)
そっと跡部は横から近付いた。 散歩をしている訳でもなく、ここに立っている意味がわからない。 表情を確認するが、リョーマが何を考えているのか。 やっぱり跡部にはわからなかった。
「…跡部さん?」 ふと、リョーマがこちらに顔を向ける。 「気付いていたのか」 「うん、靴音でなんとなく」 「そんなんで誰かわかるのか」 「んー、わかるようになったみたい」
視力を失った分、聴力が鋭くなっているのだろう。 こっそりと近付いたつもりだったが、跡部の靴音をリョーマは覚えていた。 その事実に、少し嬉しくなる。
「こんな所で何しているんすか?」 リョーマの質問に、跡部は答えた。 「こっちの台詞だ。家に訪ねに行ったら散歩だって言われたから、探しに来たんだ」 「待っててくれれば良かったのに」 「俺はせっかちなんだ。待ってるなんてそんな暢気なこと、出来るか」 「普通、自分で言う?」 「で、お前はこんな所で何やっていたんだ」
さりげない口調で、跡部はたずねていた。 何する訳でもなく、ただ立っていたリョーマの行動。
一人になりたくて、こんな所に来たのだろうか。
「別に、何もしていないよ」 リョーマは笑う。 明るくみせようとしても、どこか寂しい。そんな笑みだった。
「本当に…散歩していたら、ここまで出ただけ。 でも、もう帰る」 「そうなのか」 「うん。だって、この先の道は知らないから」 信号の先をちらっと振り返る。 「知らない?」 「この先はまだ行ったこと無いんだ。 知らない道は危ないから、一人で行っちゃいけないって言われているから。 行けないんだよ。俺が一人で歩けるのは、ここまで。 後はただ何があるのか、想像するしかない」 「越前…」
今は何も映さないその目で。 先へ進むことの出来ない道を前にして、その先に何があるのか知らないまま、ただ立っている。 ずっとここで見知らぬ風景がどんな風なのか、想像しているリョーマを思い浮かべて胸がきゅっと締め付けられた。
「行こう」 「跡部さん?」
咄嗟に、跡部はリョーマの杖を持たない手を握っていた。
「行ったことが無いのなら、連れてってやる。 今から、この道を渡ろう」 「でも、もう帰るって」 「遅くなるって言ったんだろ。だから、後少しだけ散歩を続けてもいいんじゃないか」 「でも」
その間に信号が青に変わる。 跡部は強引に、手を強めに引っ張った。
「大丈夫だ、俺も一緒にいる。 行って、この先に何があるか確かめてみようぜ」 「……」 「もう少し、世界を広げたい。そう思わないか」
リョーマがきっぱりと拒否したら、無理強いまでして連れて行くつもりは無かった。
けれども。 ゆっくりとリョーマの足は一歩を踏み出した。
「よし、行こう。信号が赤に変わる前に渡るぞ」 「…うん!」
(こいつが行きたいっていうのなら、どこへでも) 連れてってやる。
不安そうに手を握り返すリョーマを安心させるよう、しっかり手を繋いだまま新しい道のりを歩き出した。
チフネ

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