チフネの日記
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2004年09月25日(土) 盲目の王子様 55 リョーマ 


リョーマは手塚のことを何も知らない。
跡部がライバル視する位の実力の持ち主だということは聞いている。
でも、それだけ。

(この人は、俺を知ってるみたいだけど…)

黙って手を引くことを許したのは、あれ以上引止めに時間が掛かったら、
手塚が自分の過去を喋り出すんじゃないかと思ったからだ。
テニスしていたあの頃のこと。
正直、跡部やジロー、忍足に知られたく無い。
知られた後のことを考えると、怖くなる。

目が見えない自分に、彼らが気を使っていることはわかってる。
それが同情から来るものではないと頭では理解してる。
そんな人達じゃない。
でも、以前はテニスしてたんだと知られたら、
また接し方が変わって来るかもしれない。
毎日のびのびとテニス出来る身と、そうじゃない自分を比較して。
気まずい思いから、余所余所しくされる可能性は無いとは言えない。

(今はテニス出来なくて、可哀想になんて思われるのも嫌だ…)


だから手塚が何を話したいかはわからないが、
席を外すことを承諾した。それも3分だけだ。
さっさと終わらせてしまえば、跡部達に何も聞かれなくて済む。
そう考えたのだ。

店から出て数歩歩いた所で、手塚が「ここでいいか」と立ち止まる。
合わせてリョーマも立ち止まり、頷く。

「無理を言って済まない。時間を作ってくれたこと、感謝する」
「いえ…」
「名前も名乗っていなかったな。
俺は手塚国光という。青学の三年で、テニス部に所属している」
「越前リョーマっす。って、そっちは知ってるんだっけ。
俺のこと、どこまで知ってるの?」

早く会話を終わらせる為に、リョーマは自分から質問をしてみた。
意外だったらしく手塚は「それは、どこまでという程度では無いが」と口篭る。

「実は去年の夏休み。家族と旅行した際に、偶然君の試合を見掛けたんだ」

手塚は簡潔にリョーマを知った切っ掛けを話し始める。

自分の父と母が新婚旅行先に、今年は皆で行くことが決まった。
あちこち観光や買い物へと嬉しそうに回る両親とは反対に、
そういったものにあまり興味が無かった為手塚はすっかり退屈してしまったという。
そんな中、街でテニスのジュニア大会が開かれているのを知り、
両親がどこかを回っている間だけ、観戦したいと頼み込んだ。

「優勝したのは君だったな。今でも覚えている。試合も、プレイスタイルも」
「そう、っすか」
「背丈も君が一番小さかったな。一回りも大きな選手を負かしていく姿は爽快だった」
「……」

小さいと言われ、少しムッとしてしまう。
(悪かったな)
そこはリョーマにとって、最もコンプレックスが深い部分だ。
試合する時も、よく相手にバカにされた。
その分、容赦なく叩きのめしてやったが。

そんなリョーマの様子に気付くことなく、手塚は喋り続ける。

「まだ成長途中の荒削りなテニスだが、目を離すことが出来ないくらい輝いていた。
実は大会後、なんとか君と話をしたくて控え室に行こうとしたのだが。
関係者以外は立ち入り禁止だと追い出されてしまってな」
「当たり前だよ…」

異国の地で勝手に控え室へ潜り込もうとするなんて、
大胆な人だなと、リョーマは呆れてしまう。

「で、そこまでして俺と何を話すつもりだったの?」
手塚は自分のやってる事が無謀だと気付かず、真面目に会話を続ける。
「話というか、試合を申し込むつもりだったんだ」
「え?」
「試合を見て、俺のボールを君だったらどんな風に返すか、
どんな攻め方をしてくるのか。考えただけで体が震えた。
どうしても試合がしたいと切望したのだが、
君はすぐ帰ってしまったようで。結局、顔を合わせることも出来なかった」
「そう、なんだ」

氷帝の部長・跡部が認めている程の選手に試合を切望されるのは、素直に嬉しいと思う。
だがそれも過去のこと。

「君ほどの選手なら、将来きっとプロになるだろう。
いつか世界の舞台に立った時に、試合出来るかもしれない。
その時の為にと、俺はずっと努力し続けていた」

何気なく言った手塚の言葉が、リョーマの心をずたずたにしていく。

今、そんなこと言われてもどうしようもない。
あの時の自分と、今では状況が違う。
コートにすら、立つことが出来ないのだ。

「がっかりした?その俺がこんな風になっちゃってさ」
力無く、リョーマは笑ってみせた。
「悪いけど、もう試合は出来ないから。見てわかるでしょ。
これで、用件は終わり?なら帰ってもいいでしょ」
「いや。ちょっと待ってくれ!」

背を向けたリョーマに、手塚は慌てて前に回る。
ずっと会いたいと願ってた人に冷たくされて、動揺してるようだ。
でもリョーマは無視するように、顔を背けた。
手塚は尚も訴え掛けてくる。

「気分を害したのなら、謝罪しよう。
だからこれきりみたいな言い方はしないでくれ」
「だって、別に何もないじゃん」

杖をぎゅっと握り締めて、リョーマは声を上げる。

「わかってんの?こんな状態じゃ、テニス出来ないんだよ。
俺と試合したかったって、今更言われてもどうしようもない。
もうボールを追うことも、出来ないんだから…俺にどうしろっていうの」

悔しくなってきて、今度は俯いてしまう。

強いと言われる選手と、試合したい。叶うのなら。
でも絶対無理だってわかってる。
こんな状態で、何が出来る?

「俺も君の目のことは、雑誌で知った。
旅行から帰って来てから、海外の情報を積極的に集めるようにしたからな」
「そう、とっくに知ってたんだ。なのになんで今更、試合したいなんて言う訳?」

投げ遣りに言うリョーマに、手塚はそっと両手を肩へ掛ける。

「色んな憶測や中傷で書かれた記事は読んでて腹が立った。
だが中には手術すれば再びコートに立てる可能性があるというものもあった。
俺はそれを信じた。今はその為に、どこかで療養していると。
そうだろう?その為に日本に来たんじゃないのか?」

真っ直ぐな手塚の言葉も、今のリョーマには届かない。

「そんなの成功するかも、わかんないんだよ。
テニス出来るかどうか保障も無い。別にもういいけどね。未練も無いし」
わざと諦めたように言うリョーマへ、手塚は真剣な声で問う。
「本当にそう思っているのか」
「……」
「心の底では願ってるはずだ。手術が成功してもう一度コートに立ちたいと。
違うか?」
「なんで」

リョーマの声が震える。
初対面の男に、そこまで踏み込まれる覚えは無い。

戻りたいと渇望してること、言われなくても十分わかってる。
嫌と言う程。


「なんであんたにそこまで言われなくちゃいけないの!?」
「いや、俺は」
「もういい。3分経過したでしょ。帰る!」

これ以上手塚と話したくない。
必死で耐えてきた感情が溢れてしまいそうで、怖い。

一人で帰れるはずもないのに、左右わからないままリョーマは杖をついて歩き出す。
少しでも手塚から離れる為だけに。

「待ってくれ。そんなつもりで言ったんじゃない」
「うるさい。あんたと話すことなんて無いから」

手塚が腕を掴んでくる。
リョーマは振り解こうと滅茶苦茶暴れた。
その拍子に、杖が手から落ちる。


「何やってんだ!」

もつれる二人の間に、跡部の声が響く。

「跡部?」
「跡部さん」

手塚がリョーマを抱えているのを見て、
跡部はさっとその場へと駆け寄る。
そして手塚の腕を払い、リョーマを奪い返す。

「往来で誘拐とは良い度胸してるじゃねえか。あーん?」
「人聞きの悪いこと言うな。俺はただ」
「てめーの話なんざ、聞きたくねえ。こいつに何言った!?あんな顔させる程。
最低だな、手塚」

手塚の声すら不愉快だという態度を露にして、
跡部はさっとリョーマを抱え上げる。

「跡部さん…!」
降ろしてと言うリョーマの声を跡部は無視し、手塚へと宣言する。
「何したか知らねえが、二度とこいつに近付くな。
いや、近付けさせない。絶対にだ」
「誤解だ、俺は」
「うるせえ。おい、ジロー」
「え、何?」

後ろから追いついてきたジローは、ぽかんと成り行きを見守っていた。
「こいつの杖を持ってやれ」
「あ、うん」
リョーマの落ちた杖をジローは慌てて拾う。
その間に、跡部はリョーマを抱えたまま車へと向う。

「なあ、跡部。俺もリョーマ抱っこさせてくれへんか?」
「忍足…ちょっと黙ってろ」
「ハイ」

手塚はそれ以上何も言えず、去っていくリョーマに視線を注ぐだけだった。


「あいつの言うことは気にするな、いいな」
「……」
「手塚が近づいてきても、追っ払ってやる。心配するな」

それには答えず、リョーマは黙って跡部の体に頭部をくっつけた。
抱っこされるなんて恥ずかしくて、情け無いことだと思っていたけど、
悪い感触じゃない。
乱れていた心が落ち着いていくのがわかる。


真っ暗な視界の中でも、暖かい光に包まれてる気がした。


チフネ