チフネの日記
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2004年09月08日(水) 盲目の王子様 39 跡部景吾

地区大会が終わるまで、もう少し。

目の前のゲームを見て、早く終われよと跡部は呟いた。
自分が出たなら10分も掛からなかっただろう。
この時ばかりはシングルス1で登録されてることが、恨めしい。

大会が終わったら、約束通り越前家に直行することが決まっている。

盲目の少年が待つあの家へ、今日の結果を早く報告したかった。


大会直後の訪問、ということをリョーマは少し気にしていたようだ。

「真っ直ぐ家に帰った方がいいんじゃないの?
大会の後で疲れるから、休めばいいのに・・・」
小首を傾げる盲目の少年に、
「俺様の出番は無いから、構わない」と答える。
「なんで?」
「S1に回る前に、勝ちが決まるからだ」

初戦は全試合しないといけないが、その時は補欠だと監督に言われていた。
こんなところで実力を見せるまでもない。
監督の判断に、当然跡部は従った。

「ふーん」
「信じていないような口振りだな」
「勝負はその時になってみたいとわからないからね」

ニッと笑う少年の顔に一瞬見惚れた後、また元の態度に戻す。

「言ったな。だったらどんな結果になるか楽しみにしておけよ」

そして跡部が予告した通り、
地区大会は彼の出番無しに氷帝の優勝で幕を閉じた。


今日の結果を伝えたら、きっとリョーマは驚く顔を見せるだろう。
そして・・・お疲れ様と言ってくれるに違いない。

表彰式の間も、跡部はずっとそんなことを考えて上の空だった。

「皆、ご苦労だった」
監督の行って良しの声と同時に軽く頭を下げ、
跡部はすぐに歩き始める。

頭の中にはさっさと着替えて、越前リョーマの家へ向かうだけしか無い。


それから数分後。
(よし、完璧だな)
きちんと手土産も用意して、跡部は越前家の前に立った。
インターフォンを押して、リョーマか家の人が出てくるのを待つ。

(きっと越前が迎えてくれるはずだよな?)

ウキウキしていたはずの跡部の機嫌は、迎えに出てきた人物達によって急下降することになる。

「跡部さん?大会終わったんだ」
「ああ・・・」
リョーマが玄関を開けてくれたのは、別に良い。
問題はその両隣にいる人物達だ。

「なんで、てめえらがいるんだ!?」
リョーマと密着する形で、何故かジローと忍足が立っている。
(ありえねえ、なんだこれは)
跡部は人の家だということも忘れ、思わず怒鳴ってしまった。

「跡部、声でか過ぎ」
しーっとジローは人差し指を立てる。
声が大きかったのは本当だが、面白くなくて跡部はキッと二人を睨んだ。

「どういう事だ?説明してもらおうじゃねえか」
「説明って・・。こっちも聞きたいわ」
ふぅっと溜息をついたのは、忍足。
「なんで跡部がリョーマの家に出入りしてるんや?」
「それは、」
ぐっと言葉に詰まる跡部に、「そうだよ」とジローは頬を膨らませる。
「跡部、ずるい。リョーマの家、知ってたんだ」
「だからどうした」
「知ってたなら、もっと早くに教えてくれればいいじゃん!」

誰が教えるか。
内心で悪態をつくが、一応人の家だということを思い出したので、跡部はぐっと堪えていた。

「ねえ、取りあえず家に上がったら?」

いつまでも続くやり取りを、リョーマが止めた。

「跡部さん、地区大会終わって疲れてるんでしょ。用意も出来てるから、入ってよ」
「あ、ああ・・・」

言うことだけ言って、リョーマはくるりと背を向けて家へ入ってしまった。

「リョーマ、待ってよー!」
その後をジローがすぐに追いかける。
残された跡部は忍足と一瞬目を合わせ、すぐにその後を追った。





前回跡部が通されたのはリビングだったが、今回は和室へと案内される。
人数が増えたから、こっちに移したに違いない。
そう思って、ジローと忍足を睨む。

しかも夕飯にまで奴らも一緒だとは。
図々しいにも程がある。

手土産を渡した際、菜々子に「もしかしてあいつらも一緒ですか?」と尋ねたら、
「ええ、人数が多い方が楽しいですし」と笑っていた。
今だけは、菜々子の天然の性格が恨めしい。
どっかに追っ払ってしまえばいいのにと思うが、そうはいかないようだ。

「リョーマは俺の隣だから!」
特に勝手にそんな宣言をして、ずっと肩に手を置いてるジローに対して特に思う。
隣に座ってる忍足は、それに対して何の文句も言わず、へらへらリョーマとの会話を続けている。

何故こいつらがいるのか、説明が欲しい。
思い描いていた訪問と程遠い状況に、跡部は頭を抱えた。

だから唐突に話を振ってきたリョーマの言葉にも、反応が遅れてしまった。

「ねえ、大会はどうだった?」
顔を上げると、ジローも忍足もこちらを向いている。
「聞いてる?」
拗ねたような口調に、慌てて答えを返す。

「そうだ。言っておくけどな、俺様の出番は無いまま優勝は決まったからな」
「へえ。やるじゃん」
「当然だろ。地区大会くらい楽勝だ」
「せやな。せめて都大会にならんと、強豪も揃わへんし」
「バーカ。都大会だってこの調子で優勝するに決まっているだろ?」

ふんっと、忍足の発言を鼻で笑う。

「でも都大会は地区大会とレベル違うじゃん。青学だって出てくるんだC」
ねぇ、とジローはリョーマに相槌を打つ。
しかしリョーマは何のことかわからず、首を捻る。
「その青学ってトコ、強いの?」
「大したことねえよ」
「あのねー、跡部がずっと対戦したい相手がいるんだよね!」
「・・・・おい、ジロー」
低い声で睨んでも、ジローはへへっと笑っているだけだった。

「対戦したい相手?」

どうやらリョーマは興味を持ったらしい。
その先を聞きたがっているようで、テーブルに両手を置いてじっと続きを待っている。

「あんなそいつ手塚って言うて、青学の部長なんや」
苦虫を潰したような顔をする跡部を見て、忍足は「こりゃあかん」と判断し、
勝手にその対戦相手について話を始める。
「おい、忍足」
「ええやん。リョーマが質問してるんやし。
でな、そいつと跡部って今まで一回も当たったことないんや」
「一回も?」
「そういえば、そうだよねー」

ずっとリョーマの体にひっついたまま、ジローも頷く。

「手塚って、去年の大会でウチの部長に勝ったんだよ」
「へえ」
「けど跡部が向こうの部長に勝って、氷帝の優勝が決まったんやな」
「・・・ああ」
「それじゃ、お互い部長を負かされたってこと?」
「そういうことになるねー」

ふーんと納得するリョーマに、ジローはよくわかりましたと髪を撫でる。
その位別にっとリョーマは返して手から逃れようとするが、ジローがそれを許さない。
すぐ前で繰り広げられるどたばたに、忍足は苦笑して、跡部の方へ向いた。

「けど、手塚って大会出られるんか?」
「え?何が?」

リョーマを抱え、ジローはどういう意味か忍足へ質問する。

「何や。ジロー知らんかったんか?手塚が選抜断ったのって、腕の故障が原因やって噂になっていたやろ」
「知らないー」
「・・・そうか。跡部、お前は何か聞いてるか?」
「いや。地区大会の情報は明日入ってくる段取りにはなっているけどな」
「試合に出たかはハッキリするな」
「ああ」
「ふーん。よっぽどその人のこと、気にしているんだね」
「そんなんじゃねえ。ただ目の前の障害は倒す。それだけだ」

横を向いてしまった跡部に、忍足もジローも笑いを噛み殺した。
跡部が手塚をライバルとして見ているのは、皆知っている。
これで無関心を装ってるつもりだから、可笑しい。

そのような雑談している間に、夕飯の支度はすっかり整っていた。

「沢山召し上がって下さいね」

菜々子の言葉に、ジローが「はーい!」と元気良く返事をする。
今日はリョーマの母、倫子も菜々子も食卓には同席しないようだ。
リョーマの友達が訪ねて来たのだから、保護者抜きで、と気を使ってくれたのかもしれない。

しかし間が悪過ぎる。

食事の間、跡部は忍足やジローがリョーマを構い倒すのを黙って耐えた。

「リョーマ、あーんしてあげる」
「一人で食べられるから、いいよ」
手を突っぱねて遠慮するリョーマに、ジローはいいからいいからと、懇願する。
何度もお願いするので、とうとうリョーマも負けてしまい口を開けた。

「あー、食べた食べたー」
「ジローが無理矢理箸を押し付けるからじゃん」
「じゃ、次これ」
「もう、いいって」

今までそんな風に食べさせたのは、自分一人だったはず。
それを横取りされたような錯覚に、跡部の怒りは少しずつ膨らんでいく。

ふと横を見ると、忍足が目の前の風景を見て微笑んでるのが目に入った。

「てめえは、いいのかよ」
「何や?」
「あれ、参加しなくてもいいかって聞いているんだ」
ジローとリョーマのやり取りを指す。
てっきり忍足も、リョーマに食べさせてやろうと言い出すかと思ったのに、
なんだか意外だった。
「ああ?あれか。別にいつでもできるからな」

さらっと爆弾発言をする忍足に、跡部は目を見開く。

(こいつ・・・どういうつもりだ?)
一瞬、跡部は目を鋭くする。
しかし忍足の方はなんとも無いように、跡部にだけ聞えるような小声で呟く。

「ジローに取られっぱなしで悔しいんやろ?」
「てめえは黙ってろ」
「図星か。まあ、実際仲良いしなあ。リョーマもジローに全く警戒しとらんし」
ひょいっと箸でおかずを摘み、忍足は口に放り込む。
なんでも無さそうな様子。

その態度に苛立って、跡部は尋ねてみた。
「お前はそれをなんとも思わないのか」
「別に。リョーマが本気で嫌がってるなら止めるけどな」
「・・・・・・・・」
仲良さ気なジローとリョーマをちらっと見て、忍足は「嫌がってないみたいやし」と肩を竦める。

「俺のことはいいから、ジローも食べなよ」
「後一回、後一回だけー」
「もう」
確かに少し困っているようだが、嫌がっているほどでもない。

ちっと舌打ちして、跡部はご飯をひたすら口に運ぶことに専念する。
(くそっ。誰にでもあんな風にさせるのか)

跡部の表情を見て、忍足は面白そうに目を細めている。
それに気付かないふりをして、黙ったまま箸を動かし続けた。



結局夕飯の間、リョーマはジローに構われてばかりで。

二人きりで話す時間は無いまま、このまま終わりそうだ。

片付けの為、皿をキッチンへと運ぶ手伝いをしながら、
跡部は何の為にここまで来たのだろうかと考える。

単純な話だ。リョーマとの時間が欲しかっただけ。


お手洗いを借りると断り、席を外す。
こんなはずじゃなかった。
けど、ここで我侭を言う程、バカじゃない。

少し気持ちを落ち着かせ、トイレから出る。

「跡部さん」
「・・・どうした」
てっきりジロー達と一緒だと思っていた、リョーマが壁に背を預け立っていた。

声を掛けてみたものの、いつもの彼らしくなく口篭っている。
辛抱強くリョーマの言葉を待つ。
すると、
「無理に誘ってごめんなさい」
ぺこっと小さく頭を下げる姿が目に入る。

「おい!?」

一体、どうしたというんだ?
何がごめんなさいなのかが、わからない。
大股でリョーマの立っている位置に近付き、肩に手を乗せるとびくっと体が揺れた。

ジローには、平気で触れさせていたくせに。
苛立ちと寂しさのようなものを感じ、そっと手を下ろす。

「なんで謝るんだ?訳、わからねーよ」
出来るだけ抑えた声で言ったが、リョーマは違った意味で捉えたらしい。
ますます体を小さくしてしまう。

(これじゃ、苛めているみたいじゃねえか)

どうにもわからずくしゃくしゃと自分の髪を掻く。

今、どんな言葉を言えばいいのか。
全く浮かんでこなくて、そんな自分がイヤになる。

先に沈黙を破ったのは、リョーマの方だった。

「・・・機嫌、悪かったから」
「ああ?」
ぼそぼそと小さな声に、聞き返す。

「ここに来てずっと機嫌悪かったから、
本当は来たくなかったんじゃないかって思っただけだよっ!」
大きな声を出し、そのままリョーマはハァと息を吐いた。

予想もしなかった言葉に、跡部は目を丸くした。

(そんな訳ないだろう。だったら最初から断っている)

言おうとする前に、邪魔が入る。

「リョーマ・・・・?何かあったの?」
今の声が聞こえたらしい。
ジローも忍足も部屋の外へ出てきてしまった。

「なんでもねえよ。話、してただけだ」
チっ、と舌打ちする。
折角今、リョーマと話していたところなのに、また邪魔される。
「嘘!リョーマの様子変だよ。跡部、何かしたんだろう!」

すぐに駆け寄ろうとするジローを見て、押し戻してやろうかと考える。

だけどジローを制したのは、意外にも忍足の手だった。

「忍足?なんだよっ、離してっ!」
「ええから。ちゃんと跡部と話させてやろうや」
「だって」
「リョーマ、ええな?」

忍足の声にリョーマは躊躇った後、こくんと頷く。

「ジロー。リョーマの邪魔したらあかんよ」
「わかった・・・」
渋々ジローは忍足に連れられて、和室へと戻る。

そうして、また二人きりになる。


「悪かった」
最初に、まず告げる。
「何が」
「誤解、させたみたいだな」
謝ることなんて、ないってことを。

リョーマの思い込みを解くため、できるだけ優しい口調で話を続ける。

「機嫌が悪かったのは、ここに来たくなかったからとかいう理由じゃねえよ。
大体、行きたくないのなら最初から断っている。
そこまで暇じゃないからな」
「じゃあ、なんで?」
「それは・・・」
手を伸ばし袖を掴んできたリョーマの手は、聞くまで離さないというようにきつく握られている。

(参ったな)
正直、ジローにむかついていたなんて正直に喋るのは、自分が幼稚に思えて恥ずかしい。
いくらでも誤魔化すことは出来るだろう。
けれど、リョーマにはそんな真似したくないと思っている自分がいる。


「・・・あいつら、なんでお前の家を知ってるんだ?」
「え?何?」
「忍足とジロー。よく来るのか」
「今日が初めてだけど。前にこの辺りだからって教えたら、ここがわかったみたい」

反対に質問され、戸惑いながらもリョーマはきちんと答える。

「そうだったのか」
「うん。でもそれがどうかした?俺が聞いてるんだけど」

袖を掴んでいる手に、自由なほうの手を重ねる。
再びリョーマの体が揺れたが、気付かない振りをしてそのまま強い力で握り締める。

「あいつらがあんまりお前に構うから、腹が立っていたんだ」
「・・・・なんで?」

きょとんとしているリョーマに、重ねて言う。

「俺だけかと思って来たら、他にも客が居たからむかついた。わかったか」
「えーっと・・・・」

考え込んだ後、リョーマはぱっと顔を上げる。

「跡部さんの承諾無しで、勝手に二人を夕食に招いたことを怒ってんの?」

(ちょっと違うが・・・)

まあ、いいかとあえて訂正はしない。


「次はちゃんとあいつら抜きの招待で頼むな」
「しょうがないね。わかった」

くすっと笑うリョーマは、まだ誤解しているだろう。
機嫌が悪かった本当の理由を知らないまま。

「今はまだ、そのままでもいいか・・・」
「何か言った?」
「イヤ。そろそろ戻るか。ジローが拗ねるからな」
「うん」

先へ歩いて、リョーマの手を引く。
抗わず、引かれるままのリョーマに知らず笑みが浮かぶ。

今はまだ成長を待つ時かもしれない。
リョーマだけじゃなく、自分の心も。


しばらくはこのままで。
ゆっくりと向き合って、考えていけばいい。
不安定な心の方向も、いつか定まるはず。



手を繋いで入って来た二人に、
当然ジローは騒ぎ、忍足がまた宥めに入るハメとなる。


チフネ