チフネの日記
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2004年10月04日(月) 盲目の王子様 64 跡部


リョーマが手塚や忍足に告白されている頃。
跡部は鳳に懇願されて、宍戸と試合を行っていた。

『シングルスじゃ無理だろうが、ダブルスじゃわからねえな』
レギュラー落ちした後、宍戸はかなりの練習を積んでることをあの試合で知った。
勿論自分には及ばないが、前よりも確実に強くなっている。

だから跡部は機嫌よくの朝練へ出ることが出来た。
レギュラー復帰は監督次第だが、実力のあるものを見捨てたりはしないだろう。
問題は説得の方法だ。
宍戸がどんな風に直訴するかは知らない。
ちょっとばかり手を貸してやってもいいとまで、跡部は思っていた。
それなら復帰も確実になるはず。
強いチームになる為なら、監督にも意見する覚悟だ。

そんな事ばかり考えていた所為か、
一度も忍足が声を掛けて来ないのを不審に思わず、そのまま練習時間は終わりとなった。

そして、いつものようにリョーマを迎える為に校門へと急ぐ。

「よぉ、越前」
「あ、おはようっす」

一人で歩いているリョーマを見て、さすがに気付く。
辺りを見渡すが忍足はいない。
必ずと言っていいほど、先に着替えてリョーマの隣を確保しているのに、今日はいない。

きっと宿題をうっかり忘れて、今頃必死になってやっているのだろう。
いない方がありがたいと、忍足の存在を忘れることに決める。

それよりも、リョーマの方だ。
どこか元気が無いように見えるのは、気の所為じゃない。

「どうかしたのか。また朝飯抜いてきたとか?」
「え?食べて来たけど」
「元気ないように見えるぜ。また何か、あったのか」

跡部の問いに、リョーマはぶんぶんと大きく首を振る。

「何も無いっすよ」
「本当か?」
「うん。大丈夫だって」

それ以上の質問を避けるように、足早に歩いて行く。

(何か、変だ)

小さな背中の後ろを着いて行く。
隠すようなリョーマの態度に、奥歯を噛み締める。

なんだって、力になってやりたいのに。
打ち明けようとしないリョーマに少し苛立つが、
言いたくないようなことなら仕方ない、今は黙っていようとそれ以上追及はしないでおく。

どこか気まずいまま二人は別れ、それぞれの教室へと歩いていった。







リョーマのおかしな態度について、跡部は授業中も推測し続けていた。

(手塚がまた現れたとか、いうんじゃないだろうな)
最も考えられる理由は、それだ。
もし、動揺させる何かを吹き込んだとしたら、許せないと思う。
今度こそ近付けさせないよう、直接手塚の元に乗り込もうとも。

彼を面倒事に巻き込む者は、容赦しない。
例えそれが純粋な想いから来るものだとしてもだ。
リョーマが悩んでいるのなら、それは跡部にとって害としか映らない。

今日の放課後は宍戸の件で色々あるだろうから、きっと遅くなる。
昼休みの間にだけでも、もう一度様子をみておくべきだ。

そう考えた跡部は、早速チャイムが鳴ると同時に、
教室から出て廊下を歩き出した。

その途中、珍しく食堂にでも行くのだろうか。
向日と、忍足が連れ立って歩いているのを目撃してしまう。

(チッ、こんな時に)

内心で舌打ちする。
忍足に見付かれば、きっとどこへ行くのかすぐばれる。
そして「俺もリョーマの所へ行くわ」と付いて来るに違いない。

こっちを振り向くなと思いながらそっと歩くと、
ふとした拍子に、忍足が振り返る。

(気付かれた)

しかし忍足は、全く予想しない行動に出た。
跡部を見るなり顔を引き攣らせ、
「岳人、今日はパスさせてもらうわ!」と走り出してしまったのだ。

「侑士?おいっ、なんだよ!」
残された向日は呆然。
後方を確認して、跡部がいるのを見つけ「おい、跡部…何かあったのかよ」と声を掛けようとする。
「跡部っ!?」
しかしその跡部も忍足を追って走り出した。

「何なんだよ…あいつら」
忍足はともかく、生徒会長が廊下を走っていいのかと、事情が全く見えない向日は小さく肩を竦めた。




「おい、忍足!止まれ!」
一瞬遅れたが、跡部は全速力で逃げる忍足を追った。
階段を駆け下り、何人かの生徒を蹴散らしても二人の足は止まらない。

「何で追って来るんや!俺、何もしてへんで!」
「お前が逃げるからだろう!」
「なら追ってくんな!」
「何も無いなら止まればいいだろう!」

ようやく一階の渡り廊下に来て、少し差が縮まる。
思い切って跡部は手を伸ばし、忍足のシャツを掴みに掛かる。

「うわっ!」
思い切り引っ張られたことで、忍足は足をもつれさせるが、なんとか転倒は免れる。
立ち止まったのを確認して、跡部も足を止めた。

「何やの、一体」
「何、じゃないだろう。どうして、逃げた」
「別に、なんも」
「嘘つけ」

目線を合わせようとしない。
何か隠していると確信する。

「そういや、てめえ。今朝越前の迎えに来なかったな」
「……」

盲目の少年の名前を出すと、忍足は目を逸らした。
怪しい。
思い切り不振な態度だ。
「何があった」
「リョーマから聞いたんか」
「あいうは何も言ってねえよ。一人で抱え込んでいるようには見えたがな」
「そうか」

ほっとしているような声に苛立ち、忍足の胸倉をぐいっと掴む。

「あいつに何をした?返答によっては許さねえからな」
「お前にそんな権利無いやろ」
「何?」
跡部に詰め寄られても、忍足は気負いすることなく冷静に答える。
睨みつけても、動じない。

「ちゃんと言うから…ちょっと他行くか。ここじゃ落ち着いて話もできへん」
「しょうがねえ」
「その前に購買寄ってもええか?昼飯食い損ねるのだけは避けたいからな」
「勝手にしろ」

リョーマの様子を見るはずだったのに、全く違う展開になりそうだ。
とりあえず部室で落ち合うことにして、跡部は自分の昼食をそちらに運ばせる為使用人へと連絡した。
本当ならリョーマと一緒にお昼を取る為に、執務室に用意させておいたのだが。

憂いの原因は手塚じゃなく、忍足だったらしい。
一体、何をしでかしたのか。
忍足はリョーマを見守るように接していた。
まさか困らすようなことをするとは、思っていなかったのだが見当違いだった。


苛々しながら食事を取り、忍足を待っていると「待たせたな」と部室のドアが開く。

「遅ぇ。待ちくたびれた。逃げたかと思ったぜ」
「逃げるか。ただちょっとな。気持ちを静めてきただけや」
「そうかよ。で、越前に何をした?聞かせろよ」

跡部を見て、忍足は少し息を吐く。
そして、
「好きやって、言ってもうた」と言い出した。

「は?お前、越前に告白したのか?」
「そうや。俺の気持ちを伝えた。
他には何も無い。リョーマに告白した、そんだけの話や」

淡々と言う忍足を殴ってやりたい衝動に駆られる。
視力を失って不安な日々を過ごしているだけで大変なのに、
悩みを増やすなんて、何をやっているんだと。

拳を震わせる跡部に、忍足は更に衝撃の発言を落とす。

「手塚に取られるかもって思うたら、つい言ってしまったんや。
いや、手塚にだけ、限定とかや無いけどな」
「何?どういうことだ?」
「昨日、リョーマと手塚がなんでか一緒に歩いてるの見たんや。
そして…その時手塚が言うてた。
好きだ、付き合って欲しいと、リョーマにな」
「……」

手塚までもがリョーマに告白していたとは、驚きだ。
恋愛には疎そうに見えたのだが、案外思い込んだら積極的かもしれない。

(感心している場合じゃねえだろ)

意識を引き戻し、忍足に向き直る。

「それで、越前は何て言っているんだ」
「リョーマは何も。手塚にも考えておくよう言われとったみたいやし。
俺も、返事はいつでもええから言うといた。
今は、どんな顔してリョーマと顔合わしたらええかわからん」

ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる忍足は、相当悩んでいるのだろう。
だが自業自得としか、言えない。


「あいつは自分のことだけで手一杯なんだ!
それをお前ら寄ってたかって、バカやりやがってふざけるな!」
どんなに困っているだろう。
それを思うと、原因二人を完全隔離してやりたい気持ちに駆られる。

「バカ、言うな。正直な気持ちを言うただけやのに」
真っ直ぐ逸らさず、忍足は跡部の目を見る。

「わかったんや。大事に見守っている間にリョーマを他の誰かに取られるのは、嫌や。
そう思うたら口から溢れたから、しゃあないやろ。好きやって。
止められんかった。…手塚にも、お前にも渡しとお無い」
「……」

忍足の言うことに、反論出来ない。

こんなに早く告げるつもりは、無かったんだろう。

でも手塚という思わぬライバルが現れ。
目の前で告白を聞いて。
じっと気持ちを抑えていることが出来なくなって。
つい、告白してしまった。

わかる気がしないでもない。
きっと自分もその場にいたら、同じ事をしていたかもしれない。


「お前は、どう出る?」

忍足は全部わかっているというのに、尋ねる。

「俺、は」
「リョーマを困らせたくないから、傍観する言うんなら助かるわ。
ライバルが一人減るからな」
「……」
「それとも、動くんか?」

答えることが出来ない。

榊に言われた通り、盲目の少年をそっとしておくか。
それとも、新たな混乱を落とすのか。


昼休み終了のチャイムに、忍足は黙って部室から出て行く。

跡部は動けないままで、ソファに体を預けてそっと息を吐いた。




彼にとって、最善な行動はどれになるのか?


チフネ