チフネの日記
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2004年08月30日(月) 盲目の王子様 30 越前リョーマ

授業終了と共に、それはやって来た。
予告も無く、突然に。



「リョーマ、いるー!?」


急に名前を呼ばれ、ガタっとリョーマは椅子から落ちそうになる。

「あ、いた」
「いた、じゃないだろ。一年のクラスで何を騒いでいる」
まだ教室にいた教師に、窘められているのは・・・昨日、会ったばかりのジローだった。

「授業はどうした。終わってから、すぐにここに来たようだが」
「自習でした。ねー、先生。もう行ってもいい?時間あんまりないんだけど」
仕方ないというように、教師は肩を竦め、教室から出て行く。
それと同時に、ジローはこの状況についていけず固まってるリョーマのところへ走って来た。

「リョーマ、やっと会えたね」
「芥川・・・さん」
やっと会えたとか言われても。

困るんだけど、とリョーマは言葉に詰まる。

「えー、ジローって呼んでくれないの?」
無邪気にお願いをしてくるジローに、ただ戸惑うだけだ。

絶対また会おうねと、言っていたけどこんな風に訪ねてくるなんて。
昨日会った時にも感じたけれど、思ったことをそのまま行動している人だ。
裏表無いことは、わかるけれど。


「ねえ、あれってテニス部の芥川先輩、だよね・・・?」
「何の用事だろ」
「あの二人、どういう関係?」

そんな囁きまで聞こえ、居たたまれなくなる。

「ねー、リョーマってば。聞いてる?」
「聞いてるけど」

とにかく教室から、出てしまいたい。
好奇心一杯な声が聞こえないところまで。

そう思って、リョーマは杖を掴む。


「リョーマ?」
慌しいリョーマの動きに、ジローは首を傾げた。

そこへ、
「芥川先輩、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「んー?」
声を掛けたのは、カチローとカツオ。
「リョーマ君、僕達部活に行くから」
「あ、うん・・・」
「また、明日ね」
「バイバイ」
事情も聞かず、二人は教室から出て行ってしまう。


あれこれ詮索しない二人にほっとしながらも、
リョーマは明日、顔合わせる時にどう言おうか考える。

テニス部の先輩が何故盲目の自分と関わっているのか。
こんな教室まで来て、変に思われてるに決まってる。
勿論、ただの知り合いだと言うしかない。

(本当のことだし・・・)

ハァと溜息をついて、リョーマは鞄を手に持つ。

「ちょっと、外に出よ」
「うん?」
促すと、ジローは素直にリョーマの後をついてくた。

「お昼休みに来ようと思ったんだけど寝ちゃって。
それにリョーマのクラスもどこかわからなくて。
忍足に聞いたけど、なかなか教えてもらえないし。しつこく付きまとってやっと聞き出した」
大変だったよ、とジローは笑う。

リョーマは答えない。

「リョーマ?」

ようやく人気が無さそうなところに差し掛かった。
ざわつく声は聞こえない。

ここでやっとリョーマは口を開いた。

「ねぇ、一体どういうつもり?」
「何が?」
「あんな目立つようなこと」

怒ったような声をだした為か、ジローはすぐにしゅんとなった。

「ごめん・・・。怒った?」
「次は無いから」
強い口調で、告げる。
次、と言ったのは今回は許すと意味を込めたからだ。
悪気無いのはわかってる。
だけど騒ぐのはもうこれっきりにして欲しかった。

「うん、やらない。絶対」
拳を握り締めて、ジローは誓う。
「全く、人騒がせなんだから」
「ごめんね」
もう一度謝るジローに、「もういいよ」と言う。
良かったとジローが笑う声が聞えて、仲直り出来たことを互いに理解する。

(面白い人、だよね)

今までの誰よりも、簡単に距離が近付いた気がする。
目が見えないことだって、わざとらしくなく普通に触れてくれてた。
少なくともこういうのは、嫌いじゃない。

「で。今日は何か用?」
人のクラスに押し掛けて来たからには、急用か何かだろう。
だけどジローの回答は、全く予想とは違っていた。

「あ、うん。またリョーマとお昼寝しようと思って」
「は?」
暢気な言葉に、リョーマは一瞬足を止める。
「昨日のベンチより、良い場所知っているんだ。
誰もいない特等席だよ」

どうかな?と言われ、脱力する。
そんな、そんなことで大声を上げて、教室に乗り込んで来たのか。

「だったら、こそっと声を掛けてくれれば良かったのに・・・」
つい、非難めいた口調が出てしまった。
「だからそれはごめんって。
でも別に悪いことしてることじゃないから、こそこそするのも変じゃない?」
「変・・・だよ。だって俺とジローって別に部活の先輩・後輩でもないのに」

何の関係の無い人。
親しげにされて、戸惑うばかりだ。
それに侑士と、跡部も。
テニス部に関係する人物ばかりというのも、偶然にしては出来過ぎている。
それに裏があると勘繰る人がいないとも限らない。
実際は(多分)何も無いのだが。

「変って?友達になるのに、同じ部活じゃなきゃいけないなんて聞いたことないよ?」
「そういう意味じゃないけど・・・」

リョーマも、ふと考えてしまう時がある。

実は榊に頼まれて、面倒をみているんじゃないかって。
特に跡部の態度は、初めて会ったころと180度も違う。
それが榊による差し金だったら辻褄も合う。
侑士もジローも部長である跡部の言うことを聞いて、仲良くしてくれようとしているだけじゃないのか。

それが真実なら、ヒドイ侮辱になる。
今すぐに離れていって欲しい。
そんな義務なんて必要無い。

「俺ね。リョーマの事、気に入っちゃったんだ。
先輩・後輩とか関係無しに一緒にいたい。」

とても演技には聞こえない声が聞こえる。
優しく暖かな響きだ。

「だめかな?」
きゅっと袖をジローが掴んでくる。

「だめとかじゃないけど」
「それなら、友達になってもいい?」
「う、ん・・・」

懇願されて、リョーマは結局頷いてしまった。

「あ−、良かったっ!だめだって言われたら泣くところだったよ!」
「そんな、大袈裟・・・」
「俺、真面目に言ってるのにー」
誰かに頼まれて、こんな嬉しそうな声を出すわけがない。
一瞬でも疑ったことを心で謝罪して、リョーマも小さく笑い返した。

(ジローは、本当のこと言ってるよね)
信じようと、言い聞かせる。

「それじゃさっそくお昼寝しに行こうか」
「あ、それなんだけど今日は無理」
ジローのお誘いに、きっぱりと首を振る。
そう。今日だけは無理だ。

「なんでー?」
不満全開のジローの声に、理由を口にする。
「病院行くから」
そう。こればかりは行かなければいけない。
「え、病院?」
恐る恐るといったジローの声に、安心させるように説明をする。

「うん、定期的な検査。簡単なものだけど、ちゃんと行かないと」
「そっか。注射とか痛いことするかと思って、心配した」
「平気」

たしかに平気だ。痛いコトは一つも無い。
それよりも、こんな状態がいつまで続くか不安なだけ。

ねえ。
いつになったら、俺の目は治るの?

「本当、平気だから」
「リョーマ」

袖を掴んでたジローが、杖を持ってない方の手をぎゅっと握る。

「あのね、リョーマ。そんな風に言わなくてもいいんだよ」
「え?」
「俺の前では無理しないで。
強がってばかりだと、リョーマがいつか消えちゃいそうで怖いんだ」
「ジロー・・・」

ジローの手が軽く汗ばむのがわかる。
それでも繋いだまま、ゆっくりと歩いて行く。

「勝手なことばっかり言ってると聞き流してくれてもいいよ。
でも、俺には強がり言わないで。
言う必要は、無いから」
「なんで?」

昨日今日会ったばかりの人に、とリョーマは腑に落ちない顔をする。
そこまで言われる程、親しくないというのに。

「なんでだろなー。それは俺にもわかんない」
「は?」

聞いてるのはこっちだ。

うーん、と唸った後、ジローは「あ!」と声を出す。

「きっとリョーマのことが好きだからだよ」
「え」
「うん、きっとそうだ。でなきゃこんな風にお昼寝に誘いに来ないもん。
気持ち良さそうな寝顔見てて、リョーマと近付けたらいいなーって思ってたんだ」
「あの、ジロー?」
「リョーマとね、友達になりたい。ねー、いいよね?」

押し切られる形で頷いてしまう。
ジローはやったー!なんて喜んでいるけど。

(よく、わからないな)

寝顔見ただけで、友達になりたいとはどういう感覚だ。

ジローのそういうところは理解出来ないかも、とリョーマは首を捻った。

とにかく自分は気に入られたってことはわかる。
それも、ものすごく。

強がらなくてもいいと言われたのは、始めてだ。

普通なら、本音を見抜かれたことにもっと意地を張って違うと否定するところだ。
でも、ジローには。

(なんか、普通に「うん」て言っちゃうんだよね)

素直で裏表無いジローの前だからか。
不思議だ、とリョーマは改めて思った。



いいって言っているのに、ジローは校門まで送ってくれた。
「リョーマ、また明日ね」
「うん、バイバイ」

バイバイー!とジローの声が響く。

(また周囲に聞えるような声出しているし)

けど、やめろとは言わない。
ジローが精一杯送り出そうとしている気持ちがわかるからだ。



カチロー達には、明日ちゃんと話をしよう。
説明して、わかってもらえなくても構わない。


『先輩・後輩とか関係無しに一緒にいたい』
『リョーマのハッキリした態度が気に入ったんや。
それだけじゃあかんか?』

本当は、嬉しかった。
自分のことを認めてくれる人達に会えたこと。
大事なのはそれだけだ。
たしかに人の目を気にしているなんて、自分らしくない。

二人共、リョーマと友達になりたいといって、それを承諾したのだから堂々としてればいい。

「俺もまだまだ、だね」

足取りはいつもよりずっと軽い感じがした。


チフネ