チフネの日記
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2004年08月27日(金) 盲目の王子様 27 越前リョーマ 

中庭への道のりを、リョーマはのんびり歩いていた。
何度も榊と歩いたおかげか、どこに障害物があるか大方覚えている。

(最初は、何度も転びそうになったけれどね)

根気良く教えてくれた榊には、心底感謝するしかない。

多分、榊はわかっていてこの道の通り方を教えてくれたのだろう。

この先を行くと、ボールの弾む音が聞える。

そこで、リョーマは足を止めた。

音を聞いて何になる訳でもない。
自分ののやっていることは、自分の傷口を広げているだけかもしれない。

(この目では、コートに戻れないのに・・・)

それでも生まれた時から慣れ親しんでいる音を聞きたいという欲求は、止まらない。
すぐにでもラケットを握って、ボールを打ち込みたい。
あの高揚した気持ちを簡単に、忘れられるもんか。

もう一度コートに立てるなら、全てを引き換えにしてもいい。
何も望まないから、あの場所へ戻りたい。

ぎゅっと杖を握た後、リョーマはいつも座っているベンチを探そうとゆっくり足を伸ばす。

(たしかこの辺りに、あったはず)

探り当てた杖がカツンとベンチに当たり、音を立てた。

「んんー?」
「え?」

今、声が聞こえたような。

びくっとして、リョーマは思わず杖を落としてしまう。
カラン。杖は音を立て、足元へと転がった。

「・・・なーにー?」

今度はハッキリ声が聞こえた。
しかし構っている場合じゃない。

慌ててしゃがみ、リョーマは手を地面に伸ばす。
幸いにもすぐに見付かり、しっかり手で掴んで立ち上がる。

「あー、よく寝た」

ふわぁと欠伸する男の声が、リョーマの耳に伝わる。

どうやらベンチにいるらしい人物は、眠っていたようだ。

今の物音で起こしたことになるのだろうか。

そんな心配を余所に、誰だかわからない人物はのんびりとリョーマに声を掛けた。

「ここ、座る・・・・?」
「え、いいっす」

面倒が起きる前に、リョーマは帰ろうとくるっと帰り道へと体を翻す。

しかし、男はとんとんと手の平でベンチを叩き始める。
どうやら座れという意思表示らしい。

「俺が一人占めしちゃってたから、座れなかったんだよねー。もう空けたから、座ってもいいよ」

(そんなこと言われても、困る)

「ねぇ、聞こえてるー?」
動かないリョーマにしびれを切らしてか、男が立ち上がる気配がする。

どうしようかとまだ迷っている間に、近付いてきた男の手が空いているリョーマの手をさっと取った。

「ちょっと、何!?」
「遠慮してるみたいだからー、こうでもしなきゃ座らないかなって」

結局、引っ張られる形で、リョーマはベンチに座らされてしまう。

「はい、ここだよ」

強引な行動だったけれど、のんびりした言い方に突っ張ねる気が削がれてしまう。
全く悪意を感じないのもあるけれど。

「良いお天気だよね」
「はぁ」
何故だか男はベンチを空けたといいながらも、リョーマの隣にちゃっかり座ってしまっている。

「こういう時ってさ、お昼寝したくならない?」
「まぁ、そうかも」

なんだろう、この人。
一応寝ることは好きなので気持ちはわからないでもない。
頷くと、男は何故か嬉しそうに「そうだよね!」と声を上げた。

「さっきもこのベンチに座ってたら、気持ち良くなって寝てたところなんだ」
「・・・・・・起こしちゃってスミマセンね」
「あ、怒っている訳じゃないんだよ?ほんとだよ」
「はぁ」

会話の意図がさっぱり掴めない。
それなのに返事をしてしまっている自分は、この男に乗せられているのだろうか?

「本当、風が気持ち良いー」

独り言な呟きが聞こえ、男は静かになった。
もしかして、また眠ったとか?
心配になって、声を掛けてみることにする。

「あの、ちょっと?」

反応は無い。言葉を発してから10秒も経っていないのにだ。
返事の代わりにすやすやとした寝息が聞こえてくる。

「寝つき良過ぎだろ」

人の事は決していえないのだが、リョーマは呆れた声を出した。
たしかに昼寝したくなるような、気持ちよい気候だ。
しかし瞬間的に眠ってしまうのは、気候の所為だけではないだろう。

(まあ、いいや。うるさく話し掛けられるよりマシだし)

聴覚に神経を集中させると、コートから心地良いボールの音が聞こえてくる。

心地良い、好きな音だ。

しばらくその音を聞きながら、いつしかリョーマも瞼を閉じてた。
隣にいる男の寝息につられたせいかもしれない。

(ちょっとだけなら・・・)

ベンチに体を預け、リョーマは眠りの世界へ入っていった。












しばらくしてから、何か暖かいものに気付く。
(なんだろう、これ)
目を開けるが、やっぱりそこには暗闇だけが広がっている。

「起きた?」

すぐ後ろから声が響き、ぎょっとして体を起こす。

「イッタっー」
「大丈夫!?」

ぶつかったのは、ベンチだった。

「あーごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけど」
「いや。なんでもないから」

大丈夫と手を振る。
そうだった。あのままうたた寝をしていたんだっけ。
でも・・・・あの感覚は。

「もしかして、あんたに凭れて寝ていた?」
恐る恐る尋ねると、相手は「うん・・・」と気まずそうに返事をした。

「気持ち良さそうに寝てたから、起こすのもなんだと思って」
「・・・・・・・・」
「君の寝顔がすごく可愛かったC」

見知らぬ人の前で醜態を晒したことに、かっと顔が赤くなる。
(しまった。こんなに寝てるつもりは無かったのに)

動転したリョーマの心に気付かず、男はのんびりと欠伸をした。

「また昼寝したくなったら、一緒にしようよ」
「は?」
「俺ね、芥川慈朗っていうんだ。あ、ジローでいいから」

(やっぱりこの人、ずれている?初対面で一緒に昼寝しようって、普通言わないよな)

ジローと名乗った男は、「握手」なんて勝手に手を握っていた。

変わった人・・・・。
そう思いながらも振り解かないのは、さっきと同じ体温が伝わっていたせいかもしれない。

「君の名前は?」

答えようかどうしようかリョーマは迷った。
悪い人じゃないらしいが、信用して良いものか。

何故そんなことを聞くのかと、リョーマが口を開きかけると同時に、
低い声が響いた。

「ジロー、こんな所にいやがったのか」

その不機嫌そうな声に、リョーマもジローも思わず手を離してしまう。

「跡部っ!?なんでここにいるの!?」
「跡部さん・・・?」
「こんな所で何してる。アーン?」

跡部の声には静かな怒りが篭っている。

それよりもジローは、跡部の知り合いらしいようだ。

(一体、どういう知り合いなんだろう)

いまいち状況が把握しきれず、リョーマは跡部が次に何を言ってくるのかを待つことにした。


チフネ