チフネの日記
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2004年08月26日(木) 盲目の王子様 26 忍足侑士

「侑士、どこに行くんだよ」

授業が終ると同時に駆け出そうとした忍足を、向日は引きとめた。

「俺達の班、掃除当番だって忘れたのか?」
「ちゃんと覚えとる。でもな・・・」
「でも、なんだよ」
「見逃してくれ、頼む!」

言うなり忍足は逃げ出してしまった。

「あの野郎・・・・・・」
「向日、ごみ捨ててきて」
「なんで俺が!」
「掃除当番だから」
「他にもいるだろ!」

しかし訴えるような女子の視線に耐え切れず、向日は黙ってゴミ箱を手に持った。
くそくそ侑士めと、八つ当たりに心の中で何回も罵りながら。




忍足が急いでいたのは、勿論リョーマの教室へ行く為だ。
お昼休みに、無表情だったあの態度がどうにも気になって仕方なかった。

「リョーマっ」

幸いにも、リョーマの帰る時間だったようだ。
しかし教室に迎えに行くと言ったのに、リョーマは廊下を歩き下駄箱へと向かっている。

下手をしたら掃除当番をサボったことが無駄になっていただろう。
会えて良かったと、忍足はリョーマの隣に並ぶ。

「教室に行く言うたやん。聞こえんかった?」

しかしリョーマは無反応。
まるで忍足がいないかのように歩いている。

「リョーマ、怒ってるんか?」
「・・・・・・・・」

無視されるのはキツイなと、忍足は頭を掻く。

やはり余計な手を出したことが気に食わなかったのだろうか。
しかしあのまま放っておくことなど、出来るはずがない。
どうしたらわかってもらえるかと思案しながら、リョーマの横顔を眺める。

人の手は借りたくないとリョーマが思っていても、場合にも寄るのではないか?
守られたくないと必死で強くあろうとしても限度がある。
そんな時くらい、手を伸ばしたらあかんのやろうか。

跡部は・・・・。
どうやってリョーマと接しているのだろう。

ふとよぎった自信満々のチームメイトを思い浮かべ、忍足は考える。

(跡部ならもっと上手く接してやれているのか?)

特に今朝のリョーマは、跡部に全面信頼しているように見えた。
やっぱり跡部なら、良いってことなのか。

(いや、あの俺様な跡部がリョーマとケンカしたことないなんて、あり得ん)
考え直して、軽く首を振る。
ああでもない、こうでもないと考え事をしえいると、

「ねぇ、ぶつぶつとうるさいんだけど」

リョーマの声に、忍足ははっと我に返った。

相変わらず前を向いたままだけど、リョーマから口を利いてくれた。

それが嬉しくて、忍足は頬を緩める。
しかしすぐに、引き締めなおす。

ここできっちり仲直りをしておかねば、きっと気まずい思いを引きずることになる。

「はは、心の中の声を出してみたいや」
「あ、そ」
「どうやったらリョーマと仲直り出来るか。そればっかり考えているんやけどな」

また黙ってしまったリョーマに、失敗やったかと忍足は軽く溜息をついた。

(ああー、どないしよ。)

後悔する忍足に、ぽつりと小さな声が響く。

「・・・・・ごめん」
「なっ、何を謝ってんのや?」

寧ろ余計な手を出した自分が謝罪するべきだったのだ。
驚く忍足に、リョーマはふるふると首を振る。

「昼間のこと。侑士がいなかったら、収まらなかったかもしれない」

下駄箱まで到着して、ようやくリョーマは足を止めた。
忍足も足を止め、すぐリョーマの真正面に向かい合う形になる。

「侑士が来てくれて助かった。けど」
「けど、何や?」
「俺、悪くないから」

廊下の端っこを歩いていたけど、大声で会話しながら歩いてた彼女達がぶつかってきた。
謝れと喚きだしたけど、非は無いと主張したら囲まれた。
大体、リョーマの話は忍足の想像してた通りだった。
最も、ジュースを奢った女子生徒達は、自分達は悪くないと忍足に主張してた。
謝って欲しかっただけなんですと、被害者ぶって上目で媚を売る連中になど興味はなかったが、適当に相手をしていた。

「リョーマが悪いなんて、思ってへんよ」
ぎゅっと杖を握っている手を安心させるよう、ぽんぽんと軽く叩く。
「でも、侑士聞いてくれなかった」
「ん?」
「あんな人達に謝罪する必要なんてないのに。取り持つようなことするから、腹が立った」

そうかと納得する。
怒っていたのは、しゃしゃり出てきたことじゃないらしい。
悪くないのに、謝罪したことを怒っていたようだ。

「ごめんな、リョーマ。でもどちらが悪いとかやなくあの場はああやって収めないと、いつまでも引かへんで」
「・・・・・・・」
「リョーマが悪くないのは、わかっとる。でも感情的な人間を相手にしてもしゃあないやろ?時間の無駄や」
「その為なら、相手に非があっても頭下げろってこと?」

忍足の言葉に、リョーマは不満げな声を出す。

この少年はどうやっても自分の信念を曲げないだろう。この先も、きっと。
損な性格でもある。
もう少し上手く世渡りすれば良いものを、これでは敵を作るばかりではないか。

忍足は、何も映していないリョーマの目をじっと見た。
だけど。
純粋で決して誰かに媚を売るような真似をしないリョーマに、それはやめた方が無いなんて言えるはずもない。
この誇り高き少年に、変わらずいて欲しいと思う。

心から。


「リョーマが下げること、ないで」
「え?」
「頭やったら、俺が下げたる」
「侑士?」

くしゃりと頭を一つ撫でる。さらりとした心地良い感触が指を掠めた。

「リョーマはそのままでええねん。何かトラブルが起きたら、俺を呼んでや。
いつでもその場は収めたる。どうや?」
「なんで?侑士がそんなこと・・・・」

戸惑うリョーマに、忍足は自分の胸を一つ叩いた。

「俺ら、友達やん。友達見捨てるんは、俺の主義に反するからな」
「そんな主義持ってたんだ」
「そうや。だからいつでも頼ってや」
な?と詰め寄ると、ぎこちなくリョーマは頷いた。
「ありがとう、侑士」


ほんの少しの負担だけでも、どうか背負わせて。
そう思うのは自己満足なのだろうか。
わからないけれど。

(今、自分が本当にそうしたいのなら、それでもええんやないか)

跡部がこの少年に惹かれるのは、こんな所なのだろうか。

もっと知りたいと、忍足はリョーマの横顔をずっと眺めていた。







「明日の当番は、お前一人でやることが決定したからな」

少し遅れて部活へ顔を出した忍足に、向日は腕を組んで高らかに宣言をした。
「・・・どういうことや?」
「うるせぇ。お前一人だけ逃げ出しやがって。全員の決定だ」
「そんなー、な、手伝ってや。友達やろ?」
「知るか」
「岳人君、後慈悲をどうか」
「さっさと走ってこい。お前、練習にも遅れて何やってんだよ」
「岳人ー!頼むからー!」
「叫ぶな。黙ってろ」
「うう・・・・泣きそうや」


チフネ