チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年10月01日(金) 盲目の王子様 61 リョーマ 


嵐の切っ掛けは、一人の男の訪問から始まった。

「越前リョーマ君だね。こんにちは」
「……」

翌日の帰り道。
いつものように一人で校門を出たところ、いつかの手塚のように名前を呼ばれた。
違うのは、聞き覚えの無い声だってことだ。
「あの、誰?」
近付いてきた男の靴音にに、リョーマは警戒を強める。
その表情に気付いた男は、「ああ、ごめん。僕は青学の不二周助だよ」と名乗り出た。
「青学?」
「うん。覚えていないかな?
君と手塚が再会した場所に、僕もいたんだけど。
二人が会話出来るようにと頼んだの、覚えていない?」
「……ああ」
そういえば、そんな人もいたような。
頼んだというよりも、跡部達にケンカを売っていた気がしないでも無いが。

「その不二さんが、何の用っすか」
まさか青学はこんなに頻繁に休みがあるのだろうか。
そんな風に考えるリョーマへ、不二は「手塚のことで、ちょっとね」と意味深な事を言い出す。
「手塚さんの?」
「そう。ちょっとここじゃなんだから、少し僕に付き合ってくれないかな?」
「でも」
ほとんど知らない人同然の不二について行くのは躊躇われる。
が、不二は強引に腕を掴み、前へと引っ張ってしまう。
「ちょっと、俺まだ行くって言ってない」
「ごめん」
抗議をするリョーマに、不二は形ばかりの謝罪をする。
「でもどうしても君に聞いてもらいたいんだ。
このままだと、手塚は試合に出ることすら出来なくなる」
「え……?」
意外な言葉に、リョーマは息を呑んだ。
「手塚があんな調子じゃ、青学は勝てない」
「手塚さんに何かあったんすか?」

瞬時に浮かんだのは、腕のこと。
完治はしたものの、医者から無理することは避けるように言われてると、
手塚から聞かされた。
あの後、何かあったのか。
そんな想像しているリョーマを、不二は「さあ、乗って」とリョーマの体を引っ張る。

「え、あのこれ車、っすよね?」
「うん。タクシーを使って来たんだ。
校門で張るしか無かったから、急いで来たんだよ」
「俺が言いたいのは、そういうんじゃなくて」
そのタクシーに乗せられそうになってる、この状況が何かを知りたいのだ。
しかしリョーマがその質問するよりも早く、不二は小さな体を抱え上げて車内へと押し込んでしまう。

「どういうつもり…?」
「君には聞く義務があると思うよ。越前リョーマ君」
「何が」
「スミマセン、青学までお願いします」
不二の声に、タクシーは走り出してしまう。
「ちょっと、青学って」
「手塚の不調は、君が原因なんだろ」
「は?」
つん、と不二の指が頬をつつく。
「だから、手塚と会って貰わなくちゃ」
「そんな、そんなの何も」
「大会を前にして、こっちも困っているんだから。
協力してもらうよ」
「……」

協力と言われても、何が何やらわからない。
手塚の不調。
その原因が自分にあると、不二は言う。
どこまで信じて良いかわかったものじゃない。

ただわかるのは、手塚に会うまで帰してもらえないこと。

しょうがない。
会ってやろうと、リョーマは腹を括って拳をぎゅっと膝の上で握り締めた。



降りてと、手を引かれ、リョーマは素直に従った。
ここまで来たらじたばたしても仕方ない。
手塚と会わせることが、この不二とかいう男の目的なら、
危害を加えるとかそういうことは考えていないだろう。
それに手塚と会える方が都合良い。
帰して欲しいとお願いすれば、彼ならばきっと聞き入れてくれるはず。

しかし、帰宅時間は大分遅くなっている。
きっと母も菜々子も心配しているだろう。
もし、榊に連絡を入れる展開になったら。

(まずい)

この間、手塚との件で釘を刺されたばかりだ。
こんな揉め事を起こして、やっぱりなと呆れられるようなことは避けたい。

「あの…、不二さん」
頼みたくは無いが、手を引いて歩く不二に声を掛ける。
「何?」
遅くなりそうだから家族に連絡を、と言おうとした所で、
大きな声によって遮られてしまう。


「不二!どういうことだ、これは!」
「やあ、手塚。ちゃんと迎えに来てくれたんだ」
「お前が意味深なメールを寄越すからだろう。それに何故、越前がここにいる!
部活をさぼって、一体何をしてた!」
大声で怒る手塚に、不二は冷静に対処する。
「そんな怖い顔しないでよ。君の怒鳴り声で越前君が怯えているよ」
「…っ」
「元はといえば、君の為じゃないか」
「何、だと」

二人の険悪な空気に、リョーマは溜息をつく。
これ以上話が長引く前にと、割って入る。
自分の用事を済ませて起きたい。

「あのーちょっといいっすか?」
素早く反応した手塚が、「どうした、越前」と優しく問い掛ける。
「長くなりそうなんで、家に連絡しておきたいんすけど。携帯貸してくれませんか?
何しろ学校出て直ぐに連れて来られたから、何かあったかもしれないって心配してると思うんで…」
手塚に不二のやった事を告げ口する訳じゃないが、事実をありのままに話す。
リョーマの言葉に、手塚は再び声を荒げる。
「不二!今の話は本当か!?」
「まあ、そうだね」
「越前の迷惑になるような行為をしていいと思っているのか!?」
「はいはい、僕のことは悪役だと思ってくれればいいよ。
それより越前君、家の番号は?僕の携帯使っていいから」
「どうもっす」
「不二、聞いているのか」
「後にしてよ。今は彼の家族への連絡が先でしょ」

ぶつぶつ言う手塚は不二の様子に不満げだったが、リョーマはさっと電話番号を答える。
今は安否を知らせることが優先だ。
思っていた通り心配していた母に、学校の友達と一緒だから遅くなると伝え、
そして電話を切った。

「もう一つ。手塚さんと会えたのはいいけど、ここどこ。俺、どうやって帰るの」
「ここは青学だ。帰りは俺が送るから心配するな」
「お願いするっす」
「不二が迷惑掛けたのだから、当然だ」
手塚の声に、リョーマは安堵の息を吐いた。
青学からの帰り道はさすがにわからない。
放り出されたら、路頭に迷うしかない。

「手塚。今日はもう早退してこの子を送ってあげなよ」
楽しそうな声を発する不二に、手塚は「バカ言え」と返事する。
「まだ部活中だぞ。部長の俺が早退する訳には」
「じゃあ、部活が終わるまで越前君はどうするの。放っておくつもり?」
「それは…」

別にリョーマとしてはどうでも良かった。
ちゃんと家に帰してくれるなら、待っててもいい位に考えていたのだが、
手塚は違ったらしい。
部室で待っててもらうか、いやそういう訳にはと呟いている。
迷っている手塚に、不二は楽しそうに声を上げる。
「竜崎先生と大石には僕からうまいこと言っておくから帰りなよ。どうせ後ちょっとじゃない。
大体、テニスしても身に入らないだろう。そんな状態で練習されても迷惑だ」
「……」
「気付いているのは一部だけど。部長の君がそんな有様で大会を勝ち上がることは出来ないよ。
わかったのなら、さっさと悩みを解消して」

不二の話を聞いて、リョーマはどういうことだろうと考える。
自分がここに来たことによって、手塚の悩みが解消されるのだろうか。
一体どうやってと思ったが、想像つかない。

「すまない、不二」
しばらく手塚は沈黙していたが、吹っ切ったような声を出した。
同時に、リョーマの腕をそっと掴む。
「家まで送ろう。その前に、聞いてもらいたいことがある。多分、うまく言えないが」
「はあ」
結局何がいいたいのかさっぱりわからないが、リョーマはとりあえず頷くことにした。
「着替えてくるから、それまで待っててくれ。不二、その間越前を頼む」
「わかった」

掴んでいた腕を名残惜しげに離し、手塚は走って行ってしまった。

(聞いてもらいたいことって、なんだろう)
大会が終わるまで会うのを控えたい、その件だろうか。
榊に言われたことを思い返し、気が重くなってしまう。

「越前君」
「何すか」
リョーマの気も知らず、不二は楽しげに囁く。
「手塚のこと、よろしくね」
「は?」

よろしくって??

ますますわからなくなって、眉を寄せてしまうリョーマであった。



チフネ