チフネの日記
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| 2004年09月03日(金) |
盲目の王子様 34 跡部 榊 |
当然のように遅れてコートに入って来たジローに、 跡部は「走って来い」と言い渡した。
「またどこかで昼寝してきたんだろう。 地区大会も前に、少しは気合入れろ」 跡部の嫌味を聞き流すかの様に、ジローは欠伸を一つする。 「おい、聞こえてんのか」 「ランニングしてくれば良いんだろ・・・・」 どうやら耳には入っているらしい。
だけど跡部の方を見向きもせず、ジローは走りに行こうと歩き出す。
「結局、リョーマにも会えなかったし、ついてないー」
ジローの小さな呟きが聞こえ、跡部はぎょっと目を見開いた。 (あいつ、ただ昼寝して遅れたかと思っていたが、越前を探していたのか) どうやら今日は会えないまま部活に顔を出したらしいけれど、 明日は顔を合わせるかもしれない。 (樺地に、ジローのクラスまで迎えに行かせるか) ごねたら、地区大会が近い間は練習の強化をするとか適当に言い含めて連れてこれば良いだろう。 レギュラーが毎日遅刻してばかりでは、他の部員に示しがつかないから仕方ないことなのだ。
「ジロー!跡部に走らされるのかよ」 「うん、そう」 「あいつ、ちょっと独裁過ぎだよな!俺もさっき走らされたばかりだしよ」 「おい、また走らされたいのか?」
べーっと舌を出して、向日はコート端へと逃げてしまう。 ジローはそのやり取りを見てぼんやりしてたが、ランニングする為に、コートから出て行った。
やれやれと跡部は眉間に皺を寄せ、ジローや忍足のことを考え始めた。
ジローもそうだけれど、忍足もやたらとリョーマに近付きたがっている。 正直言って、不愉快だった。
決して、知らないところで越前がジローと仲良くなるのが面白くないからとかそういう訳じゃない。 多分。
誰も聞いていないのに一人で言い訳じみたことを考える自分に気付き、苦笑する。
(越前が現れてからというもの、どうにも調子が狂っている気がするな・・・)
しかし決してイヤな気分ではない。 むしろ、心地良いような気持ちだ。
何故だろう。
リョーマは今までにない感情を与えてくれているようだ。 それが何かは、まだわからないけれど。
「跡部」
慌てて振り返る。
今の声は、送れてくると聞いていた監督のものだったからだ。 コートの喧騒が、一瞬で静かになる。
「話がある。・・・他の者は練習を続けるように」
着いて来いというように、背中を向け榊は歩き出してしまった。
動きを止めてた部員達は、監督の指示に一斉に動き出す。
その中で跡部だけはラケットを置いて、先へと歩く榊を追った。
「どういうつもりだ」
完全に人気の無い中庭まで出て、榊はようやく振り返った。
全部知っていると、跡部は一瞬で悟る。 嘘もごまかしも許さないといった、榊の表情にさすがに怯むが、目は逸らさず答える。
「どういう、とは」 「越前のことだ。私が何も知らないとでも、思っているのか?」
今日取った行動は、やはり榊に筒抜けだったようだ。 いずれは耳に入るとは思っていたが、こんな風に直接聞いてくるとは予想しなかった。
’盲目の少年の入学には、榊が関わっている’ その噂を知ってるだろうから、表立ってリョーマの名前を出してくることは無いとタカを括っていた。 けど、それは勘違いだった。
榊は全部理解した上で、問い質しにやって来た。
たしかに今日の嫌がらせは、跡部が以前取った行動によって起きたものだ。 乗り込みなんて真似したせいで、あの一年は部を追われることになったのだ。 そしてリョーマに怒りの矛先を向けるとは予測出来なかったとは、言い訳にもならない。それは認める。 もっと上手いやり方があったはずだ。 けれどあの時は、頭に血が上って我慢出来なかった。 杖を取られ、手探りしながら壁を伝って歩くリョーマを見て、跡部は完全に冷静さを失った。
榊はそれを咎めているのだと、跡部はようやく理解した。
「心配するような事は、何もしていません。問題なら全て片付きました」 真っ直ぐに榊の目を見て、跡部は答えた。
(問題がこの先起きても、全部片付けてやる。全部、俺の手で)
引くつもりは勿論無い。
「そうか、お前が言うのなら信じよう」 跡部の態度に強固なものを、榊は感じたのかあっさりとそんな風に言われてしまう。 ほっとしたのもつかの間、榊の目が鋭く光った。 「だが越前をむやみに不安にさせたり、混乱させるような真似はするな。 勿論、傷付けるようなことも許さない。 私が言いたいのは、それだけだ」
行ってよし、と榊は跡部に背中を向ける。 それで、話は終わりらしかった。
(必要以上に関わるなと、釘を刺したつもりか?)
「ハイ、失礼しました」 一切の質問を受け付けない、そんな背中に礼をして、跡部はその場から離れる。
監督から警告に受けても、もう遅い。 多分この先も、盲目の少年に関わってしまうだろう。 自分から、進んで。
混乱や不安、そんなもの越前に与えるものか。 寧ろ心配なのは、自分のいない所で彼が助けを求めず歩いて行こうとすることだ。 もう、あんな越前の姿は見たくない。 もしまた杖を失っても、必ず探し出して手を伸ばしてやる。 小さな彼くらい、何からも守れるはずだ。
(あの様子だと、言っても聞かないようだな) 跡部が行った後も、榊はリョーマと跡部のことを考えていた。
どこでどう二人が知り合ったのか、榊は知らない。
ただ杖の件も今回のことも、報告は受けている。 跡部が出なくても、榊は裏から手を回し全部リョーマを助けるつもりでいたが。 まさか、こんなことになるとは思ってもみなかった。
我の強い生徒だと思ってはいたけれど、跡部は今まで全部自分の為しか動いてないはずだった。 部員のことはきちんと見ているが、それは結局戦力に繋がるからだ。
一体、越前との間にどんな利益があるのか。 それとも無償で心を砕いているのか? ビデオの件で興味を持っている? だから近付いて、何があったか聞きだそうとしているとか。
だが、悪いようには見えない。 跡部の言葉や態度からそれくらいはわかっていた。
けれど。 リョーマは盲目になったことで相当気が張っている。 無理な強がりをしている位、とっくに気付いていた。
今は、目を治す事だけを考えて欲しい。それだけだ。 (面倒なことに巻き込まれなければいいが・・・)
もし跡部がリョーマの為にならないというのなら、いつでも引き剥がす覚悟でいた。
(そうならないことを、祈るしかないか)
跡部は良い方向に変わってるように見えた。 最近、リョーマも学校が楽しそうだと聞いている。
お互い、悲しむようなことさえなければそれで良い。
(今は見守るだけ)
それしか出来ないこと位、榊は理解していた。
コートに戻っても、跡部は黙ったままだった。 忍足やジロー、他の部員は何か妙な空気を感じながらも、いつも通りにその日の部活を終えた。
チフネ

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