チフネの日記
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2004年09月28日(火) 盲目の王子様 58 リョーマ 


30分程、手塚と話をしただろうか。
「そろそろ、帰らなきゃ」とリョーマは声を上げた。
遅くなると言っていないので、母が心配すると気付いたからだ。

「そうか…引き止めて済まなかった」
手塚の声が何故か寂しそうに聞こえた。
気のせいでは、無い。
証拠に手塚は「家まで送っても良いだろうか?」と申し出てきた。
「いいけど、すぐそこだよ?」
「構わない。少しでも長く君と一緒にいたい。それだけだ」
「……」

正直過ぎる手塚の言い方に、どうしたら良いかわからずリョーマは戸惑った。
特別視されているのは、わかる。
昨日の件も悪気があったのでは無いことも、理解した。
だから、普通に接すれば良いのだけれど…。

「越前君と会えて本当に良かった。
これからも会ってくれないだろうか?」

どこか調子が狂ってしまう、言い方を手塚はしてくる。

「別に、いいけど」
会う位なら良いか、とリョーマは軽く考えていた。
「それは良かった。ありがとう、越前君」
手塚からのその呼び方に、今度は眉を顰める。
「礼を言われる程じゃないし。
それとその越前君とか君とか気持ち悪いから止めてくんない?
あんた、俺より年上なんでしょ」
正直、むず痒い。

「なら、なんと呼べば良いのだ?」
真面目に問い掛けられる。
はあ、とリョーマは溜息をつく。
「越前とか、リョーマとか。呼び捨てでいいんだけど?」
実際、ジローや忍足・跡部はそうしている。
だが、手塚は違った反応を返してくる。

「呼び捨てに?しかしそれは…」
迷うことなんてあるだろうか?
「何遠慮してんの?」
さっぱりわからない。
小首を傾げるリョーマの横を歩きながら、手塚は「呼び捨てか」と考え込んでしまっている。
「そんな悩むこと?」
「いや…・今の呼び方を不快に思うのなら、努力しよう」
「はあ」

努力って、と呆れるがそっとしておくことにした。

しばらく黙った後、手塚がこそっと呟く。
「…り、リョーマ」
「何すか?」
普通に返事をするが、「いやなんでもない」と手塚は焦った声を出した。
「やはり越前と呼ばせてもらおう。その方が良さそうだ」
「どっちでもいいけど」
なんだろう、一体。

相手の表情が見えない為、リョーマは手塚がどんな顔でいるかは知らない。

顔を赤くして、照れている手塚。
青学の生徒が見たら、びっくりするだろう。
跡部や忍足が目撃したら「手塚か!?」とひっくり返るかもしれない。

全くそれに気付かないのは、幸か不幸なのか。





「俺の家、ここっす」
門柱に手塚をついて、リョーマは到着したことを告げる。
のろのろと歩いて来たが、そんなに時間も掛かっていない。
「本当にすぐだったでしょ」
「ああ。おかげで、もう覚えた。
その、これからは家の方を訪ねても良いだろうか。
氷帝の前で待っているのは、どうも、その」
本気で手塚は自分に会いに来るようだ。
「いいけど。あんた忙しいんじゃないの?」
青学も大会前で、練習は遅くまで行われているはずだ。
今日みたいな休みはそうそう無いはず。

「勿論、部活をさぼってくるという意味じゃない」
リョーマの気持ちを察して、手塚が口を開く。
「どうにかして時間を作って来るから。また会って欲しい」
「まあ、いいけど」

手塚の肘のことを聞いて以来、悪印象はすっかり抜けた。
怪我をしてテニスが思い通りに出来なかった手塚の気持ちは、痛い程伝わって来た。
その一件で少しわかりあえた、と思う。

「では、また今度。必ず来るから」

嬉しそうな手塚の声と同時に、杖を握っている手の上に大きな手が重ねられる。
一瞬だったけど、他人の体温に体がぴくっと揺れる。

「・・・・・」

手塚が去っていく靴音に、リョーマは一体なんだろうと顔を顰める。
上手く説明出来ないが、手塚の接し方は友人のものとは違う気がしてならない。
目が見えなくなる以前の自分の実力を認めているようだが、
ライバルとしても違うような。
だったらそれが何かは、はっきりいえない。

わからないと、リョーマは肩を竦めて自宅へと入っていく。
これ以上考えるのが面倒だったからだ。

しかし今、越前家にやって来た客はその状態を見逃すような甘い考えを持っていなかった。

「随分遅かったようだな:

玄関を開けて聞こえた声に、リョーマは目を瞬かせた。

「榊先生?なんで家に?」
この時間は部活中のはずでは。
リョーマの表情から、榊はすぐ回答を出す。
「部員にはメニューを出しておいた。それに用事が終わったら、すぐ戻るつもりだ」
「用事って」

とにかく中に入るようにと促され、靴を脱ぐ。
榊の声色から嫌な予感はしていた。
実際ライバル校の部長と今まで会っていたのだから(手塚が押し掛けてきたにしても)
気まずい。

「あら、リョーマ。帰って来たの」
「うん」
母親はリョーマが帰って来たのを確認して、榊に「お願いします」と声を掛けている。

昨日、様子が変だったのを母が相談したのだとピンと来た。
榊と両親の間には、何かあったらすぐ報告するという約束が結ばれている。
こんなことまでも言わなくてもとリョーマは思ったが、
心配する気持ちもわからなくはない。

(榊先生にわざわざ足を運ばせて…こんなことなら夕飯の時にちゃんと話せば良かった)

一人で落ち込んでいた所為で大事になってしまったと溜息をつき、これからは出来るだけ母に話そうと反省する。

居間に入った後、リョーマは榊のすぐ側に座った。

「昨日から元気が無いと聞いていたが、どうなんだ?学校で何かあった、とか」
「大丈夫っすよ。母さんには心配掛けたって、後で謝っておく」
済みませんと頭を下げるが、これで榊が引くはずがない。

「それで…聞きたいことがある。
さっき家まで送ってくれたのは、青学の手塚君のように見えたのだが」
やはり気付かれてた。
やましいことは無いのだけれど、平然と答えられれるものでも無い。
観念して、リョーマは正直に口を開く。

「うん。実はあの人、俺のこと知っててさ。
それで、偶然会った時に声を掛けられたんだ」
跡部達と出掛けていたということは関係ないと思い、省くことにした。

「何と言ってたんだ?」
「あの人、俺の手術が成功すること望んでいて。
治ったら、試合をしたいって言ってた」
「そう、なのか」
「うん。それだけっすよ」
リョーマの言葉に、榊は「そうか」と頷く。
「しかしこれからも彼と会う予定はあるのか?」


榊は真剣にリョーマのことを心配していた。

まさかライバル校でる手塚がリョーマを知っていたとは驚かされた。
そんな偶然もあるらしい。
しかも術後、回復したリョーマとの試合を望むとは。
わからなくは、無い。
リョーマのテニスを見て、一度挑みたいと思うのは実力のある選手なら当然だろう。
そしてこの先も手塚はリョーマに近付いてくるのではと、心配をする。


「うん。何か会いたいとは言っていた」
隠してばれる方が厄介なので、リョーマは正直に話した。
榊はやはりなと、顔を顰める。
「それは止めといた方が良いだろう」
「駄目っすか」

やはり反対されたかと、リョーマは俯く。
大会中の時期にテニス部在籍では無いにしろ、
ライバル校の生徒同士で会うのは好ましくないのだろう。
榊はそういう理由から反対しているのだと、リョーマは理解していた。
しかし実際はもう少し違っている。

「その事を跡部や他の者は、知っているのか?」
「え?」

何故、榊が跡部の名前を出したのか。
思いもよらなかった展開に、リョーマの鼓動が早くなる。
それを見透かすように、榊は続ける。

「跡部は、手塚君をライバル視している。
奴が手塚君とお前が知らない所で会ってると知ったら、きっといい顔はしない。
それをわかっているのか?」

榊が心配しているのは、まさにそこだった。
跡部は、この盲目の少年を気に掛けている。
しかも本人が自覚している以上に、その気持ちは大きいと思っている。
でなければ「あの」跡部自ら、動くはずも無い。
部長としての資質は問題無いが、個人の人格はどこか捩れている。
なんでも自分の思い通りにしないと気が済まない、そんな生徒だったが、リョーマと会ったことで変わって来た。それも、良い方向に。
それあのn手塚とリョーマが親しげに歩いている姿を見てしまったら、跡部がどう思うか。
跡部だけじゃなくリョーマも傷付くことになりかねないと、榊は心配している。
テニスはメンタル面においても左右されるスポーツだ。
関東大会を控え、氷帝の部長が動揺で潰れるようなことがあってはならない。

そして、リョーマが厄介ごとに巻き込まれるのも避けたい。
手塚が出て来て何かしらの揉め事が起こる前に、遠ざけて起くべきだろう。
アメリカで試合を見て以来、再会を望んでいたか何だかは知らないが、
手術前にリョーマに混乱をもたらす可能性は一先ず遠避けておきたい。
少々気が引けるが、榊はリョーマの心に訴え掛ける。

「手塚君と親しげにしてると知ったら、跡部も穏やかでは無いはずだ。
はっきりとこれからも会うと、自分の口から言えるのか?」
「それは…」
「出来れば接触は避けるべきだ。お互いの為にも」
「……」

しばらく考え込んだ後、リョーマは「わかりました」と頷いた。
跡部の名前を出され、やっぱりまずいかなと思い直したからだ。

『どうしようも無くなったら、なんでも言え。だから一人でそんな顔すんな』
誰からも危害は加えさせないと守るように伸ばされた手を、覚えている。

大事な大会前に、跡部の妨げになるようなことはしたくない。
何より、がっかりされたくなかった。
手塚と再会したことは、正直に話す。
だけど、この先会うことはしない。

手塚には悪いけれど、せめてこちらの視力が回復し、
試合が出来るようになるまでは会いに来るのは遠慮してもらおうと考える。
その方がいいんだと、リョーマは自分を納得させた。



チフネ