チフネの日記
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2004年09月06日(月) 盲目の王子様 37  大会の始まり

テニスサークルに入っている菜々子は、時々帰宅が遅くなることがある。

今日もそうだった。

「おかえり、菜々子さん」
「ただいま、リョーマさん」

ここまではいつもの会話。

けれど、次の菜々子の言葉にリョーマは耳を疑ってしまう。

「実は、今日。
途中で跡部さんに会ったので、車で送ってもらいました」
瞬時で固まってしまう。
そんなリョーマに気付かず、母親は菜々子へ顔を向けた。

「跡部君に?上がってもらったら良かったのに」
「ええ。ですが、今日は時間がないからと断られました」
「そうだったの。リョーマ、今度跡部君に時間がある時ゆっくり寄ってもらうよう言いなさい」

話しを振られ、ようやく意識を引き戻す。

「え?俺が?」
「当たり前でしょう。あなたの先輩なんだから」

先輩って、特に繋がりもないんだけど。
リョーマが口を開く前に、菜々子の言葉が被さる。

「私からもお願いします。今日のお礼を改めてしたいですし」
「はあ・・・」

二人に言われては、さすがに断れない。
ふぅっと息を吐いて「わかった」と答える。

「ところで、リョーマさん」
「何?」

母親が片付けの為、引っ込んだ途端、菜々子が耳打ちをする。

「跡部さんって優しい方ですね」
「は?」

初対面ではそうでもなかったような。
それに。ジローも言っていた。
跡部は女性にも優しくなんかないと。
この間、見るつもりじゃなかった告白の対応も良いとは言えないものだ。

もしかして菜々子が気に入ったのだろうか。
ぼんやりそんなことを考えると、くすっと笑い声が聞こえる。

「あの方、とてもリョーマさんを気に掛けているみたい」
「え!?菜々子さん、一体何を話したの?」

跡部との会話に、自分が出た。
一体どういうことだと眉を顰める。

(しかも、気に掛けてるだって?)

教えてよと問いかけるが、
「それは、言えません」
きっぱり断られてしまう。

「どうして」
「私の口からは、言うべきことじゃないと判断したからです」

菜々子が言わないと決めてしまったら、口を割らせるのは難しいだろう。
自分の考えを貫く彼女の強さを、リョーマは知っている。

「跡部さんは信頼できる人と、思いましたよ」
そっと肩に手が置かれ、離れていく。

一体、ここまで送ってもらう間に何の会話をしたのだろう。

(気になる・・・)

家に招待するついでに、跡部に聞いてみるとするか。

思わせぶりな菜々子の態度が、妙に引っ掛かる。








翌朝。
近付いてくる足音に、リョーマは足を止めた。
一番に近付いてくるのは、決まっている。

「おはよう、侑士」
「おはようさん」

忍足は毎日ここで待っている。
部活が終わった後、わざわざこっちに寄るのは手間じゃないのか。
「先に教室行ってなよ」
忍足の負担を考えて、そんな風に言ってもみたけれど・・・。

結局、『リョーマは俺に会いとうないんか!?』と、
やや泣き声が交じった声で詰め寄られ好きにさせている。

芝居とはいえ、泣くようなことかな。
だけどリョーマも忍足との会話は楽しいものだったから、
それ以上追求するのはやめた。

なんの間違いかはわからないが、忍足が友達と言ってくれたのは嬉しかった。
会話があまり得意と言えないリョーマだが、忍足やジローとは自然に会話できる気がしている。

「地区大会ってもうすぐなんでしょ」
「ああ。俺らは出ないけどな」
「レギュラーがでるのって都大会以降だっけ?」
「それまで暇やわ」
「練習があるじゃん」
「まあな」
他愛の無い会話を続けながら、校舎へと向かう。

ここの距離まで歩いてくると、いつも聞えてくる声がある。
これも毎度のこと。

傲慢としか聞えないはずの声。
今日は、その人のことを待っていた。

「いつまでもちんたら歩いているんじゃねえよ」
「うるさいわ。リョーマと会話してるんやから、邪魔すんな」
「おはよう、跡部さん」
「ああ」
「挨拶くらいまともにしたらどうや」
「お前もうるせえな」
両隣で繰り広げられる口論。
お馴染みのものなので、放っておくことにする。

それよりも、跡部へ言うことがある。
昨日の、件だ。
そう思ってどう切り出すべきか考えると、忍足がそっと腕に触れてきた。

「なんや?リョーマ、どうかしたか?」
「お前がウルサイから耳を塞ぎたくなったんだろうよ」
「なんやて?」
「あーん?やんのか?」
「二人共、うるさいよ」
「「・・・・・・・・」」
これじゃ落ち着いて話するところじゃない。

仕方なく、今朝は話することを見送ることにした。

(でも次、いつ会えるのかな?)
翌朝も、また忍足と騒いで終わりそうだ。

しかし跡部の教室がどこかなんて知らないし。


どうしようと悩むが、意外にもその機会は早くやって来た。





跡部がリョーマを教室まで尋ねて来たのは、これで二度目になる。
以前、睨まれた生徒は跡部の姿を見ただけで小さな悲鳴を上げ、
教室を飛び出してしまった。

跡部はそんな彼を気にも留めず、ずかずかと中まで移動する。

「おい、こいつ借りるぜ」
「は、はい」
だから借りるってなんだ。

『部長』に頭が上がらないカチローとカツオに、
溜息をもらしつつ、引っ張られる手をそのままに廊下を歩く。

「また昼ご飯に付き合えって?
どうでもいいけど、教室に来る時はもっと静かにしてくれない?」
「あれでも大人しくしている方だ」
「どこが」

手を引っ張られて、歩く。

「ねえ。前と同じ場所?」
「ああ。静かだからな」
「誰もいない?」
「誰も来ないから、安心しろ」

生徒会の執務室。
会長という立場を利用して、一人利用しているらしい。

(ま、いっか。静かな方がいいし)

割りきって、勧められた椅子に座る。
そして、自分の分の弁当を手探りで広げる。

「で、今日は何?」
また話しする為に、引っ張って来たのかと跡部に尋ねる。
けれど、怪訝な声で返答された。

「それはお前の方だろ」
「え?」
「今朝、何か言いたそうな顔していたからな・・・」

どうやらそれを気にして、教室まで来たらしい。
手間は省けたけど。
いちいち自分の表情を跡部は気にしているのだろうか。と、ふと思う。

「うん。昨日、菜々子さんに会ったんだって?」
「ああ」
「送ってくれたって言ってたけど。親切じゃん」
「そうだろ。俺様はいつでも親切だからな」

嘘ばっかり。
ヒドイ言葉で女の子を泣かしていたくせに。
知ってるんだけど。

さすがにその場面を見ていたとは言えず、ぐっと我慢する。

「ラケットバッグ抱えて、大変そうだったからな。こっちは車だし。
大したことはしてねえが」
「でもウチって学園の近くだよ?わざわざ戻るようなこと」
「車だったからな。わざわざなんてもんじゃない」
「へえ」
「ところで先に昼食にするか?腹、減ってんだろ」
「うん」

前回と同じように、跡部はこれも食え、あれも食えとおかずを差し出して来た。
味は文句無しに美味しいから不服はない。寧ろ嬉しい。

ただ、食べ方に問題がある。
いちいち跡部は箸で口元に運ぶのだ。

「ほら、口開けろって」
「子供じゃないんだから、自分でも食べれるから」
「この方が早い」
「・・・・・・・・」

(そりゃ、早いけど)

どこか跡部の声は面白がっているようにも聞こえる。
何が楽しいんだろ。

もう一度開けろと、箸を持ってない方の手が頬に触れた。

しょうがないと開き直って、口を開ける。

「そうだ。そのままでいろ」
「自分の分は?」
「お前が食べてる間に、口に入れてるから問題無い」
「あ、そ」

結構な量の食事と口に運ばれ、自分の弁当と合わせてかなりお腹が一杯になっていた。

「お茶、飲むか?」
「うん。どうも」
差し出された湯のみを受け取り、一口飲む。

「もう食べられないから」
「あれだけ食えばな」
「跡部さんがひっきりなしに、口に運ぶからじゃん」
「お前だって、なんだかんだと口開けっぱなしだったじゃねえか」

そうだったっけ?
首を傾げると、そうだと断言される。
でも仕方ない。開けろ開けろと跡部が言うから、条件反射になったようなものだ。

(反則な位美味しいんだよね・・・)

跡部はいつもそんな上等なものを食べているのか。
ちょっとだけ羨ましいと思う。

「ところで、話の続きをするか」
「あ、そうだ」
忘れちゃいけない話だった。

「今朝、言おうとしてただな」
「うん。母さんと菜々子さんがまた是非ウチに連れて来いって。
大会前で忙しいのはわかってるから、いつでもいいけど」
「そうか。地区大会が終わったら、お邪魔すると伝えておいてくれ」
「・・・・・わかった」

あっさりと跡部は承諾する。
リョーマは少し驚いていた。

(どうせ、そんな暇は無いといわれるかと思ったのに)

簡単過ぎると、目を瞬かせる。

「どうした?固まってるぞ?」
「あー、ホントに無理して来なくてもいいからさ、うん」
「前にも言ったろ。今度は手土産持参できちんと訪ねると」
「手土産はいらないって!そんなことしたら、またお礼に夕飯に招待するって言い出すよ」
「別に構わない」
「え?」
「招待されて断る理由もない。それとも俺が来ると迷惑か?」
「そう、じゃないけど」

そんな風に言われると、戸惑ってしまう。

(他にあんたを誘う人なんて幾らでもいるんじゃないのか?)

告白する女子生徒は多いと聞いている。
時間があるなら、デートにでも行けばいいのに。
何故、こっちを優先する気になるのか?

(わけわかんない)

「迷惑じゃないなら、行く」
「ああ、そう」
「変な奴だな。行くと返事するのがおかしいか?」
「ううん。きっと母さん達も喜ぶよ・・・」

ここで来て欲しくないと言ったら、どうなるんだろう。
なんとなく、跡部は自分がどう思ってるのか気にしてるようだ。

非常に、調子が狂う。
やりたいようにやってる奴だと思っていたら、妙に優しいところがあるから。

『あの方、とてもリョーマさんを気に掛けているみたい』
菜々子の言葉を思い出す。

言われてみれば、こういうことかと納得する。


「ねえ、昨日菜々子さんと一体どんな話したの?」
「いきなり、なんだよ」
「答えて」
今、すごく気になっていることだ。
いない所で、何を喋っていたのか。知りたい。

けれど、跡部は答えない。
「内緒だ」
「・・・・・内緒?」
「ああ。彼女との会話を、勝手に喋る訳にいかない」
「俺のこと、話してたんでしょ」
「聞いたのか!?」

がたん、と椅子を引く音が聞える。
跡部が立ち上がったらしい。

「なんでそんな動揺するの」
「いや、だって」
「詳しくは聞いてないけど。俺のことは、出たんでしょ?」
「なんだ・・・聞いてないのか」

ほっとするような声だった。

(そんな焦るなんて、変だよ!)

「ひょっとして、悪口?」
気分悪そうに尋ねるリョーマに、跡部は即座に否定をした。

「違う。悪口なんかじゃねえよ」
「じゃ、なんて言わないの」
「そういうこともある」
「ちっともわかんないけど!」

問答がしばらく続いたけれど。
結局、何も聞き出せずに昼休みは終わってしまった。



「気になるじゃんか」
教室に戻った後も、菜々子と跡部の会話がどういうものか考えていた。

表情は見えなかったけど、
跡部の優しい声に決して悪い話をしている訳じゃないのはわかる。
だったら隠す必要は無いのに、跡部は言わない。

(いつか聞ける、かな?)

その時には、この目が見えるようになっているだろうか。
そうであって欲しい。


焦ったような跡部の様子。

話しを聞く時には、ちゃんと表情が見たい気がする。


チフネ