チフネの日記
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2004年09月07日(火) 盲目の王子様 38   忍足侑士

ガンッと蹴り上げたような音に、ジローは目を開けた。

「ジロー、起きろっ!監督と跡部がいないからってサボるなよ」
「もう10分」
「お前、何分寝てたと思っているんだ」

嫌がるジローの体を無理矢理起こさせたのは、向日だった。

「地区と都大会じゃ俺らは出ないけど、だからって練習を怠って良いってことじゃないからな!」
「あー、そう」

やたら元気な向日に、ジローは面倒くさそうに返事して目を擦る。

「次、行くぞ!ジロー、絶対もう寝るなよ」
「・・・・・うん」

満足そうな背中を見送り、「何あれ?」と首を傾げる。

「ジロー。岳人の言う通りやで」
「忍足」

すっと一部始終を見ていた忍足は、ジローの隣に立った。

「いい加減、サボり過ぎや」
「だって眠かったんだもん」
「それは、いつもやろ・・・」

全く通じていない相手に、忍足は溜息をつく。

「それよりさあ。岳人、やけに張り切ってない?なんか、あったの」
「ああ?あれか。
昨日な、ちょっとええなって思うてた子から「部活頑張って」なんて差し入れ貰ったらしいで」
「へーえ、そういう訳か」

コートをいつも以上に活き活きと飛び回る向日を見て、ジローは納得する。

「単純だけど、効き目はあるな」
「天にも昇るって感じだね。でも自分がやる気だからって、人に押し付けるなよ」
「アホ。お前はちっとやる気出した方がええで」

説教っぽい忍足の言葉に、うんざりとしてジローは目を伏せる。

「俺はやりたい時にしか、やれないんだよ」
「我侭言うな。レギュラーにまでなっといて」
「でもー」
「ほら」

気乗りしないジローの腕を、忍足は引っ張った。

「樺地くらい、置いてってくれたらなあ・・・」

跡部に忠実な樺地は、二人分のラケットバッグを持って地区大会へ出ているはずだ。
ほとんどの者が応援へと会場へ出向いていたが、
地区大会には出ない正規レギュラー達と一部の準レギュラーは別。
今日は朝から夕方まで監督が組んだメニューをこなすよう、言い渡されていた。
その割に、ジローは寝てばっかり。
向日じゃなくても、文句が出ても仕方ない。

「って、ジロー!何しゃがみ込んでんねん!」
「あ、ばれた?」
やけに腕が重いはずだと、忍足は手を振り払う。

「ばれた、やない。早う立たんかい」
「面倒ー」
「ジロー・・・・あのな」
「俺、このまま帰っちゃだめ?」

段々忍足の忍耐も限界に近付いて来た。
放っておいて、監督と跡部にちくるか。そんな悪い考えまで浮かぶ。

「だめや。練習時間、まだ残ってるやろ」
「じゃあさ、忍足も一緒にサボっていいから」
「あのなあ」

どういう理屈や、と忍足は額に手を当てる。

「抜け出してさー、リョーマの家行かない?」
「・・・・・・ジロー?なんでリョーマの家、知ってるんや?」
「この間、聞いたー。学校から出てまっすぐ歩いて1分くらいだって。
だから探したらすぐ見付かった」
「家、入ったんか?」
「ううん。部活終わって遅かったから、遠慮した。
でも今日なら昼間だし、遊びに行っても大丈夫かなーって」

余りの内容に、忍足は今度は目眩を起こしそうになる。
会話から察すると抜け出した後、リョーマの家に押し掛けようって相談になる。
今までは時間が遅いからと遠慮してたらしいが、そんなのはどうでもいい。

(一歩間違えると、ストーカーやで・・・)
天然はこれだから、タチが悪い。

ニコニコ笑ってるジローに、忍足はぴっと人差し指を突き立てた。

「あかんで、ジロー。部活さぼって家に来たって、リョーマは喜ばん」
「それは」

『せっかくレギュラーになれたんだから、ちゃんと練習するべきだよ』

リョーマの言葉を不意に思い出し、ジローはしゅんと項垂れた。
それに気付いたのか、忍足は「そうやろ」と頷く。

「行くなら終わってからにしとき。今日はいつもより早いし、訪ねて行っても大丈夫やろ」
「そうする。ありがと、忍足。俺、またリョーマを怒らすところだった」
「ええて。あ、リョーマのところに行くなら、俺も付いてってええか?顔、見たいし」
「うん、いいよー」

あっさり承諾したジローに、忍足は心の中で「これでリョーマの家がわかる!」と喜んでいた。

「そうと決まれば、メニューを一気に消化するで」
「そうだね」

のろのろ立ち上がるジローを、片手で起こす。

「さ、行こか」

よし、気合い入れるかと忍足がコートに入ろうとした瞬間、
「あ」
飛んで来た黄色いボールが、忍足の頭にヒットした。

「いつまで遊んでいるんだよ!侑士も!」
「今からやるよー」
「ったく。遅いんだよ、お前ら」
「岳人!イキナリは反則や!しかもなんで俺が!?」
「うるせー、サボってたお前が悪い」
もう一球打ち込もうとサーブを構える向日に、忍足は慌てて走り出した。
「今、今からやるから!」
「さっさとしろよ!」
「あーあ、張り切ってるなあ・・・」
向日のボールから逃げる忍足を横目で見ながら、俺もやるかとジローも大きく伸びをした。




あれから真面目に練習へ取り組んで、ようやく終了の時間になった。

「地区大会ってそろそろ終わるかなー?」
「そうやな」
「帰って来ないってことは」
「当然、優勝やろ」

各自解散なので、それぞればらばらに帰る準備をする。
当然、忍足達はリョーマの家へ行くつもりだった。

「で、ここを真っ直ぐでええんか?」
「ちょっと待って。遠回りになるけど、あっちのコンビニ寄って行こ」
「なんでや?」

急に押し掛けるのだから、何か持って行った方が好印象のはず。

ジローの提案に、なるほどと忍足も納得する。

「リョーマ、これ好きだと思う?」
「色々買いこんでおけば、何か好きなものにあたるやろ」
「そうだねー」

お菓子やデザートを買い込み、いざ越前家へと向かう。

「これで留守だったらどうしよう」
「今更そないなこと、言うな」

覚悟を決めて、インターフォンを押す。

「あら?こんにちは」
「こ、こんにちは」
中から出て来たのは、髪の長い綺麗な女性だった。
忍足とジローの制服を見て、小首を傾げている。

リョーマの姉だろうか?
思わず二人は顔を見合わせ、そして本来の目的を思い出す。

「あのー、リョーマいますか?」
「こら、ジロー!そんな言い方あるか!
スミマセン、越前君と同じ学校に通ってる忍足言います。こいつは、ジロー」
「初めまして、私は菜々子と申します」
「よろしくー!」
「だからそのノリやめい」
「リョーマさんを訪ねて来たのでしょう?どうぞ上がって下さい」
「いいんですか?あの、実は約束もしていないんですが」
「大丈夫。お友達が来てくれて、きっと喜んでくれますよ」

ふふっと菜々子は柔らかく笑う。
そう言ってもらえて、忍足もどこか安心する。

リョーマの喜ぶ顔が見れるのなら、来た甲斐がある。
早く会いたいと、菜々子に招かれるまま玄関へと入った。



「え、誰?跡部さんじゃないの?」
「ええ、わざわざ寄って下さったみたいです」

先へ入ったた菜々子は、早速リョーマを呼んでくれたようだ。
奥から、ゆっくりと歩いてくる。


「跡部?なんで跡部が出てくるの」
「さあ?俺にもわからん」

二人の会話に、忍足とジローは顔を見合わせた。
なんだか、イヤな予感がしたからだ。

「じゃ、一体誰が・・・?」
小首を傾げるリョーマに、ジローは我慢出来なかったのか声を上げた。

「リョーマ!」
「ジロー・・?」

急にジローが抱きついたせいで、リョーマの体がぐらっと傾く。
慌てて忍足が支えなければ、床に激突していただろう。

「リョーマ、元気だったー?」
「挨拶はええから、早うリョーマの体から退き!めっちゃ重いわ」
「侑士?ジロー?」

なんで家知ってるの、と呑気なリョーマの声が響く。

さて、どう説明したものか。
忍足一人だけが、頭を悩ませていた。


チフネ