チフネの日記
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2004年09月20日(月) 盲目の王子様 50 越前リョーマ

その日、リョーマは診察がある為いつもよりも急いで教室を出た。
校門の所で迎えに来た母親が待っているからだ。

繰り返される定期的な検診にうんざりしているが、こればかりはさぼる訳にいかない。

(嫌だな、この匂い・・・)
視覚が閉ざされている分、他の神経はより研ぎ澄まされる。
病院特有な匂いに眉を寄せ、診察室へと向かう。

経過を見るだけで、今は特別なことをしない。
変化は無いかとお決まりの質問に、「無い」と素っ気無く答える。

本当は尋ねてみたい。
ちゃんと目が見えるようになるか、教えてよって。

けれど不安な心を抑え、取り乱したりはしない。
もしそんなことを言ったら、両親へ報告が行くだろう。
父はともかく、リョーマは母に心配を掛けたくなかった。

この目が見えなくなった時、母は泣いていた。
うまく父親が宥めてくれなければ、押し潰されていたかもしれない。

だからリョーマは不安な心を見せたりはしない。
いつでも平気だと、振舞っている。
大丈夫だと、自分に言い聞かせて。

今リョーマを支えているのは、夏予定の手術に成功すれば、
回復する可能性があるという医師の言葉だ。
必ず見えるようになると、信じるしかない。
そうでなければ、動けない。

(そして、またテニスをやるんだ)

視力がこんな状態だから、前と全く同じとはいかないだろう。
それでもコートに立てるのなら、贅沢は言わない。

(テニスやれるようになったら、跡部さんや侑士、ジローともやりたいな)

大会の話を聞くと、いつも何故自分も出場出来る身じゃなかったのかと少し切なくなる。
勿論跡部から話を聞くことは、楽しいけれど。

(俺が普通に入部してたら、三人とは違った出会いになっていたんだろうな)
普通に先輩後輩と、して。
それか日本に来ることも無く、お互い名前も知らずに終わっていた可能性だってある。
人の縁とは不思議なものだ。

「リョーマ、会計終わったから帰るよ」
会計に時間が掛かっていた母が、やっと戻って来た。
「うん」
杖を持って立ち上がる。

今回の検診は終わった。けれどまだまだ病院通いは続く。

(やっぱりこの匂い、慣れないや)

母にはわからないように、リョーマは小さく溜息をついた。











病院帰りということもあって、リョーマの気持ちはやや沈んでいる。
夕飯を終えた後、愛猫を膝に乗せて撫でながら、もうお風呂入って寝てしまおうなんて考える。

その時、訪問者を告げるチャイムが鳴った。
リョーマが出ることは滅多に無い。
従姉が、ばたばたと玄関へ移動する音が聞こえる。
きっと回覧板か何かだと、リョーマは気にしなかったが、
引き返してきた従姉が告げる言葉に驚いてしまう。

「リョーマさん。跡部さんが来てますよ」
「え?」
「出られますか?」
「ちょっと待って」

カルピンを膝からどけて、リョーマは立ち上がった。
杖を持ち、玄関へと移動する。

こんな時間に何だろう。
試合は無かったはず。だから報告することも無い。

「上がるように勧めたんですが、すぐ帰るからって断られました」
「そう」

立ち話で済む話なのか。
何のことかわからないが、わざわざ来てくれたのだ。
追い返したりはしない。


「跡部さん・・・?」
「よぉ、ここだ」

玄関を開けると、跡部にそっと腕を触れられる。

「どうかした?上がっていけばいいじゃん。お茶くらい出せるけど」
「いや、いい。ちょっと寄っただけだ」

寄っただけという言葉に、リョーマは跡部が部活帰りなのかと考える。
氷帝はナイター設備がある為、19時過ぎまで練習することがあると、ジローから聞いている。
それから着替えていれば、こんな時間にもなるだろう。

「今、帰り?」
「ああ」
「お腹空いてないの?」
「休憩中に軽く食ったから、特に」
「そう」

一体跡部は何しに来たのだろう?
ちっとも本題に入ろうとしない。
おかしいなとリョーマが思っていると、「今日は急いで帰っていたな」と跡部が口を開いた。

「いつもより早めに帰っていただろ。窓から出てくるところを偶然見たぜ。本当に偶然だけどな」
「はあ」
偶然を強調する言い方はよくわからないが、そこは特に追求しない。

「だって、今日は病院の日だったから」
「定期健診か」
「うん」

そうか、と跡部が低く呟く。

(なんて、思ってるんだろう)
大丈夫なのか経過はどうなのかとか聞かれるのが嫌で、リョーマは慌てて話題を変えた。


「それより、何?用事があって来たんでしょ?」
「いや、別に無い」
「え?」
「今朝は監督に呼ばれていたから、迎えに行けなかった。
昼休みは生徒会の方で用事があった。
帰りはお前がさっさと帰っただろう?今日一日、俺達は会っていなかったんだ」
「はあ」

表情を見ることが出来ないから、言葉だけで判断すると。
わざわざ自分に会いに来たように聞こえる。

(まさか)

そんなはず無いと、リョーマは心の中で否定する。
跡部がそこまで自分を気にする理由が思いつかないからだ。

「あのさ・・・俺なんかに会うよりも、彼女の方を優先してあげなよ・・・」
わざとリョーマは笑いながら、言ってみせる。
沢山の女子に囲まれている跡部のことだ。
一人二人付き合ってていても不思議じゃない。
ならそっちを優先させるとい言っても、おかしくない。
そう思っての発言だ。

が、跡部はお気に召さなかったらしい。

「彼女、なんていねえよ」
不機嫌な声で返される。

「え、でもすごくもてるって聞いたけど」
「だから、何だ。付き合うかどうかはまた別だろ。
とにかく俺に彼女なんていないからな。誤解するな」
「うん・・・」

強い口調で言われ、リョーマは戸惑いながらも頷いた。

(そんな否定することでも無いような)
さっぱり跡部が何を考えているかわかない。

「ところで、お前こそどうなんだ」
首を傾げていると、今度は跡部から質問される。
「どうって?」
「付き合っている奴いるのか?
俺の話はしたから、今度はお前の番だぞ」
「・・・・・・・」

そんなこと聞きたがることも、わからない。
黙っていると「なあ」と促される。
きっと言うまでせっつかれるに違い無いので、リョーマは正直に答えることにした。

「いないよ。今はそれどころじゃないじゃん」
「今はって事は、前にはいたのか?」
変なところを気にするものだ。
しかし跡部はリョーマの腕をぎゅっと掴んでくる。
教えるまで放さないといったように。

「前にもいないよ。興味無かったし」

途端に腕を掴んでた跡部の手から力が抜ける。

「そうか、前にもいなかったのか。なんだ・・・良かった」

これが子供だなとかからかいを含む口調だったら、リョーマは怒っていた所だ。
けれど跡部の声はほっとしたような、嬉しそうなものでもあった。
何が良かったのかはやっぱりわからない。

跡部が黙ってしまったので、沈黙が続く。
なんだか今の状態がくすぐったくて、リョーマはわざと明るく声を上げた。

「あのさ。もう家に入ってもいい?今日は早く休もうと思ってたから」
「そうか。急に訪問して悪かったな」
「別に謝ることは無いけど?」

ふっと、跡部の手が杖を持っている手に触れられる。

「じゃあな。また明日」
「うん・・・・じゃあね」

触れたのはほんの一秒か二秒だった。

けれど服の上から腕を掴まれたのとは、違う。
直に触れた跡部の体温に、リョーマはほんの少しだけ体を震わせた。

(過剰な反応して馬鹿みたい)

跡部は特に何も言わなかったから、気付かなかっただろう。幸いだ。

彼にとっては手に触れるなんて、きっと意味が無いこと。
挨拶みたいなものだと、思うことにした。

「リョーマさん?跡部さんはお帰りになったんですか?」
「うん。今帰ったとこ。あのさ、お風呂沸いてる?」
「ええ。もう入りますか?」

入ると返事して、風呂場へと向かう。


(何か、また疲れた気がする)

けれど病院の後みたいに、気持ちが沈んでいるのとは違う。

そわそわするような、けど嫌なじゃない不思議な気持ち。

(変なの)
深く追求することは止める。
今は落ち着かない気持ちを休めたいだけだから。

一日の疲れを取る為、リョーマはその日いつもよりも長くお風呂に浸かった。



チフネ