チフネの日記
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2004年09月29日(水) 盲目の王子様 59 跡部

「宍戸の奴、今日も朝練に来なかったなー」
向日の言葉に、部室内にいる人々の動きが一瞬止まる。
「学校には来てるみたいだけど、このままこっちに顔出さないってこともあると思う?」
「岳人、あんまりいらんこと言うな」
しっと、忍足がパートナーの会話を止める。
「宍戸も色々悩んでおるんやろ。そっとしとき」
「でも来る切っ掛けを無くしているだけとかじゃね?今度引っ張ってきてやろうって考えているんんだけど」
「せやけど余計なことして、宍戸が余計顔出し辛くなったら困るやろ」
「なんだよ!俺がやろうとしてるのは、余計なことか?」
「いや、だから宍戸の気持ちの整理がつくまで」
「そんな事言ってる間に関東大会が始まっちゃうじゃんか」

揉めている二人の声に、跡部は軽く溜息をついた。
都大会以降、宍戸は部活に来なくなった。
レギュラー落ちを当然だと思う連中と、気遣いしている人々とで部活内の空気も微妙だ。

関東大会のレギュラーをどう決めるのか、榊はまだ一言も発表していない。

(ここで逃げ出したら、本当に終わりだぞ…)

宍戸の行く先に、跡部は口出すつもりは一切無い。
本人がどう動くか。
今はそれを待っているだけだ。

「だからっ、どうなのか聞くくらい、いいいじゃんか!」
「あほ。傷口抉るつもりか」
「だって心配だからしょうがないだろ」

忍足と向日の争いを放置して、跡部は外へと出た。

全く。こんな時に限って厄介なことが起きている。

振り切るように、急いで校門へと走った。

(間に合ったか)


盲目の少年が杖とつきながら、ゆっくりと歩いてくるのが見える。

「越前」
「跡部さん」

声を掛けるとリョーマは、どこか余所余所しい態度で俯いてしまう。

「どうした」
何か、あったのか。
そう思って手を伸ばす寸前、後ろから伸びてきた別の手に振り払われる。

「おはようさん、リョーマ」
「忍足っ…!てめえ、いつの間に」
「誰かさんがこそこそと部室から出て行くのが見えてな。
こりゃあかんと思って、急いで来たんや」

バチッと二人の間に、火花が散る。

この様子が見えてないリョーマは、何も知らず、ただ考え込んでいるような表情を浮かべている。

「どないしたんや、リョーマ。悩んでいるような顔して。
お兄さんに全部話してくれへんか?なあ」
「フザケンナ。お前みたいな軽い奴話しても解決になるか。
俺に話してみろ。きっと解決してやるから」

リョーマからの好感度を上げようと、
二人は必死になって自分の方が頼りになるとアピールを始める。

が、リョーマから出た言葉に、さっと緊張を走らせる。

「…昨日、手塚さんと会った」

跡部と忍足は顔を見合わせた。
緊急事態だと、すぐに気付く。

あれだけ近付けさせないと誓った手塚とリョーマをあっさり会わせてしまった。
まさか氷帝まで会いに来るとは。
手塚を甘く見過ぎていたようだ。

「それで、何もされなかったのか!?」
「大丈夫やったか?」

声を上げる二人に、リョーマはこくんと頷く。
「うん…あの人、わざわざ謝罪しに来てくれたんだ。
それだけの為に、来てくれたみたい」
「本当に、謝罪だけか?」
思わず跡部は疑惑の声を出してしまう。

手塚のあの切羽詰った様子。
謝罪だけ、とは考えにくい。


リョーマはその問いに、「うん」とゆっくりと答えた。
「昨日のこと気にして、会いに来ただけだから。
色々心配掛けて、ごめん。
でも、もう大丈夫だから。本当、もう誤解は解けたんだ」
そう言って、ぎこちなく笑う。

嘘だ、と跡部は言いたかったが我慢をした。
何か隠しているリョーマの態度に苛立つが、
詰め寄って怖がらせたくは無い。
忍足も同感だったらしく、それ以上手塚とどんな会話したのか聞こうとしなかった。

三人とも、肝心な所に触れないまま空々しい空気の中を歩いて行く。


そして、
「じゃあ、俺こっちだから」
毎朝、リョーマと別れる廊下に到着してしまう。

「……」
「跡部、さん?」
思わず跡部はリョーマの袖口を掴んでいた。
ぎゅっと引っ張るのではく、そっと掴む程度だったので、
驚いたリョーマは転ぶことも体勢も崩すことなくただ足を止めている。

「跡部?」
忍足もきょとんとした顔で、跡部を見ている。

「お前が大丈夫って言うのなら、…信じる」
今まで誰かを心配する気持ちを口にした事なんて、無い。
それより、こんな気持ちを誰かに向けたことあっただろうか?
どう表現したら良いかわからないけれど、
伝えようと言葉を探す。

「だけど、もし面倒ごとがまた起きたのなら、遠慮しないで言えばいい。
一人で抱えるなと言ったよな?あの言葉を忘れるな。
お前の為だったら、何だってやってやる」
「……!」

跡部のきっぱりとした決意の言葉に、リョーマも忍足も驚きの余り動けなくなってしまう。

「ちゃんと聞こえたか?」
袖を掴んでいた手を離し、今度は頭にぽんと軽く置く。
「あ…うん、聞こえてた」
急にリョーマは赤い顔をして、頷く。
「そうか」
「あの!もう先生来るから、俺行くね!」
そして慌しく杖をついて、廊下を歩き出してしまう。

「あー、リョーマー」

去っていく背中に、忍足が名残惜しそうに名前を呼ぶ。

「跡部…こんな往来で言うか?リョーマ、動揺しとったやん」
「そうだったか?」

リョーマの反応が嫌がっているのではなく、照れているのだと理解し、
跡部は満足そうに笑った。

「お前という奴はー。手塚が会いに来た聞いた時には、顔引き攣らせとったくせに」
「それはそっちも同じだろ」

手塚のことを思い出し、再び表情を曇らせる。
大丈夫だと言っていたが、本当だろうか。
どんな会話をしていたか気になるし、
まさかと思うが次の約束をしていないのか、それが一番気掛かりだ。

「どないする?手塚、また来るんちゃうか」
忍足も同じことを懸念してたようで、心配そうな表情を覗かせる。
「さあな。手塚が何考えているか、俺にはわからねえし。
大体、大会前に会いに来る時間もあるのか?」
「時間作ってまで、会いに来ようとまでして来たら?
手塚が本気ならやりかねないやん」
「本気、ならな」

リョーマと話させろと言って来たあの目に、執着心を感じた。
だから会わせたくないと考えたのに。
きっとまたやって来る。手塚がこのまま引っ込むような奴とは思えない。
跡部はそう確信した。


「お前はどうするんだよ」
「俺?」
逆に、忍足へと尋ねてみる。
「あいつのやりたいようにって、いつも考えているんだろ。
手塚が近付こうが、嫌がっていないのなら放っておくのがお前のやり方だよな?」
「……」
ふーっと、忍足は大袈裟な溜息をつく。
「わからん。リョーマの好きにさせてやりたい。そう思うてるけど」
ぐしゃっと忍足は頭を手で掻き毟る。
「他の奴に取られる思うと、焦るな。
黙って見ているなんてできへんかもしれへん」
「そうかよ」
「お前かてそうやろ」
ふん、と跡部は鼻で笑って返す。

「取られる方がまぬけだろ」
「言うたな。俺に出し抜かれても、同じこと言えるか?」
「お前に?笑わせるな」
「その余裕ぶった顔がむかつくなぁ!」
「てめえこそ、にやけた顔が不快だ!」

肘でお互いを牽制しながら、廊下を歩いて行く。

朝からなんだと廊下を歩く生徒達が見ているが、二人は気付いていない。
教室に到着するまで、小競り合いは続いていた。


チフネ