チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年09月05日(日) 盲目の王子様 36 芥川慈朗

また大声でリョーマの名前を呼びそうになり、ジローは慌てて自分の口を手で塞いだ。

この間叱られたばかりだ。
今日は上手くやらないと、また叱られてしまう。

本日のお昼休み。
珍しく目が覚めていたジローは、リョーマを誘いにやって来た。

きょろっと教室を見渡し、リョーマがいることをまず確認する。

するとクラスメイトとお喋りしている様子が見えた。

(良かった、いた)

すぐ近くにいた子に、ジローは「リョーマ、呼んできてもらえる?」と頼む。

「越前君、呼んでるよ」
「誰が?」

一緒にカチローもカツオも出入り口に目を向けると、そこには笑顔を浮かべているジローがいた。
慌ててお辞儀をするが、ジローは二人が誰だかわからず、曖昧に笑う。

(同じテニス部の子だったっけ・・・?)
思い出そうと首を捻るが、一向にジローの頭から二人の名前は出てこない。
ほとんど寝ているジローは、まだ新入生達の顔を把握していない。

「リョーマ君。芥川先輩だよ」

カチローの声にリョーマは少し驚いた顔をしたが、すぐに杖を持って席を立った。

「ちょっと行って来る」
二人に承諾して、リョーマはゆっくりと出入り口の方へ歩き出した。
後数歩と、確認しながら歩く。
見えないけれど、教室の構造はもうリョーマの頭に入っていた。

「リョーマ!」
「ジロー?今はお昼寝の時間じゃないんだ?」
少しからかうように、リョーマは笑った。

「だって放課後にリョーマと会えないから」
「それは仕方ないじゃん・・・」

ここ最近、ジローは真面目に部活へ通っていた。
本人の意志ではない。
リョーマの教室に行こうとすると、決まってと言っていいほど、ジローを迎えに来た樺地に邪魔されるのだ。
体格じゃ全く敵わない為、逃げようともがいてもどうにもできない。

どうせ跡部の命令だろう。
すぐに察したジローは直接本人に文句を言うと「地区大会も近いのに、さぼってるんじゃねえよ」と一蹴されてしまった。

「せっかくレギュラーになれたんだから、ちゃんと練習するべきだよ」
「リョーマまでそんな風に言う・・・」

跡部と似たようなことを言うリョーマに、ジローは拗ねた口調で返した。
が、すぐに目的を思い出し、リョーマの手をさっと掴む。

「それどころじゃなかった!リョーマ、早くお昼寝しようよ」
「え?」
「リョーマを連れていきたい場所があるって言ったじゃん。その為に今日はお昼休みに来たんだ」
喋りながらも、ジローはリョーマを引っ張って目的地へと歩き出す。

「ちょっとジロー、歩くの速いっ」
「急がないと昼休み終わっちゃうよ。本当はもっと早く来ようと思ったけど、4時間目からずっと寝たままでさー」
「・・・・それ、ご飯食べて無いってこと?」
「うん、そう。腹減ったー」

それでいいのか、とリョーマは首を傾げたが、ジローはどんどん先を歩く。
食欲よりも睡眠を優先させるジローにとっては、些細なことらしい。

「ここから外だけど、後で拭けば問題ないよね」

一階の渡り廊下から、直接ジローは外へと足を踏み出す。
靴を履き替えに行くよりも、近道だからだ。

怖々地面に片足を出すリョーマに、「大丈夫だから」とゆっくり手を引く。

「どこまで行くの?」
「ほんのちょっとだよ」

ジローが目指す先はプールの裏側にある。
ここを突っ切って行けば時間は掛からない。

「ジローっていつもそんな所で寝ているんだ?」
「時々ー。冬はさすがに外で寝ないけど」

一度風邪引いて懲りたと告げると、リョーマは笑い声を漏らす。

「普通、そんな寒いところで寝ないよ」
「まあね。でも寒くても眠かったから」

もうちょっと、歩けばすぐそこ。
しかしジローは人の気配に気付いて、その手前で足を止めた。


「ジロー?」
突然止まったジローに、リョーマは繋いでいた手を引っ張る。
「しっ」
「どうしたの」

そっとジローはリョーマの口を一指し指で押さえた。

「跡部がいる」
「えっ」

ちょうど体育館の裏側。

跡部が背中を向けて立っていた。

(なんでこんなところにいるんだよ)

跡部の体にほとんど隠れて見えないが、もう一人女子生徒もいるようだ。
顔を顰めて、ジローはリョーマの手を引っ張って死角へと移動した。

「どうしようか。反対側から回った方がいいかなあ」
見付かれば、間違いなく何をしてるかと追求されるだろう。
しかも連れているのはリョーマ。
青筋立てて怒る跡部の姿は容易に想像できる。

(リョーマのこと、跡部すごく気にしているみたいだC)

盲目の少年を見詰める。
けれどリョーマはジローの視線に気付いていないので、ただこの状況がわからずきょとんとしている。



跡部はリョーマのことに関して、とてもガードが固い。

『お前に関係ないだろ』

それだけを繰り返して、どういう知り合いなのか、ジローは未だ聞き出せていなかった。

(どうしてあんなに頑ななんだろう?)
跡部が他人のことに対してあんなにムキになるのを初めて見た、と思う。
その態度が何か隠していると余計煽っているのに、気付いていないのか。


「くだらねえことで、呼び出ししてんじゃねえよ」
急に響いた声に、ジローもリョーマもハッとして体を強張らせた。

「でも」
「部のことで意見があるって言われたから、わざわざ足を運んでみたらこれだ」
「それは、口実でもないと来てくれないかと思って・・!」
「小細工使うような奴は嫌いだ」
「跡部君・・・」
「失せろ」
短い跡部の言葉に、女子生徒は足を震わせ、それでも走り出した。

ちょうどジローとリョーマのいる方向だったが、顔を覆うように走っていた為、気付かなかったようだ。
跡部はというと背中を向けたまま、反対方向へ歩き、そして角を曲がってしまった。

「ねぇ、これって立ち聞きになる?」

居心地悪そうに、リョーマはジローのシャツをくいっと引っ張った。

「う、うん。結果的にはそうなっちゃったかも」

聞く気はなかったが、しっかりと内容は耳に入ってしまった。

「うわー、跡部に知られたら怒られるよ、絶対!」
しかも立ち聞きにリョーマを付き合わせたと知られたら。どうなるのか、考えたくもなかった。

「そうなの?」
「うん・・・・。お願いリョーマ。今、聞いたことは黙っててくれる?」
「いいけど。それに誰かに言うつもりはないし」
「良かったー。跡部にも何か言っちゃだめだよ、絶対」
「う、うん」

無理矢理、小指を絡ませる。

「約束だよ」
「うん」

約束はしたももの、なんだかリョーマは納得しないような顔をしている。

何だか引っ掛かって、ジローはそっと聞いてみることにした。

「リョーマ、どうかした?」
「跡部さん。今の、あれなんでしょ」
「あー、多分告白」
「それ。あの人、いつもああなの?」

『くだらねえことで、呼び出ししてんじゃねえよ』

どこまでも俺様だと、リョーマは顔を引き攣らせた。

「いつもあんな感じだよ」
「やっぱり、そうなんだ」
「うん。跡部は興味無い人間には徹底して冷たいから」

そう。一貫して空気のような扱い。まるでそこに存在しないかのように。

「へえ。それなのに人気あるんでしょ。変なの」
カチロー達からの話によると、部長の周りには取り巻きが絶えないとリョーマは聞いていた。
声援に贈り物。告白する人は後を立たないだの。
ファンクラブの話もクラスの女子の会話からも耳に入る。

「まあ問題もあるけど、やっぱり顔はキレイだもんねー」
「へえ。そう思う?」
「うん、まあね。それにテニスやってる時の跡部って、すごいって思えるし。
そういうとこ見てると、やっぱり好きになっちゃう子もいるんじゃないかなあ」

性格にはかなり問題があるが、テニスに関しては文句のつけようがない。
氷帝の頂点に相応しいと、ジローも思っていた。

「ふーん。ジローもあの人のテニスすごいって思っているんだ」
「そこは認めるしかないよ。俺、一度も跡部に勝ったことないC」
「え、そうなの」
「うん。というか、レギュラー全員だけど」

だから跡部に文句を言う部員は一人もいない。
200人を束ねるだけの実力は兼ね備えているからだ。

「っと、跡部の話してる場合じゃない、早く昼寝しに行こう!」
「あ、そっか」
何しに来たのか思い出し、ジローは慌て始めた。

残り時間はそんなに無い、と思った瞬間。

「予鈴・・・・」
「あーあ。鳴っちゃった・・・」

鳴り響く予鈴に、ジローはがっくり肩を下ろす。
一瞬、さぼろうかと思うが常習の自分はともかくリョーマを巻き込む訳にはいかない。

「ごめんね、また今度案内するから。必ず」

やっとのことで告げると、リョーマは顔を上げてそして頷いた。

「うん。また今度」
「約束する?」
「してもいいよ」

そして小指を絡ませる。

この姿も見られたら、跡部怒るのかな?
そんなことが頭に過ぎり、ジローは慌てて首を振った。

「ジロー、そろそろ帰らないと」
「リョーマ、約束のことも内緒だからね!」
「はあ?」

無関心でいられないってことは、どう考えてもリョーマは跡部にとって特別な存在だろう。

(すっげー、意外っちゅうか)

ぽりっとジローは頭を掻いて考える。

女の子達に対して、ヒドイ振り方をする跡部は好きじゃなかった。
良いところもあることは認めているが、
人を飽きたおもちゃみたいに捨てる様子は見ていられない。

いつか、きっと跡部自身が傷付く。
誰か傷付けた分だけ。

そんな心配をしていた。


(リョーマに会って、跡部は変わったのかなあ?)

明かに態度が違う跡部の様子は、別人かと思うくらいで。

大事にしようとしてるのはわかるが、
誰にも近づけさせないような独占欲も丸出しだ。

(やり方、全部が間違ってるとは言わないけど、もうちょっとなんとかならないかなあ)

どんなに跡部が頑張っても、リョーマの一番の仲良しは自分がなるんだ!とジローは一人勝手に決めていた。


「越前と、芥川・・・?二人で何をしている」

校舎に入って、二人で教室へと歩いていると後ろから声を掛けられる。

「監督っ!?」
「榊先生、どもっす」

ぺこっと頭を下げるリョーマに、ジローも慌てて頭を下げる。

(うわ、監督。めっちゃ俺のこと見てる!)

色々噂は聞いているけど、実際リョーマと監督が一緒にいるところを見るのは初めてだ。

榊の鋭い視線に、ジローはたらりと冷や汗を掻く。

(で、でも悪い事している訳じゃない!
リョーマと仲良くしてるだけだC)

「知らなかったが・・・越前は芥川と知り合いだったのか?」

リョーマとジローを交互に見て、尋ねる。

「この間から」

普通に返事をするリョーマに、榊は「そうか」と呟いた。

「芥川」
「ハ、ハイ!」
「越前とは仲良いのか?」
「それはもう!一番の親友くらいに!」
「ジロー、それは大袈裟過ぎだって」
「でも、いずれそうなる予定だもん」

黙って榊は二人のやり取りを見ていた。

「越前、良い友達がいて良かったな」
「はあ」
「二人共、もうすぐ授業が始まるが遅れないように。
私も授業があるから、これで失礼する」
「はい」

音楽室に向かうのであろう榊を見送って、ジローはほっと息を吐いた。

「すっげー、緊張したー。まさか監督に会うとは思わなかった!
準備室にいつもいると思ったから油断してたよー」
「ジロー、なんで緊張するの?いつも会ってる監督でしょ?」

のんびりとしたリョーマの声に、ジローは声を落として囁く。

「いつも緊張するって!監督、マジ厳しいんだよー。
それにリョーマと歩いているとこ見て、なんて思ったか」
「俺?」

しまったと、ジローは口を噤む。
でも言ってしまった言葉が、戻るはずもない。

「そっか。ジローも聞いてるよね。
あれだけ噂になってれば・・・」

小さく笑うリョーマを見て、ぎゅっと手を握る。

「ジローも、聞きたい?榊先生が、一体なんで俺に便宜を図ってくれているのか」
「いいよ、リョーマそんなこと言わなくって。
俺、知りたいなんて言ってないじゃん」
「・・・・・・・ごめん」

怒った口調のジローに、リョーマは謝罪する。

(そんな顔、しないで)

きっと今までも、榊との噂でイヤなことを言われたのだろう。
リョーマを安心させる為、ジローは口調を優しいものへ変えた。

「俺も、ごめんね。変な言い方しちゃったせいで。
でも、リョーマと仲良くしたいのは本当だから。
それだけはわかって欲しいんだ」
「ジロー」
「監督ってリョーマのこと大事にしてるでしょ。見ててわかるよ。
そのリョーマと仲良くしてるの見られて、こんな奴と!と思われるのが怖かったんだよ」

「バカだね」とリョーマはやっとちゃんとした笑顔を見せた。

「榊先生はそんなこと言わないよ?
それにジローが良い人だってわかってるはず」
「そうかなあ?寝てばっかりの変な奴って思われてる気がするけど」
「あ・・・そっか」
「リョーマも同意するなよー」

くすくす二人で笑い合う。

「じゃ、これからもリョーマと仲良くしてもいいんだよね!」
「大声で名前を呼ばなければ」
「気をつけます」

そこへ本鈴のチャイムが鳴り響く。

「やっば!リョーマを遅刻させたら大変だよ!怒られちゃう」

急いで、とリョーマを引っ張って教室へと走る。


「またね、リョーマ!今度はちゃんと昼寝しようね」
「うん、約束」

無事教室へ届けた後、今度は自分の教室へとジローは全速力で走り出した。


(あー、のんびりした昼休みを過ごす予定だったのにー。
跡部に、監督に。ちっともリョーマとお昼寝出来なかった!)

しかもどちらもリョーマを大切にしている者と会う(跡部は影から見ただけだが)なんて。

(一人でリョーマを連れ出そうとした、所為かな?)

榊はともかく、跡部が知ったら間違いなく私怨を交えて走らされそうだ。

(でも、負けないもんね)

一番の仲良しを目指す。
それだけは、譲れない。


チフネ