チフネの日記
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2004年09月30日(木) 盲目の王子様 60 リョーマ 

跡部達に正直に話すことが出来た。
おかげでリョーマの心は大分楽になっている。
しかしまだ問題はある。
次回、手塚が訪ねた来た時に、この目が治って試合が出来るようになるまでか、
せめて大会が終わるまでは会うのを控えたいと言わなければならない。
榊の言う通り、全国大会を前にして青学の部長と会ってる場合じゃない。
跡部だけじゃなく、忍足もジローも口に出さなくても、微妙な気持ちになるだろう。
いつも優しくしてくれた彼らの気持ちを、大事にしたい。

(でも向こうも大会前だから…よく考えたらそんなすぐに家へ来たりしないか)

そんな風にリョーマは軽く考えていた。

だが手塚が訪れるのは、それからすぐ翌日のことだった。

菜々子の声に、部屋で寛いでいたリョーマは飛び起きた。
「リョーマさん。あの、他校の方が訪ねて来ていますが…お知り合いかしら?」
「他校?」
「青学の手塚さんと仰る方が、今玄関の所に来てます」
「え!?」
何故他校生が、と不審がる菜々子に、「うん、ちょっとね」とリョーマは誤魔化した。
それより、驚いた。
こんなすぐに手塚が会いに来るとは予想していなかった。
「今、出るからちょっと待って」
「はい、伝えておきますね」

先に自室を出た菜々子が階段を降りていく音がする。
ゆっくりとリョーマはベッドから床へと降りる。
もう時刻は8時近い。
手塚は青学の練習が終わってから、真っ直ぐここに来たのだろうか。
そんな事を考えながら、杖を取って階下へと急ぐ。

「越前!」
リョーマを見て、手塚は声を上げた。
「手塚さん、どうしたんすか。何か急な用事があったとか?
とにかく上んなよ」
「いや、時間も無いからここで結構だ。
その、少し様子を見に寄っただけだ。特に用事、という訳じゃない」
「はあ」
「元気そうで何よりだ」

何よりと言われても、一昨日会ったばかりだ。
そんなに体調を崩しやすそうに見えるのだろうか。
手塚の言っている意味がわからず、首を傾げる。

「まあ、無理に上れとは言わないけど。あ、そうだ。
ちょっといい?」
そう言って、リョーマはしゃがみ込んで置いてあるはずのサンダルを手探りで探す。
何かに気付いた手塚が「これか?」と渡してくれたので、「サンキュ」と礼を言う。
サンダルを履いて、「話したいことがあるから、外に出よ」と促す。
この場だと、恐らく聞き耳を立てているだろう母と菜々子に全部聞かれてしまう。
隠すことじゃないけど、やはり言いにくい内容には変わり無い。

リョーマが外に出ると、手塚も一緒に続いた。
元々顔を見に来ただけなので、すぐ帰るつもりだったようだ。

「話、とは?俺に出来ることがあるなら言ってくれ」
真面目に喋る手塚に、調子が狂いそうになる。
が、ここでちゃんと伝えなければとあの話を切り出す。

「あのさ、俺の目が治るにしても、テニスが出来るようになるまではしばらく時間が掛かると思う」
「…そうか、そうだな」
「でも治ったら、絶対あんたと試合する。約束は守るよ」
その言葉に嘘偽りは無い。
あの頃のようなテニスが出来るかはわからないが、全力で戦いたいと思っている。
「本当か」
手塚の声はどこか嬉しそうだった。
その事に今から話す内容に気が重くなるが、意を決してリョーマは口を開いた。

「だからさ、治ったら俺の方からちゃんと会いに行くから。
それまで、こんな風に会うのは…控えてくれるかな」
「何故だ」
瞬時に問われ、少しびっくりしてしまう。

(何故って言われても…。困ったな)

そういえば手塚は青学の部長だというのに、氷帝の生徒と会うことをどうとも思わないのか。
テニス部員では無いから気にしていないと考えれば、それまでになるが。

「だって会っても、しょうがないじゃん。
こんな所に来ても、時間の無駄でしょ?だから試合出来るまでは」
「越前と会えることが、無駄だとは思わない。
試合が出来るとか出来ないとか、そういうことじゃない」
「はあ…」

そうかな?とリョーマは眉を寄せる。

「で、でも大会前に時間掛けてここに来るよりも、家で休んでいた方がいいのに」
「いや、それよりも越前と話している方がいい」
「そうなの?」
「ああ」

どうしよう、と軽くため息をつくリョーマに、今度は手塚から質問される。

「会いに来るのは迷惑なのか?」
「えーっと…」
「はっきり言って欲しい」
仕方ない、とリョーマはぼそぼそした声で告げる。

「関東大会で氷帝と青学って当たるかもしれないんでしょ。
そういう学校同士の人が会ってるっていうのも変じゃない?」

リョーマがそう言うと、手塚は無言のまま立っている。
どうやら納得している訳じゃなさそうだ。
わかってもらう為に、リョーマはもう少し続けた。

「手塚さんって青学の部長なんでしょ。
他の部員が変に思ったりしたら困るじゃん。
俺も、跡部さん達と仲良くしてもらっているし…。
そういう人同士が会ってて、周りが気にすることもあるんじゃない?
だからちょっと、控えて欲しいかなって」

たどたどしいリョーマの説明を、手塚は黙って聞いていた。
リョーマが大きく息を吐いたところで、「そうか」と口を開く。
「大会が終わるまでは、控えた方が良い。そういうことか?」
「うん、まあ」

低い手塚の声に、機嫌を損ねたんじゃないかと思わず体を固くしてしまう。
そんなに無理なことを言っているのだろうか。
今、会う必要等無いのに。
テニス出来ない自分と会っても、手塚になんのメリットも無いはずだ。

「わかった」
渋々といった感じで、手塚が声を上げる。
「おかしな噂が立って、越前に迷惑が掛かる可能性は否定出来ないからな。
その為にも自粛しよう」
わかってくれた、とリョーマはほっと力を抜いた。
「そうっすね」
「だが」
そっと肩に手塚の手塚が触れる。
自分よりずっと大きな手は、服越しにも熱く感じる。

「大会が終わったら、会いに来ても良いのだろう?」
「え、うん」
真剣な声に、思わず頷いてしまう。
「そうか、良かった」
触れている手に、力が篭る。

何故そんなに会いたがるのか、わからない。
問いかけようとして、リョーマは結局口にはしなかった。
何かまずいことが起こりそうな気がして、言い出せない。

「しばらく会えないのは残念だが、我慢する。
試合の約束は、忘れないでくれ」
「……うん。忘れないっす」

リョーマがそう言ったところで、手塚も安心したようだ。
ようやく肩に触れてた手の重みが消える。

「また会える日を楽しみにしている。それまで、元気で」
「うん。手塚さんも。俺が言うのも変かもしれないけど、試合…頑張って下さい」
「ああ」

そして手塚は帰って行った。

足音が遠くなっていく音を聞いてから、リョーマは玄関の中へと入った。
他校の人はもう帰ったのかと問う母の声に、「うん」とだけ短く返し、
また自室へと戻る。

なんだかすごく疲れた気分だ。

大会が終わるのは8月。そう遠い話では無い。
なのに手塚はそれすらも長いと言いたげだった。訳がわからない。

(一応、解決…したんだよな?)
なんとかなったはずだと、リョーマは自分に言い聞かせる。
これで榊に迷惑を掛けるようなことにはならないはずだ。



だが、これによって今よりも更に大きな嵐が吹き荒れることになるのを、リョーマは知らない。


チフネ