チフネの日記
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2004年09月26日(日) 盲目の王子様 56 跡部 


車内は会話も無く、気まずい空気が流れていた。
誰もが何を口にしたら良いかわからないまま、一秒、一秒と時が流れていく。

リョーマは杖を握って俯いて、他の三人はそんな様子をちらちらと伺うだけで。
結局そのまま、リョーマの家に到着してしまう。

「何か、ごめん。変なことになって」

自分のせいでと、謝罪する盲目の少年に誰もが慌ててフォロー入れる。

「リョーマが悪いんじゃないよ。それよりまたご飯食べに行こうね、絶対!」
「そうや。また行こうや、な?」
「お前の所為なんて誰も思っていねえ。謝るな」
口々に言う三人に、リョーマはこくんと頷く。
「うん!また、行こうね。…じゃ、また明日」
「おい、玄関まで」
送るという跡部の言葉を、リョーマは遮ってドアを開ける。
「ありがと。でも大丈夫だから。ここでいい」
そう言われてしまったら、強引について行くことが出来なくなる。
出しかけた中途半端な手を、跡部はそっと引っ込めた。

「また明日な」
「おやすみ」
「おやすみ、リョーマ」
「お疲れさん」
軽く手を振って、リョーマは家の中へと入って行った。
それを見届けてから、跡部は運転手に車を出すように指示を出す。

走り出した車の中、忍足が跡部を見て切り出す。

「説明、してくれへんか」
「何をだ」
わかってるやろと、忍足は跡部の足を軽く蹴飛ばす。
不愉快そうに眉を寄せて、ぷいと横向いてやり過ごすが、
忍足は引かない。

「手塚がなんでリョーマを知ってるんや。お前、何か隠しとるやろ」
「そーだよ、リョーマの事で隠し事するなんて、ずるい!」
不満に思っているのはジローも同じだ。
口々に不満を漏らす二人に、跡部は冷静に答える。
「言えるか。大体俺だって、あいつから直接聞いた訳じゃない」
「それって」
「偶然知っただけだ。だから軽々しく喋ったりすることはできねえな。
あいつの為にも」

本当に、偶然だった。あの日、榊が保有しているビデオを観ただけだ。
試合をしている、リョーマの姿。
本人はテニスをしていたと、一度も口にしない。
触れられたくないのか。
その可能性は十分ある。
無理矢理聞きだすような真似はしないと、跡部は決めていた。
勿論誰かに口外するつもりも無い。

「お前らは、それでも知りたいと言うのか?」
跡部の問いに、ジローも忍足も口を閉じた。
「あいつにも色々事情があるんだろ…。
整理つくまで、黙って待ってろ」

手塚に何を言われたか、出来ることなら知りたい。
どんな会話をして、何故あんなにも拒否してたのか。
知りたいけど。

閉ざしている部分を、こじあけるようなことはしたくない。
今はただ側にいて、心を開くのを待っているだけ。
それが一番良い方法だ。


「跡部に言われるのは悔Cけど。たしかにその通り、だね」
ぽつっと、ジローが言葉を漏らす。
忍足も苦笑して「そうやな」と頭を掻く。
「リョーマが言いた無いこと、お前に聞くのも間違ってる話やな」
「うん。リョーマのこと知らなくたって、大事に思うのは変わらないよ。
大切なのは、そっちなんだってなんで忘れてたんだ?」
「跡部だけが知っとるちゅうのが、気に入らんのやろ」
「あ、そっか」
「お前らな…」

二人共、これ以上追及するのは止めると決めたようだ。
こういう時の意見はすぐに一致する。
それぞれの形で、盲目の少年を大事にしているからだ。

「で、手塚の方はどないするんや?」
ジローと忍足はリョーマに必要以上詮索しないと決めても、
手塚はわからない。
リョーマの取り乱し方を思い浮かべ、忍足は眉を寄せる。
ジローも同様に、
「さっきの様子だと、またリョーマに会いに来るんじゃないの?なんか納得していないようだC」
と、困ったように口元を窄めた。
「でも、出来れば近付けさせたくない。リョーマのあんな顔見たくないもん」
「俺かてそうや。跡部はどう思う?」
ぽんぽんと、ジローの肩を優しく叩きながら、忍足が意見を求める。
そんなの跡部は、とっくに結論を出していた。

「今度また手塚が越前に余計なことを言って動揺させたら。
容赦しねえ。どんな手段使っても、追い返す」
「物騒やなあ」
「それがどうした。越前だって嫌がっていたじゃねえか。
何言ったか知らねえが、あんな顔させやがって」

それについては全く同感だったので、二人とも神妙な顔をして頷いた。

手塚から逃れようとしていた、リョーマの表情。
あんな悲しい顔、今まで見たこと無い。
暗闇しか無い視界の中、いつだって胸を張って歩いている彼があれ程動揺するなんて。

「そう言えば…」
一つ思い出したと、ジローが手を上げる。
「何だ」
「跡部達が会計している間に、えっと、不二だっけ?変なこと言ってたよ」
「不二が?」

思わず忍足と顔を見合わせてしまう。
またよからぬことを、企んでいるのか。
不二の色々な噂は、真偽のわからぬまま各学校の間に流れている。
とにかく関わらないことが、一番だと誰もが思っている。

「手塚がリョーマを好きだって言うなら、協力するんだって。
だから覚悟しとけとか、何なのあいつ」
「そらまた」
「嫌な話だな」

場合によっては青学魔王召還の可能性も、出てくるのか。
ジローはよくわかっていないらしく首を傾げているが、
跡部と忍足は同時にぐったりとシートに凭れた。

「何、力抜けてるのー。誰が出て来ようと関係ないじゃん」
「まあ、そうだけどよ」
「出来れば不二にはこのまま退場願いたいもんやな」
「全くだ。要は手塚が越前を好きだって言わなきゃいいんだろ。どうだかわからんが」

たしかに魔王が出て来ようと、負ける訳にはいかない。
誰が協力しようと、譲る気なんか無いのだから。
それが忍足やジローでも。
ましてや、ぽっと出て来た手塚には絶対奪われたくない。

(手塚や魔王だろうが、なんでも出てきやがれ)

しかし相手が呪いを使って来た場合の対策はとっておくべきか。
真面目に考えてしまう跡部であった。





翌日。

朝練の間ずっと寝ているジローは置いといて。
忍足と跡部はいつものように、校門付近でリョーマを待つ為に待機していた。

「来たで」
「ああ…いつもより元気無さそうだな」
「昨日のこと引き摺っとるんか?ここは明るく挨拶しんと」
「わかってる」

杖をついて歩いてくる姿は、いつもよりも俯きがちだ。
わざと二人は声を上げて、リョーマに近付く。
「リョーマ!おはようさん!気持ちのええ朝やな」
「おはよう、越前。なんだ腹減ってるような顔してるけど、朝飯抜いて来たのか?ああ?」

テンションの高い二人に、リョーマは目を瞬かせる。
「おはよう…。何、二人とも。なんかあった?すごく元気だけど」
「何を言うんや。俺はいつでもこんなんやろ」
「そう?」
「ああ。いつもと変わらねえ。もう忘れたのかよ」
「よく、わかんないけど」
言葉を切って、杖をぎゅっと握る。
「俺に気を使っているっていうのなら、無理しなくていいよ」
「リョーマ?」
「ごめん。昨日から、心配させてばっかりで」

強がって笑うリョーマに、二人は言葉を詰まらせた。

(お前の所為じゃねえって言ったのに)

跡部はさっとリョーマに近付き、その頭をくしゃっと撫でた。
「そんな顔すんな。こっちが勝手に気に掛けてるだけだ」
「跡部さん」
「どうしようも無くなったら、なんでも言え。だから一人でそんな顔すんな」
黙っていた忍足も、慌てて口を開く。
「そやで。リョーマが落ち込んどると、俺かて悲しい気分になってしまうんや。
なんとかしたい思うんは、自然な流れやろ?」
なあ、と馴れ馴れしくリョーマ肩を抱く忍足の手を、跡部はさっと払った。
「とにかくだ。ごめんなんて謝ったりするな。
俺もこのバカもジローも、お前の力になりたくて勝手にやってるだけだ。
遠慮なんかしてねえで、おんぶに抱っこでもいくらでも乗っかればいい。
お前一人くらい、軽く支えてやる」

ぽかんと口を開けていたリョーマは、
やがてくすっと笑い顔に変わった。
「…ありがと。なんか一人で考えてたのがバカ、みたいだ」
その表情に、忍足も笑顔になる。
「その顔や。リョーマ笑っといた方がええよ」
「全くだ。さっきの通夜みたいな顔より、ずっといい」

さっと手を引く跡部に、忍足もその反対側を握る。

「行くぞ。そろそろ始まるだろ」
「あー、でもこのままリョーマと遠出したい気分やわ」
「ふざけんな、バカ」
「バカ言うな!そういやさっきもさりげなく俺のことバカ言うてなかったか?」
「今頃気付いたのか」
「跡部〜」

二人のやり取りを聞いて、リョーマは堪えきれずといったように笑い出す。


「おっかし。二人とも、良いコンビだね」
「「誰がだ(や)!!」」
「…ハモってるじゃん」

リョーマを挟んで顔を引き攣らせる二人。

再び、いつもの日常が戻って来たようだ。


チフネ