チフネの日記
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2004年09月04日(土) 盲目の王子様 35 忍足侑士

「なあなあ、跡部って監督に怒られてたと思うか?」

部活終了後。
忍足に向かって、向日は小声で囁く。

皆、気にしていた今日の出来事。


監督に跡部が呼ばれるのはよくあることだ。
それは部員達への指示なのだから、
不自然でもなんでもない。

でも、今日の監督の印象はいつもと違った。

向日が言うように、監督が跡部に対して怒ってると見えても仕方ない感じだった。


「さあな。跡部が怒られるようなヘマするとは、思えへんけど」
「じゃあなんだろー。ひょっとして他の部員が何か問題起こしたから、その責任を取れとか?」

なんだろうと唸ってる向日から顔を背け、忍足は跡部とリョーマのことを考えていた。

(監督が跡部を呼び出したのは、今日の一連の出来事の所為か?
リョーマの為に動いたこと、監督の耳にも届いてるやろうし)

昼休みに見た跡部とリョーマの様子から見ても、確定している。

やっぱり跡部は監督に頼まれたからリョーマを庇っているわけじゃない。


(興味本位か)

たしかに跡部が入れこんでいたのを見て、リョーマに近付く気になった。
榊監督という後ろ盾を得た少年と歩いているから、
てっきり裏で何か取引でもあったかと思っていた。
おもしろそうだと好奇心が働き、リョーマに話し掛けたけれど。

(今は違う)

跡部にだって負けないくらい、彼の力になってやりたいと考えている。


「ジローは、どう思う?」
「跡部が怒られようが別にどうでもいいよー」

向日は次に、ジローへ声を掛ける。
が、眠そうにジローは欠伸交じりで答えた。

「どうでも良くねえよ!
あの跡部が監督に叱られるって想像してみろ」
「・・・・で?」
「面白いだろ!いつも俺達に偉そうにしてやがる跡部が、小さくなってるんだぞ?」
「別にどーでもいいやー」

だめだこいつ、と向日はジローの反応を見て顔を顰める。

「しっかし原因はなんだろうな。
ひょっとしてあの一年を怒らせるようなことでもしたのか?」
「岳人」

忍足は素早く向日のシャツを引っ張ったが、
ジローはしっかりと聞いていた。


「あの一年って?跡部が一年生になにかしたの?」
「ほら、監督が入学させた越前リョーマ。
跡部ってあいつの面倒見てるんだろ?
だから越前の機嫌を損ねたら、跡部といえどもまずいことになるんじゃないかって」
「リョーマがそんな告げ口する訳ないじゃん!」
「へ?」

ジローの剣幕に、向日は目を見開く。

「きっと別のことだよ、跡部が勝手にへまやったんだ!」
「ちょっ、ジロー。落ち着けって」
「ジロー、やめい」

ジローと向日の間に忍足は割って入った。

「なんだよ、ジロー」
「別に、俺は」

俯いてぶつぶつ呟くジローの肩を、掴む。

「もう、いいから。リョーマが告げ口するような奴じゃないこと位、わかっとる。
けどお前が反論してもどうにもならんやろ」
「でも」
「事情がわからん奴から見たら、そういう見解もあるっちゅうことや。
いちいちケンカなんかするな。リョーマが聞いたらどう思う?」

リョーマのことを持ち出すと、さすがにジローも黙り込んだ。

(効き目は絶大やな)

ジローも相当リョーマを気に入ってるようだ。

知らない間にどんな話をして仲良くなったか、気になる。


ちんたらと着替えている忍足とジローに、
先に身支度を整えた向日が「お先に」と声を掛けて出て行く。

「ねー、忍足」
「何や」
「跡部って、監督の命令でリョーマの面倒みてるの?」

さっきの向日の言葉を気にしていたらしい。
小声で、問い掛けられる。

「俺には、とてもそうは見えないんだけど」
「ジローもか。俺も同じや」

二人で顔を合わせて、頷く。

「でもさ、跡部ってそんな親切な奴だっけ?」
「ああ。今までの行いからみると、とても信じられへんな」

ついこの間だって、女の子をこっぴどく振ってヒドイ奴と評価したところだ。
人はそんな簡単に変わるものだろうか。

「・・・今までと違う行動をしてしまう位、リョーマが特別ってことなのかな?」

何気なく言ったジローの言葉に、忍足はぎょっと目を見開く。

「計算も無く、純粋にリョーマの為に行動してるなら。
跡部とリョーマが仲良くしてても文句はないけど」
「・・・・・・」
「でも、やっぱりイヤかな。
俺がリョーマと一番仲良しになるんだC」
「へ?」
「うん!やっぱり跡部は追っ払ってしまおう」
「ジロー?」

勝手に納得して、決めてしまったようだ。

行くよと、忍足も急かされ一緒に部室を出る。

「跡部になんか負けないように、頑張るぞー!」
「そうか・・・」

ジローの行動も純粋だ。
リョーマを気に入って、仲良くしようとしているだけ。

それが、跡部も同じだったなんて。

監督と跡部の間で取引でもあったかと勘繰り、
近付いた自分が一番不純だ。


『興味本位で越前に近付いている訳じゃねえだろうな』

たしかに跡部に、あんなこと言われても返す言葉は無い。

(リョーマ、ごめんな)

でも、今の気持はあの時と違うから。






















早く来てくれと、忍足は祈るように校門で待ち人を探していた。

朝練の解散の合図と共に、部室へ走り込んで急いで仕度してここまで来た。

今日だけは、跡部に邪魔されたくない。
飛び出した忍足を跡部は気にしてたようだけど、ちょうど生徒会の役員がコートまでやって来て捕まっていた。
あの様子なら、すぐにはこれないだろう。

(来た)

杖の音を立てながら、リョーマが歩いてくる。

「リョーマ!」

名前を呼ばれ、リョーマはびくっと体を震わせてきょろきょろと辺りの様子を伺っている。

「ここや」
そっと忍足は腕に触れた。

「侑士・・・。急に大声出すからびっくりしたじゃん」
「すまん。リョーマと会えた嬉しさから、つい」
「全く。ジローにも注意したけど、俺の名前を叫ぶの、禁止」
「あ、ああ。わかった。ジロー叫んだのか?しょうがないやっちゃな」
「侑士だって同じことしたくせに」

ふっと、リョーマは笑う。
本気で怒っているわけでは無さそうだ。
それを見て、忍足は安心した。


『リョーマは笑っている方がいいよ』
前にジローが言った言葉だ。
俺もそう思う。


顔を見た途端、何を話したかったのか上手く言えずに、
忍足はそのまま無言でリョーマの隣を歩く。

(跡部と一体、どういう知り合いなんや?)
(俺が何も知らなかったこと、跡部が知ってるのはなんで?)


これじゃまるで跡部に嫉妬しているみたいやな。
みっともないと、忍足は苦笑する。

嫉妬とは、少し違う。
けれど、悔しかった。

助けてやると勝手に誓っていた相手が、知らない所で問題に巻き込まれ、
手助けできないままで終わったこと。
それを跡部がやってのけたこと。
側にいてるのが、なんで俺やなかっんや。
それが悔しい。


沈黙のまま歩いていると、ぽつっとリョーマから口を開く。

「今日の侑士、静か」
「そうか?」
「そうだよ。いつもなら息する暇のない位、喋っているくせに」
「息くらいしてるて」
「そういう風には聞こえないけど」

また会話が途切れてしまう。
どうしようかと、忍足は空を仰ぐ。
折角邪魔も入らなさそうなのに、言うべき言葉が出てこない。

「部活・・・大変だった?」
どうやらリョーマは今日の練習で、忍足が疲れたと思っているらしい。

「毎朝、レギュラーは沢山のメニューをこなすって聞いたけど」
「まあ、いつものことやから大したことないって」
「そうなんだ?」
「それより気に掛かっていることがあってな」

ごくっと唾をのんで、さり気なく忍足は話を切り出し始める。

「あんな、助けようと思っていた奴がいたんや」
「それで?」
「なのに俺はそいつが困っとることを、気付かなんだ」

一方的だったけれど、たしかに約束したのに。

「他の奴がどうにかしたんやけどな。本当は俺が手、貸してやりたかったんや」
あーあ、と溜息つく。
「それが気に掛かってること?」
「そうや。最初は興味本位で近付いたかもしれへん。
でも今は違う。だから余計に助けられへんかった自分に腹が立つ」
「えっと、その人は侑士に助けを求めてないってことだよね?
なんでそこまで責任感じないといけないのかが、わかんないんだけど」

うーん、と唸るリョーマに、忍足は苦笑した。

ただの独占欲かもしれない。
誰にも手を貸して欲しいと言わない君に、いつでも一番に手を伸ばす自分でありたい。
そんな下らない、独占欲。

「ええんや。ちっぽけな自分に、落ち込んでいるだけやから」
「ふうん?」
コツコツと歩く杖の音が、不意に止む。

「リョーマ?」
足を止めてしまったリョーマに忍足が一歩体を近付けると、手を伸ばされる。
手を差し出すと、小さな手が忍足の手首を掴んだ。

「侑士は良い奴だよ」
「リョーマ」
「この間の・・・俺の為に頭下げるって言ってくれたこと、すごく嬉しかった」

ニコ、と盲目の少年は笑う。

「ちっぽけなんかじゃない。侑士はちゃんと他人のことを考えてあげられる人だよ。
だからそんな風に言わなくてもいい」

わかった?とリョーマは手に力を込める。
どうやら、慰めてくれようとしているらしい。

「・・・リョーマがそういうのなら、この件で落ち込むのは止める」
「うん」

リョーマにはちゃんと自分の言葉が届いていた。
助けられなかったことをいつまでも悔やんでも仕方ない。
そうだ。これから先はちゃんと手を伸ばしてやれば、いいのだから。

「あいつより、先にな」
「え?」
「なんでもない。行こか」

校舎の方へ顔を向けると、早歩きでこちらに向かって来る跡部が見えた。
どうやら役員達を振り切ったようだ。

また間に割って来るに違いない。
離されないように。
忍足はリョーマの手を強く握り直した。


チフネ