チフネの日記
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2004年10月06日(水) 盲目の王子様 66 リョーマ


菜々子には軽い冗談だと誤魔化し、
とりあえず不二を自室に通した。
玄関であれこれ喋って、家族にいらない心配掛ける展開だけはどうしても避けたいからだ。
「ふーん、ここが君の部屋かあ」
「…そうっす」
「手塚は入ったことある?」
「無いっす。大体、会ったのがついこの間じゃん」
「へえ。じゃあ僕の方が先に入ったってことか。まずいなあ。
知られたら、怒られるかも」
てへへ、とか笑っているが、ちっとも可笑しくない。
一体不二は何しにやって来たのだろう。

「リョーマさん、お茶をお持ちしましたけど」
「あ、そこらに置いといて!もういいから!」
「はあ…」
どうせすぐ帰るんだから、という言葉は飲み込む。

「機嫌悪いなあ。そんなに僕と話をしたくなかった?」
「偽名使って来るような客は信用出来ないんで」
「やだなあ。僕の名前出したら、会ってくれないかと思って。
違う?」
「別に。どこかへ連れて行こうとしなければ、逃げたりしないっす」
「言うねえ」
「それより、なんで俺の家を知ってるんすか。手塚さんが教えたとは思えないけど」
くすっと不二が笑う。
「手塚の性格、少しはわかっているみたいだね」
「それが、何」
「ううん。あ、家のことはちょこっと調べただけだよ。こういう事に詳しい奴がいてね」
「そーっすか」

(なんか、この人と話していると疲れる…)

底が見えない、というか。
跡部や忍足達が不二のことを警戒していたのもわかる気がする。
どこに本心があるのか、さっぱりわからない。

ペースに巻き込まれる前に、リョーマは自分から「ところで」と切り出す。
「手塚さんの話で、何か言いたいことでもあるんすか?
大会前にこんな所にまで来るのは、俺に手塚さんと付き合えとかそういうことを言いたいんでしょ」
「まあ、似たようなものかな」
リョーマの言葉に、不二は曖昧な返事をする。

「ねえ、手塚から好きって言われた?」
「えっ」
唐突な質問に、思わずびくっと体を揺らしてしまう。
「やっぱり言ったか。昨日、あれから何があったか手塚は話してくれなかったんだ。
でも君の態度でわかったよ。いや、良かった。告白すら出来なかったらどうしようかと考えてたけど、
第一段階はクリアか」

何がクリアだ、とリョーマは眉を寄せる。
おかげでこっちは大いに悩む羽目になったというのに。
不二の嬉しそうな態度に、段々苛立ってくる。

「で、考えてくれた?」
「…あんたに言うことじゃ無い」
「いいじゃない。ちょっと位」
「ちょっとも何も無いんで」

頑なに、不二の言葉を交わしていく。
だが不二はそんな事で諦める男では無いようで、
しつこくリョーマに手塚のことを尋ねて来る。

「手塚のことよく知らないからって振ったりしないよね?」
「そんなの俺の勝手じゃん」
「ダメ。聞いて、越前君。
知らないならこれからお互い知っていけばいいじゃない。
何なら、僕が手塚のこと教えてあげるから」
「遠慮するっす」
「まずは、何からにしようか」
「聞いてないし…」

どうやったら帰ってくれるのか。
困った顔するリョーマに、不二は話を続ける。

「あれでいて手塚は青学の生徒会長でもあるんだ。
加えて青学のテニス部・部長。勿論実力は全国クラス。
成績も悪くないし、真面目で先生からの信頼も厚い。
融通が利かない所が困りもんだけど、君の言うことなら聞いてくれるよ。
顔は、ちょっと、うーんと老けてるけど、美形の部類には入るだろう」
「はあ?」

ひょっとして、不二は手塚の良いところを宣伝しに来たのかもしれない。
一応、友達の恋を応援しているらしい。
とはいえ、一方的な所見を聞かされてもなあ、とリョーマは小さく溜息をつく。
「背も高いから物を取る時便利だし、力もあるから疲れたらおぶってくれるんじゃないかな。
どう?手塚のこと、ちょっとでもいいかなって思ってくれた?」
「…えっと」

正直、今のアピールで心を動かされることは無かった。
生徒会長、だとか背が高いとか、どうでもいい。
女の子ならそういう所に惹かれるかもしれないが、生憎こちらは男で、目も見えない状況。
どんなに手塚が美形だと言われても、そうですかとしか返せない。

リョーマの様子から思ってることが伝わったらしく、不二は残念そうに「失敗だったかあ」と苦笑する。

「不二さんは…」
「ん?」
話を変える為に、リョーマは質問を出してみた。
「なんでそんなに手塚さんの事アピールするんすか?
友達っていってもさ、普通ここまでするの?」
リョーマには考えられないことだ。
他人に、恋の成就を手伝ってもらうなんてあり得ないし、
自分もしようなんて考えない。

その疑問に、不二はさらっと答える。
「うーん、そうだなあ。手塚が誰かと付き合ったら、今以上に面白い人間に変化しそうなんだよね」
「は、あ?」
微妙な回答だった。
首を捻るリョーマに「冗談だよ」と笑う不二。
「今のって冗談?そうとは聞こえなかったけど」
「半分は本心かなあ。もう半分は、意外だったから」
「意外?」
「そう。テニスばーっかりに打ち込んでた手塚が、誰かを好きになるなんて驚いたからかな。
多分、初恋だと思う」
「はつこい?え?」
「知らないの?」
「うん」
「初めて好きになった人って意味だよ」
「はぁー」

なんだか。
聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。
手塚にとって最初に好きになったのが、自分って。

(それって、どうなの)
責任を感じるつもりは無いが、なんとなく重く圧し掛かるものがあるような。
背中に、リョーマは少し汗を掻いてしまった。


「聞いたかな?手塚がアメリカで君の試合を観たこと」
「は、はい」
「いや、ね。あの旅行の後から、手塚の様子がおかしかったから問い詰めたんだ。
実際、あの頃は腕を痛めて選抜にも参加出来なかったから、かなり気も滅入ってたはずなのに。
帰って来た途端、それまで参加出来ないからって、部へ顔出そうともしなかったのに、
出来ることをやるって言ってコートの隅でリハビリの運動したり。
びっくりしたなあ、何があったんだろうって。みんなで話してたんだ」
「……」

当時のことを懐かしむように、不二は語る。
「そしたらさ、偶然見た試合に出てた男の子のプレイに、感銘を受けたんだって。
自分より年下なのに、背も小さいのに力いっぱいテニスを楽しんでいるその子を見て、
またテニスをしたい気持ちになった、いつか試合を申し込むんだ。
あの手塚がキラキラした目で言ってさあ、微笑ましくなっちゃったよ」
「それ、聞きました…」

背の小さい、というのは余計だが。

「その時、他の人はどうかわからないけど、僕は思った。
もしかして手塚はその試合で見た子のことを、好きになったんじゃないかなあって」
「話もしていないのに?」
「そんなのは関係無いよ。一目惚れって、そういうものでしょ」
「……」

わからない、と呟くリョーマの頭を、不二は優しく撫でる。

「手塚のテニスってすごくてね。僕は未だに勝ったことが無い。
ううん、彼に勝つ奴はそうそういない。
だから僕は彼のこと、認めてる。そんな彼の初めての恋を応援してやりたいんだ。
あの通りの性格だから、上手く君を誘うことも出来ないだろうから、
そのサポート位はしてやろうかって」
「そう、っすか」
面白がってはいるようだけど、不二は一応手塚のことを心配しているようだった。
悪意は無いことはわかった。

「君がもう誰かを好きだっていうなら、しょうがないけどね。
どう?今はそういう人いないの?」
「俺、は」

そんなのわかるはずない。
今まで考えていたのは、この目のことだけで。
好きとか、付き合うとか言われても。

「いない…っす」
としか、答えようがなかった。

「そう。じゃあ、まだ努力次第ではなんとかなるかな」
リョーマの答えに、不二は満足そうに頷く。
「これからも、よろしくね。越前君」
「え、ちょっと」
「じゃあ、また。お茶、ご馳走様でした」
「あの」

引き止める間もなく、不二は部屋から出て行ってしまう。
階下から、菜々子が出たのだろう不二とお構いも無くだの、お邪魔しましただの聞こえて来る。

(なんか、またややこやしくなっただけ?)

結局ペースを乱されてしまった。
悪い人じゃないけど、やっぱり不二のことは苦手だ。

疲れた、とリョーマは起きる気力も無く床に体を横たえた。












考え無ければいけないのは、手塚のことだけじゃない。
忍足の方もだ。


(また、今日もいないか)


校門をくぐると、必ずと言って良いほど「おはようさん」と忍足が挨拶してくる。
昨日に引き続いて、今日もそれは無い。
正直、寂しいと思う。

そこへ、いつもより跡部が早く声を掛けて来る。
「おはよう、越前」
「跡部さん・・・おはよう」

跡部はどこまで知っているのか、と考える。
忍足がやって来ないことを不自然に思っているのは確実だ。
それをわかっていて、わざわざ早く迎えに来てくれた、とか。

(でも、俺からは何も言えない)
自分の問題なのだから、自分で答えを出すつもりだ。

そうやって前を向いて歩くリョーマへ、
ふっと跡部が問い掛ける。

「やっぱり、忍足がいた方が楽しいか?俺といるよりも…」
だが跡部の声は、偶然吹いた風の音が邪魔して届かない。
「え?今、なんて言ったんすか?」
髪を撫でていった風に顔を顰めて、それから跡部に聞き返す。

「なんでも、ねえよ」
「?」

それきり、跡部は黙っていた。

跡部がなんだか怒っているような気がしてたので、
何も問い掛けることが出来ない。
(何か、したっけ)
考えたけど、答えは出てこない。
それきりいつもの廊下で、「じゃあ」と別れる。


コツコツと杖を使って歩くのを、
跡部が寂しげな目で見送っているのも気付かないまま、教室へと向かって行った。


チフネ