チフネの日記
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2004年10月02日(土) 盲目の王子様 62 忍足  リョーマ



一方、その頃氷帝のテニス部では、跡部達はリョーマが不二に誘拐されたとも知らず、
通常通りに練習が終わって着替えをしている最中だった。

「なあなあ、侑士」
つん、と向日に肘をつつかれ、忍足は顔を上げた。
「何や」
「見ろよ。跡部と鳳が一緒に部室出て行ったぜ。おかしいと思わないか?」
着替えもしないで、跡部と鳳がラケットを持って外へ出て行く。
たしかに妙だ。

今日一日鳳は跡部に纏わりつく…というか、必死に何かを頼み込んでいるようだった。
終わりまで粘ったことで、とうとう跡部が折れたのか。
部室を出て行く時の鳳の足取りは軽く見えた。

「宍戸がらみかな、やっぱり」
「他に考えられへんしな」
鳳が宍戸を尊敬していたのは、周知の事実だ。
試合に負けて以来部活に顔を出さない宍戸と会っているところを見た、という情報も入っている。
跡部と鳳がどんなやり取りするかは知らないが、宍戸の事で話をするというのなら。
そろそろ復帰してくる日も、近いかもしれない。

「跡部だけじゃなく、俺達も頼りにすればいいのにな。宍戸も水くせえなあ」
「けど部長は跡部やからな。監督に一番発言力あるのもあいつやし」
「まー、そうだな」
「ここは黙ってい見守っていようや」
「うー、ん」
忍足も向日も大っぴらに口に出さなかったが、宍戸がこの先テニスを続けるのか気にしていた。
ここに来て動きがあったことで、お互いほっと胸を撫で下ろす。

「じゃ、お先にな」
いつの間にか着替え終えていた向日は、明るい表情で挨拶をする。
「今日は寄り道しないんか?」
たしかさっきアイスが食べたいと騒いでいたような。
こんな時、大概行こうぜと誘ってくるものだが、今日の向日は何も言わない。

「あ、俺ちょっと…」
歯切れ悪くじりじりと後退して、「じゃあな!」と向日は部室を飛び出して行ってしまった。
「何やねん」

あの態度はおかしい。
「もしかして、岳人の奴」
デートの約束でもしているのかと、閃く。
そういえば以前、気になっている子とうまくいきそうな事を喋っていた。
これは進展あったな、と忍足は確信する。

「明日は岳人のおごりやな」
詳しいことはゆっくり問い詰めようと、にやっと笑う。

(そういえば、ジローは…)
こんな時に話したい相手だが、姿がみえない。
跡部が樺地に「回収しとけ」と言い忘れたのか。
鳳と宍戸の件でいっぱいいっぱいだったので、仕方ないかもしれない。
今日も、どこかで眠っている可能性はある。

(あ。これはチャンスや!)

今日、越前家に行っても邪魔する者はいない。
リョーマと二人だけで会話する機会が巡ってきたようだ。
そうと決まればと、忍足は急いで着替えを終えて、部室を足早に出る。

跡部もいない。
ジローもまだ眠っている。
リョーマとじっくり会話出来ると、盛り上がった気分で越前へと向う。

だが、
「ごめんなさいね。リョーマさん、まだ帰っていないんですよ」
菜々子から言い渡された言葉に、忍足はがっかりと肩を落とした。
「散歩ですか?それなら迎えに」
「いいえ、なんでもお友達と一緒とかで。
クラスの子達なんでしょうかね」
そこまでは聞いていないんですけど、と菜々子は微笑む。

(変、やな)
リョーマが氷帝でよく行動をともにしている一年生の顔なら知っている。
テニス部の、あの二人だ。
それ以外は、知らない。
彼らは今まで部活に出ていたから、リョーマと一緒のはずがない。
としたら、一体誰と一緒にいるのだろう。

「あの、良かったらリョーマさんが戻るまで家に上がって待っていらしたらどうでしょう」
菜々子の申し出に、忍足はハッと意識を引き戻す。
「いえ。今日は帰ります」
「そう、ですか?」

約束してた訳じゃない。
残念だけど帰ろうと、忍足は菜々子に挨拶して玄関を出た。
(リョーマに会えるのは、明日になってからやな)
今日はしょうがない。
自分に言い聞かせながら、ぼとぼと歩き出す。
このまま真っ直ぐ帰るのも寂しいが、バス停へと向う。

だが、反対側からこちらへ近付いてくる人影を見つけ、咄嗟に塀へ身を隠す。

(今の)

間違いない。
手塚とリョーマだ。
二人が何故一緒なのか。
リョーマが友達と菜々子に伝えた相手は、手塚だったのか。
でも、どうしてと混乱しつつ、そっと二人の様子を窺う。

幸いなことに二人は忍足の存在に気付いていない。
目の見えないリョーマは当然だが、手塚は隣を歩くリョーマに気を取られていて、
周囲に気を配っていなかった。

それにしてもリョーマから手塚に会いに青学へ行ったのだろうか。
いや、一人で青学に行けるはずがない。
じゃあ手塚がまた会いに来たのか。
色々考えている内に、手塚が口を開く。

「今日は本当に済まなかったな」
「…いえ」

聞き漏らしの無いようにと、忍足は全神経を耳に集中させる。
二人がどんな話をしているか、知りたくてしょうがなかった。
何よりも手塚がリョーマに何を言うか、気になって仕方ない。

「だが、さっき言ったことに嘘偽りは無い。それはわかって欲しい」
「……」

忍足が聞いているとも知らず、手塚は話を続ける。

「俺が君を好きなことは、本当だ」
「手塚さん、あの」
「俺と付き合うことを、考えてくれないか?」

(何やてー!?)

その場で忍足は固まってしまった。

手塚は冗談言っているように見えない。
きっと本気で、好きだと告白したのだろう。

気が遠くなりつつも、先を越された…そんな思いが忍足の心に浮かんだ。



話は少し前まで遡る。

手塚の不調が自分にあると聞かされて、青学に連れて来られた。
なのでリョーマは、手塚に「調子落としているって聞いたけど」と質問した。
不二から聞かされた話を全面に信じているのでは無いが、
ここまで来た以上ハッキリとさせたい。

「俺が原因って本当?」
「……」

手塚は答えを返さず、沈黙が続いたままリョーマの手を引き続ける。
バスに乗っても、リョーマと会話しようとしない。
たまに「あー」とか「うー」とか悩んでいるような言葉を発するくらいだ。

(そっとしとこ)
どうやって説明したら良いかわからないんだと、無理に会話することをせず、
リョーマはバスの揺れに身を任せた。
そうして20分くらい過ぎたところか。
心地良い揺れについ眠りそうになった所を、「越前」と起こされる。

「降りるぞ。大丈夫か?」
「ん……」

手塚に引っ張られる形で、バス停から降りる。
ようやく家の近くまで来たということか。
それにしてもこのまま帰されたら、また不二が「ちゃんと話してくれたの?」と現れそうだ。
困った、とリョーマは小さく息を吐く。
話あるんじゃないの?と言おうとした所で、手塚がやっと口を開いた。

「原因は、君ににあるわけじゃない。俺の弱さの所為だ」

唐突にそう切り出され、リョーマは「はあ…」と曖昧に頷いた。
普通そこで『さっきの答えだが』とか前置きがあるものじゃないか。
急に原因って言われてもと、心の中で呟くが手塚には言わないでおく。

リョーマがそんなこと考えているとも知らず、手塚は先を続ける。

「だが君とは関係ないかと聞かれると、まったくそうじゃないとは言い切れない」

(どっちだよ)
自分の言っていることの矛盾に気付いているのか。
気付いていないんだろうな、とリョーマは思った。
それにしても歯切れが悪過ぎる。

「で、俺に出来ることって何かあるんすか?
今のままじゃまずいって不二さんもわかっているみたいだし。
俺に関係あることなら、解決法も何かあるんじゃない?」
「それは…」
「言ってみてよ。出来る範囲でなら協力するから」

今、リョーマの目が見えていたら。
手塚の行動は不審者として映っていたに違いない。
リョーマに言われた後目を見開き、頬を染めて、
きょろきょろと落ち着き無く辺りを見渡している。

「出来ることならあるが…これは、その、頼んでするようなものじゃなくて」
「何ごちゃごちゃ行っているんすか。とりあえず言ってみなよ」

出来るかどうかは後で考えればいいのに。
何を迷っているのだろう。

手塚の伝えたいことなどまるで知らずに、リョーマは「早く」と詰め寄った。

「…では聞くが、越前、今付き合っている人はいるのか?」
「はあ!?」

突拍子も無い質問に、杖を落としそうになる。
テニス不調の問題から、何故そんな質問が飛び出すのか。
困惑しながらも「関係あるんすか?」と尋ねる。

「重要なことだ」

(そんな真面目な声で言われても)

調子を狂わされながらも、「いないっすよ」と正直に答える。

「そうか、良かった」

(何が。この人、本当よくわかんない)

軽く呆れた所で、再び新たな衝撃をもたらされる。

「では、越前。俺と付き合って欲しい」
「え?」

今度こそ、杖を落としてしまう。
カラン、と音を立てて杖は道路へ転がった。

「あの、手塚さん?」
ぽかんとしているリョーマへ、手塚ははっきりと告げる。
「好きだ、越前。やっとこの気持ちが何なのか、気付いた」
「ちょ、ちょっと!落ち着いて!」

驚きの余りリョーマはバランスを崩し、倒れそうになる。
しかし間一髪、手塚の手が支え激突は避けられた。

「大丈夫か」
「……」

転ばなかったとはいえ、困惑の原因に支えられて、
リョーマは思わず体を竦ませた。
手塚はそれがわかったのか、すぐにきちんと立たせてくれて、
そして倒れていた杖を拾い、手に渡してくれる。

「すまなかったな、急に。何を言い出すかと思っただろう」
全くの同感だが、頷くことさえ出来ない。
それ位、驚いていた。

とりあえず、落ち着いて話をしよう。
お互い同じ結論が出た所で、リョーマは近くの公園へ行こうと促す。
「ここバス停なら、もうちょっと先にあるんで」
手塚も反対することなく、リョーマに案内されるまま目的地へと向う。

そして先にリョーマをベンチへ座らせ、手塚は「ちょっと飲物を買ってくる」と言い、
自販機へと向ってしまう。


(驚いた…なんなの、あの人)

好きだとか、急に言われて本当にびっくりした。
一体なんだったんだろうと自問する。

手塚の告白を考えながら、ぼーっとしていると、
「これ、良かったら」と冷たいものが手に当たる。

「適当なのを買ってきたが、先に何が欲しいか聞けばよかったな」
「あ、いえ。どうも」

手塚が買ってくれたのは、オレンジジュースだった。
ファンタの方が良いけど、文句は言わない。
黙って、飲み干す。

そうして、また沈黙が流れ。
いつ話の続きをするんだろう。
リョーマがそろそろ…と思った瞬間、
またしても手塚は唐突に続きを話し出す。

「だが、俺の気持ちに偽りは無い。
こうして口に出すとよりハッキリ自覚出来る。
君のことが好きだと」
「何度も言わなくていいよ…」

周囲に人がいないか、今更ながら気になってしまう。
子供の声は聞こえないから、誰も遊んでいないようだが、
いつどうなるかわからない。
手塚はここが外でるというのを、認識しているのだろうか?

「でも、俺達そんな会ったばかりで、話もそんなにしてないのに」
きっと手塚は勘違いしているのだ。
今の自分の状況に同情して、その気持ちを好きだと勘違い。
リョーマはそう思い込もうとする。
でなきゃ、説得出来ない。

「会ったばかりで好きになるのは、おかしいか?」
「だ、だって、何も知らないじゃん。きっとあんた俺に対して都合の良い思い違いしているよ。
実際口悪いし、性格だって良くないから」
「でも、会う度に惹かれる。会えば会うほど、知りたい、もっと一緒にいたいと思う。
これは間違いなんかじゃない。
切っ掛けはテニスしている姿を見てからだが、あの時にもう一目惚れしていたんだろう」
「……」

堂々と言われ、困ってしまう。
開き直ったのか、先ほどまでの歯切れの悪さが無い。

「でも俺、テニスは、この先出来るかどうかもわからないし」
なんとか抵抗しようとするが、手塚はそれを許してくれない。
「必ず、コートに戻れる。そう、信じていると言っただろう」
「そんな根拠無いじゃん」
「信じてるから、必ず叶う。あの時のようにコートを駆け回る、その日は来る。
だがそれだけじゃ足りない。コートを出た後も俺の側にいて欲しい」

缶を握ってる手の上に、手塚の手が重ねられる。
あまりに真剣な声に、動けない。

「大会が終るまで会うのを控えようと言われた時、一度は納得したが、
やはり自分の気持ちはごまかせなかった。
これじゃいけないとわかっているが…どうにもならず、それが原因で練習が身に入らなくなった」

嘘を言っているようには聞こえない。

(そういう、ことか)

妙に会いたがる手塚の言動に違和感はあった。
それが恋愛感情だと言われ、ぴたりと当て嵌まる。
だが、何も答えることは出来ない。

困ったまま口を噤むリョーマから、手塚はそっと離れた。

「済まなかったな、急にこんなこと言い出して」
「いえ…」
「今日はもう家に帰った方がいいだろう。名残惜しいが」
「はあ」

立ち止まっていた場所から、ゆっくりと歩き出す。

この先、どうしたら良いかなんて全く見当がつかない。



だが、リョーマの混乱の一日はこれだけで終わらない。





チフネ