チフネの日記
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2004年10月05日(火) 盲目の王子様 65 リョーマ ジロー


学校には来たものの、結局リョーマは一日ぼーっとして過ごしていた。

(眠い…)
大きな欠伸をまた噛み殺す。

昨日は、色々考えていた所為であまり眠れなかった。
久し振りにこの目の以外のことで、頭が一杯になった気がする。

「リョーマ君、何かあったの?」
さすがにカチローもカツオも、おかしいと思ったようだ。
「別に。ちょっと寝不足なだけ」
「それなら、いいけど」
「今日は早く寝なきゃダメだよ」
心配そうな二人の声に、曖昧に笑ってみせる。
眠れなかったのは嘘じゃないが、本当のことは話せない。

『好きだ、付き合って欲しい』
『好きや、リョーマ』

突然の告白に、未だ混乱している。
どうしよう、どうしようとそればかりが頭の中で回り続ける。
そしてリョーマの憂鬱は、それだけじゃない。

(侑士…。、今朝、顔を見せてくれなかった)

毎朝、校門前で声を掛けてくれたのに。
気まずさから、避けているのだろうか。
これでもし告白を断ったら、二度と話しかけてくれなくなるのだろうか。

(そうなったら、ヤダな)

いつでも忍足は気さくで、優しかった。
その彼が正直、離れて行って欲しく無い。
でも忍足の言う「好き」という気持ちに、同じだけ応える自身は無い。

(手塚さんも…)
自分のプレイを認めてくれたことには、素直に嬉しいと思う。
目が治ったら、試合する約束は必ず果たしたい。
青学の部長の手塚と試合出来るのは、光栄だ。
しかしそこに恋愛感情が絡んで来るとなると、またややこやしい。

(悪い人では、無いんだよね。それはわかっているけど)

軽く溜息をつく。
とにかく、いずれは答えを出さなくてはいけない。
手塚にも、忍足にも誠意を持って、自分の気持ちを伝えなくてはいけない。

どうするべきかまだ見えず、ついついリョーマは物思いに耽ってしまう。




「リョーマ君、芥川先輩だよ」
「え?」

気が付けば放課後になっていた。
「じゃ、僕達部活行くから、またね」
「じゃあね、リョーマ君」
「あ、うん…またね」

慌ててリョーマは帰り支度を整え、ジローがいるであろう出入り口へと歩いて行く。

「リョーマー、おっはよー!」
リョーマが近付くと同時に、ジローは明るく挨拶をする。
「おはようって、もう放課後なんだけど」
「俺、さっき目が覚めたばかりでさ。だから今が朝みたいな気分なんだよね」
「どれだけ寝てたの…」

屈託無く放すジローに、リョーマは気の抜けたように笑った。
悩んで沈みがちだった気分が、少し軽くなる。

「んー?リョーマ、何か顔色悪く無い?」
リョーマの笑顔を見て、ジローは少し顔を顰める。
「え、別に大丈夫だよ」
「本当に?」
顔を近づけてくる気配に、少し後ろに下がる。
「ちょっと寝不足で疲れてるだけ。
そうだ、ジローってこれから部活でしょ。遅くなったら跡部さんに怒られるよ」
「そうだけど。ちょこっとだけリョーマの顔見たかったんだもん」
「でも、遅刻は良くないよ。俺ももう帰る所だし、一緒に下駄箱まで行こ?」
「うん、リョーマが言うならー」

渋々という感じで、ジローは頷いた。

(良かった)

ほっと、胸を撫で下ろす。
今日はあまり長く話をしない方が良さそうだ。
何か勘付かれる前に、ジローを部活に送り出したおきたかった。
忍足が喋っていないのなら、告白されたことは黙っておくべきだ。
自分だけの問題なのだから。


校門まで送ってくれたジローに、「バイバイ」と手を振り、
リョーマは足早に家へと向った。


その背中を、ジローはじーっと探るように見詰めていた。













部室のドアを開くと、ほぼ着替え終わったレギュラーメンバー達が振り向く。

「お、ジロー。遅かったじゃん。
早く着替えないと、また跡部に」

向日の言葉を無視して、ジローは忍足の首根っこを掴んだ。

「ちょっ、ジロー!?」
「話がある、ちょっと外出よ」
「こら!シャツ伸びるやろ!」

抗議を無視して、忍足を外に出す。

「何やねん、一体」
「さっき、リョーマに会った。ねえ、忍足は今日リョーマに会って気付かなかった?
また様子が変だったよ。
ねえ、原因が何か知らない?」

遠回しや回りくどいことが嫌いなジローは、思ったことを口に出した。
とにかくわかっているのは、リョーマに何かまたあったことだけ。
あの表情から、そう直感した。

「何も…わからへん」

忍足は不自然に顔を背けた。
声も震えている。

おかしい、と思いつつジローは会話を続ける。

「また手塚とかに会ったかもしれないね。だとしたら、どうしよう」
「どうって、言われてもな」
「忍足はリョーマのこと、心配じゃないの?」
「心配。心配しとるで。勿論」

やっぱり変だ。
リョーマに続いて、忍足までも。

不自然な忍足の態度に、うーんと唸った後、口を開く。

「リョーマの悩みの原因って、ひょっとして忍足…?」

ぎくっと体を強張らせる。
それだけで十分だ。
今までそんな動揺なんて、見せたことないのに。

「そうなんだ」
「違うで、俺は」
「何やったの。忍足がリョーマを困らせることなんてしないって思ってたのに!」

ずいっと迫ると、忍足はハァ、と情け無さそうに肩から力を抜く。

「困らせるつもりは、無かったんや」
「じゃあ、一体」
がくがくと体を揺さぶり始めるジローに、忍足はぼそっと呟く。

「告白した」
「え」
「好きやって、言った」
「ええー!!」

でかい声に、「しーっ!」と口を塞がれる。
「そんなに驚かんでも」
「だって、だってリョーマに告白したんでしょ。
なんで、そんな急に。びっくりするに決まってるよ!」
一応、声を潜めて驚きを口にする。

忍足が告白するなんて、思いもしなかった。
するとしても、もっと後の話で。

(あ、そっか)
だから、リョーマもあんな浮かない顔をしていたのかもしれない。
全くの予想外の告白に、戸惑っているのだ。

「急、か。やっぱり時期尚早やったと思うか?」
はぁ、と忍足は溜息をつく。
「せやけど、どうしても我慢できへんことってあるやろ」
「しろよ。リョーマが今、そんなの考えられる状況だと思ってるの?」

一人で、歩いているのも精一杯なのに。
目を吊り上げると、「お前も同じこと言うんやな」と言われる。

「え、誰と」
「跡部」
「ふーん」

わかっていたけど、
跡部はリョーマのことをずっとよく考えている。
忍足もそうだと思っていたのに、何故好きだなんて言い出したのだろう。

「一体、昨日何があったんだよ。リョーマのことあんなに考えてた忍足が、
急にそんな行動出るなんて」
「それは…」

跡部に話した内容を、忍足は語った。
手塚が告白してたのを、見てしまったこと。
そして、つい言ってしまったこと。

「手塚って意外と行動早いんだ。そうは見えなかったけど?」
「俺もや。人は見掛けによらんちゅうことやな」

同時に告白され、リョーマはさぞ混乱していることだろう。
あーあ、とジローは片手を額に当てる。

「忍足は、それでこれからどうすんの」
「どうって」

「おい、お前ら。さっさとしないと部活始まるぜ。
俺様より後でコートに来たら罰走だからな」

後ろから聞こえた偉そうな声に、二人同時に振り向く。

「「跡部っ!!」」
「ジロー、てめえまだ着替えてもいないじゃねえか」
「跡部だってそうじゃん」
「俺様は生徒会に顔出した帰りだ。いい加減早く用意しろ。
一秒遅れるごとに、一周増やすからな」

ふん、と忍足の方を見向きもせずに、
跡部は部室へと入って行く。


「ジロー…。俺な、手塚に告白されたリョーマを見て、思ったんや。
誰かに奪われるのは、嫌やって」
「忍足」
「他人の物なんかにならんで欲しい。
手塚にも、跡部にも。そう思うたらどうしようも無かった」

困らせるとわかってても。

苦しげに呟く忍足を見て、ジローはどう声を掛けて良いかわからなかった。

リョーマのことは大事だけど、
忍足だって友達だ。
跡部も。




(リョーマ。俺、どうしよう…)

みんなで幸せになれるのは無理だとわかっていても、
ジローはそれが叶うようにと、
見上げた空に、そっと願った。




夕飯が終ったと同時に、リョーマは自室へと引っ込んだ。
いつもなら少し家族と会話するけど、今日はそんな気分になれない。
二人から言われた事を、ゆっくり考えたかった。

が、そんなリョーマの心情を裏切るように客が訪れる。

「リョーマさん。あの、また青学の手塚さんって方がいらしているんですけど」
菜々子の声に、リョーマはベッドで横になっていた体を起こす。
「手塚さんが?」
昨日の今日で、もう返事の催促にやって来たのか?
随分せっかちだと思いながらも、ドアまで移動する。
「リョーマさん、その実は」
「どうしたの、菜々子さん」
歯切れの悪い従姉に、手塚の様子がよっぽど変に見えたのかと考える。
だが本当の理由は違っていた。

「この間も、手塚さんって方がいらしたでしょう?」
「ああ…うん」
「それが今日みえているのは、似ても似つかない人なんです」
「え?それって」

手塚を語った誰か、が来てるということか。
リョーマの知り合いに、手塚という人物は一人しかいない。

とりあえず誰かというのを確かめる為に、階下へ降りる。

「こんばんは、越前君」
聞こえて来た声に、リョーマはハッと気付く。
(間違いない…!)
ついこの間、身近で聞いた声だ。

「何やってんすか…不二さん」
「おや、もうばれちゃった?」
「ばれた、じゃないっす。一体どういうつもりっすか」
忘れるはずがない。
手塚の所に無理矢理引っ張って行った人――――不二がそこに立っていた。


チフネ