チフネの日記
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2004年08月31日(火) 盲目の王子様 31 越前リョーマ

翌朝、リョーマが教室に入るとすぐに、話し声がしていた一角が静かになった。

なんだろう?
少し気になったが、すぐに席について鞄から教科書を取り出し始める。

どうせ自分とは関係の無いことだ。
考えてもしょうがないと、リョーマが思っている間に、
4、5人の生徒が席の近くへと移動して来た。

「何か用?」

足音を立てずに歩いても、小さな音は耳に届いていた。
視界が塞がっている分、聴覚は常よりも敏感になっている。

わからないとでも、思っていたのだろう。
リョーマから口を利いたことで、連中は動揺したようだ。

数秒間怯んでいたが、すぐに啖呵を切り始める。

「お前のせいで迷惑してるって自覚、あるのか?」
「そうそう。大人しくしてりゃいいのに、あちこちに媚び売って味方を増やそうとする辺りズルイよな」

ダンっと大きく音を立てて、リョーマは鞄を机に振り落とす。

「なんだよ。文句があるならハッキリ言えばいいだろ!」

一瞬静かになった連中は、すぐに「怖えー」と笑い出した。

「いいよな。お前は泣きつけば、誰かが助けてくれるから」
「榊先生と生徒会長。この二人を味方につけておけば、怖いもの無いからな。
どうやって取り入ったんだよ」
「その上また違う先輩まで迎えに来てもらってるようだしな」
「テニス部全員に守ってもらうつもりか?人数多いから、ほんと不自由しないよな」

次々と吐き出される勝手な言葉に、リョーマは感情を抑えることが出来なくなっていく。
声を荒げて、反論する。

「俺は、泣きついたことなんか一度だって無い」
「泣きついたんだろ!
おかげで先輩に睨まれて、部活に出れなくなったじゃねぇか」
「なに・・。何の話?」
覚えの無い言い掛かりに、なんのことかと尋ねる。

しかしその対応に腹を立てたようで、
「とぼけるな!」
怒鳴り声と共に胸倉を掴まれる。

だけどリョーマには理解出来ない。
本当に何のことかわからない。
もしかしてと思い当たるのは、杖を取り返してくれた跡部のこと。
何かしたのだろうか。
そんな追い込むまでのこと・・・。



「リョーマ君!?」
「何やってるんだよ。やめろよ!」
どうやら朝練が終わって来たらしい。
カチローとカツオの叫びが聞こえる。

「うるせーよ。引っ込んでいろ」
「イヤだよ!リョーマ君から手を離して」
「お前から先に殴られたいのか!?」

胸倉を掴んでいた手が、乱暴に離れる。
その生徒が、カチロー達の方へ行こうとするのが気配でわかる。


自分の代わりに、二人が殴られてしまう。

止めようと、リョーマの手が宙を掴んだ。

でも見えない。

止めなくちゃいけないのに。

「くそっ」

不安定な体が、机にぶつかってふらついてしまった。

(こんな大事な時に、どうして見えないんだ。
目さえ元通りなら、こんな奴・・・)

「覚悟しているだろうな」
カチロー達の前に奴らが立った瞬間、

「お前達、何しているんだ!」

先生、と放心したようなカツオの声が聞こえる。
どうやら担任が登場したらしい。



「皆、席につけ。
だがお前達はすぐに指導室に来るように」

静かに担任の声が響き、リョーマは振り上げていた手を下げた。

















「もしかして、僕らのせいかもしれない」

結局、リョーマがカチロー達と話をすることが出来たのは、
3時間目の授業が終わった後になった。
それまで一人一人呼び出されて、休憩時間に話も出来なかった。

とりあえず殴られなかったと聞いて、安堵する。

ほっとしたリョーマの表情に、カチローもカツオも笑った。

「せいって?どういう意味だよ」

つまらない諍いだと、担任には説明した。
他の連中がどう言ったかは知らないが、リョーマは自分のせいで大事になってほしくなかったので、
別に問題ないとも証言した。

これで通るとは、最初は思わなかったが、
「越前の意見を聞いて、今回はそういうことにしておこう」

恐らく榊に頼まれたのだろうとも思うが、
担任はリョーマのことをちゃんと見ていて理解しようとしてくれてる。
生真面目過ぎるところがあるが、良い先生だとリョーマは思っていた。


アリガトウゴザイマスと頭を下げて、指導室を後にした。

教室に戻った時、先に解放された連中もいたがもう絡んでは来なかった。

(まだ不満は抱えているだろうけど)

泣きついた等の言葉に、何があったのかリョーマは知りたかった。



「あのさ・・・リョーマ君。あの人達に杖を取られたこと、あったよね?」
「え?あ、うん・・・」
何故知っているのだと考え、すぐに答えは出た。

テニス部として、二人と繋がりのある人物。

「跡部さんに聞いたんだ?」
あっさりとカチロー達は認めた。
「うん。急にコートに来たと思ったら、リョーマ君と同じクラスの奴はいるかって調べ出して」
「僕ら、部長の前に呼び出されたんだ」

そんなことしてたのか。
頭を抱えそうになるリョーマの前で、二人は続きを話す。

「リョーマ君の杖がなくなった、心当たりはないかって」
「知らないって言ったんだけど、あるはずだって問い詰められた」
「その日、リョーマ君がケンカしてたの思い出したんだ」
「前々から態度悪かったから、もしかしたらと思って」
「可能性だけ話したんだけど、部長、すぐに飛び出して行っちゃったんだ」
「そう・・・」

そんな必死になること、ないのに。
あの時はまだお互いを嫌ってた時だ。
なのに、どうしてそこまでしてくれたのか。
仲直りした今でも疑問だ。

「なんかね。噂なんだけど、サッカー部に乗り込んで問い詰めたらしいよ」
「ほら、さっきリョーマ君を殴ろうとした人。サッカー部だから」
「それでか・・・」
「うん。跡部部長を敵に回すと怖いから。なんたって生徒会長でもあるし。
きっとサッカー部の先輩達が、そんな後輩に対して嫌がらせしたのかもしれないね」

部活に出れなくなったと、たしかに言っていた。
跡部の対応を見て、部全体が睨まれたら困る。
問題のある奴の排除をするようにした。
その可能性は高い。

「だったら結局、俺のせいじゃん」
「リョーマ君?」
「俺が気に入らないから、ケンカ売ってくるんだろ。
カチロー達に責任は無い。・・・巻き込んでごめん」

項垂れるリョーマに、二人は慌て始める。

「そんな風に思わないで。僕らは気にしていないから」
「そうだよ。リョーマ君の杖を隠したりして、ヒドイのはあっちだよ」

一生懸命なカチローとカツオに、リョーマはありがとうと告げた。心からだ。

「後さ、跡部さんのことだけど・・・」
「部長?」
「なんか知ってるってこと、言い出せなくてごめん」

それまでは本当に「ヤな奴」でしかなかったから、
部長を崇拝している二人に、跡部と会ったことがあるとは言うつもりはなかった。
今では普通に話し掛けてきているが、そのこともどう言ったら良いのかわからないでいた。


「いいよ。そんなこと」

心配は、あっさりと流される。

「同じ校内なんだから、どこかで知り合って友達になることだってあるよね」
「うん・・・・」

昨日からどう説明しようか考えていたことは、もう解決してしまった。

こんな簡単なことだったんだ。
自分ばかりが、変に気にし過ぎていたようだ。

(違うか、カチローとカツオだからだ)
きっとこの二人だから、こんな風に受け入れてくれるのだろう。
二人に出会えたことは幸運だったと改めて思う。

「でも跡部さんが友達か、どうかは微妙なんだけど」

ジローも侑士も友達だと言ってくれた。
でも跡部は・・・仲直りした今もなんなのか、自分でもハッキリしてない。

「それにあの人、榊先生に頼まれただけかもしれないし。
あ、榊先生は俺の親と知り合いなんだ。
それでこの学園に入ることを勧めてくれた。
みんなが噂するようなことは、何も無いよ。本当に」

ついでに榊のことも説明して、リョーマはふぅっと息を吐く。
これで大体話したことになるだろう。

黙って聞いていた二人は、沈黙の後、遠慮がちに口を開いた。

「リョーマ君。部長が監督に頼まれたから、気に掛けてくれてると思ってるの?」
「跡部部長の行動が全部、そうだって?」

「わかんないけど。そうでなきゃ、あの人の行動は説明できないし」

実際、急に態度を変えたのはどうしてだかわからない。
あれだけ険悪だったところを二人が見たら、きっと同じことを思うだろう。

けれど、
「違うと思う」
「違う?」
カチローとカツオはそれぞれ目配せして頷いた。

「リョーマ君の杖を探そうと、本当に部長、必死だったんだ」
「あの行動が誰かに言われてやったなんて、僕は思えない」
「うん。僕らにもリョーマ君には言うなって。恩を売ろうとか考えていなかったよ!」
「そうなんだ・・・」

実際、見ているわけじゃないからリョーマにはわからない。
跡部の本心は、どこにあるのか。
この目と同じで見えない。

「本当は俺も違うといいなって、思ってるよ」

小さく呟いたリョーマの言葉は、チャイムにかき消され二人の耳には届かなかった。


杖無しで歩こうとした自分に、本気で怒ったこと。
家まで手を引っ張ってくれたこと。
仲直りしたこと。

あれが全部義務からだと言われたりしたら、
きっと悲しい。

もし、本当に義務なら。

もうこれ以上近付かないで。


チフネ