チフネの日記
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2004年08月25日(水) 盲目の王子様 25 忍足侑士

昨日から、跡部の機嫌は絶好調だ。
今日の朝練の時までもその状態は続いているから、皆の目には不気味に映っていた。

「おかしいよな、絶対」
なあ、と向日が首を捻る横で、
忍足はもしかして・・・と理由を察する。

推測が当たっているのなら、行動を起こすしかない。



「おはようさん、リョーマ」
「・・・侑士?」

不慣れな様子だけどちゃんと名前を呼んくれる盲目の少年に、忍足は近寄って頭を撫でた。

「よし。今日は名前で呼んでくれたんやな」
「呼べって言ったの、そっちだし」
「勿論、これかも名前で呼んでな」

はあ、とよくわからないような表情をして、リョーマは頷く。
リョーマの様子を見ながら、忍足は微笑んだ。

朝練が終わると同時に、急いで来て良かった。
のんびりしてたら、会えるかわからない。
確認する為には、絶対リョーマと会っておかなければならない。
正確には、リョーマに会いに来る跡部を見る為なのだが。

(来たな)

「忍足・・・ずいぶん急いで来たようだな」

そう言いながら、跡部はリョーマの横に立った。

「おはよう、跡部さん」
「おはよう。また忍足に掴まったのか?こんな奴の相手することないからな?
何かされたら遠慮なく俺に言え」
「おい!何かって、何や」

忍足の抗議を無視して、跡部はリョーマの肩にさりげなく手を置いている。

(あからさまな、奴)

跡部は、忍足の視線を全く気にもしていない。
見えているのは・・・盲目の少年だけ。

(なにかあったんやろうなあ)

跡部の機嫌にリョーマが絡んでいるのは、間違いないだろう。


しかし、この二人はいつから親しくなっているのか。
跡部は、リョーマのどこに惹かれているのか。

興味は尽きない。

(その辺りは、じっくり突き止めることにするか)

ガードされてる今、リョーマに近付くのは困難だ。

機会はいくらでもある、と忍足は余裕の表情で二人の後に続いた。









その機会を作るために、昼休みに忍足は購買へと足を向けてみた。

「? なんや、あれ」

購買から少し離れた場所で、女子生徒が何人かたむろしているようだ。
興奮したような罵倒の声が、こちらにまで響く。

みっともないなぁと、忍足は眉を顰めた。

何があったか知らないが、往来でヒステリックに叫ぶ姿は不愉快なものでしかない。
かといって、この場を収めようなどという考えが浮かぶ訳でもなかった。
他人のことだ。ほっとけばその内、終るだろう。

それよりもまたいちご牛乳でも買って、リョーマのクラスに顔を出す方が重要だ。
うまく会えることだけ考えていた忍足は、人だかりの前を素通りしようとした。

「だから、ぶつかってきたのはそっちだろ。さっきから言いがかりつけるの止めろよ」

足を止めたのは、凛と響く勝気な声のせいだった。
まさかと思いよくよく見ると、女子生徒に囲まれているのは、会いに行こうと思っていたリョーマ本人だ。

リョーマの声にいきりたった女子達は「なんて図々しい」と顔を赤くする。

「リョ、リョーマ君」
すぐ隣にはいつか見た後輩二人(忍足は名前を忘れている)がおろおろしている。

「あんたのせいよ。そんなこともわかんないの!?」
「随分、生意気な態度ね。先輩に対する口の利き方も知らないようだし」
「俺、あんた達が先輩かどうかなんて見えないんだけど」
「そうやって都合が悪くなると、逃げるって訳?そんなの卑怯よ」

両者とも一歩も譲る気は無いらしい。
仕方ないな、と忍足は苦笑した。

プライドの高いリョーマは嫌がるだろうが、この場合、手を貸さずに見過ごすことは出来ない。

「あー、君ら。何してんの?」

突然現れた第三者の声に、女子生徒達はキッと一瞬睨みを利かせるが、
忍足の顔を見て、途端にしおらしい声を出した。

「何でもないんです。ちょっとしたトラブルで。ねぇ?」

一人の子がそう言うと、他のメンバーも黙って頷く。
二年生の子達やな、と忍足は彼女達の顔を眺める。
氷帝テニス部のレギュラーとなると、全校生徒の間でも知らないものはいない。
特に忍足は、容姿と人当たりの良さで女子生徒達の間でも人気は高い。
これはお近付きになれるチャンスかも。
そんな眼差しで彼女達は忍足を見詰めるが、生憎と視線は輪の中にいたリョーマにだけ向けられていた。
大人しくなった女子生徒達と違い、リョーマは未だにぶすっと拗ねているようだ。

「どうしたん。トラブルって何や?」

優しい声を出し、忍足はリョーマではなく傍にいた後輩に尋ねる。
先輩の顔を見て助かったと思ったのか、ほっとした表情で二人はそれぞれ口を開いた。

「僕らが購買に向かう途中、ちょうどこの人にぶつかってしまって」
「その人が持っていたジュースの中身が制服にかかっちゃったんです」

なるほどと、忍足は頷く。
リョーマに罵声を浴びせていた一人の制服が、オレンジ色の染みをつけているのはそのせいか。
飲みながら歩いていたジュースの缶がぶつかった拍子に、制服にかかった。
この場合、どちらが悪いとかは見ていないから判断はできない。
しかし彼女達はリョーマが悪いと言って、謝罪を求めたのだろう。
そして非を認めない態度を糾弾した。そういうことらしい。

「ぶつかったのは俺達じゃない。あっちからだろ」

吐き捨てるように呟いて、リョーマは二人の言葉を訂正した。
なんですってと、小さな声だが再び殺気立ってきた彼女達に、忍足は「まぁまぁ」と取り直した。

「怒る気持ちもわかるけどな。堪忍してやってや。そや、だめになったジュースの分は弁償するで、な?」

別にそんな・・と彼女達は顔を見合わせ、戸惑う空気が流れる。
しかし忍足はそれに構わず、話を進めた。

「君らも奢ってやるで、そんな目くじら立てんと。怒ったら美人が台無しや」
えー、そんなと媚びる笑いをする女子生徒達に、忍足は愛想笑いを返す。
何がええ?と女子生徒達を購買に押しやりながら、忍足は後輩二人に囁く。

「この場は任せとき。君らは帰った方がええ」
「忍足先輩、ありがとうございます」

感謝の言葉を言って頭を下げる後輩に、「ええよ」と手を振る。
ただ、無表情でいる盲目の少年のことは気にはなったが。

「リョーマ、放課後教室に行くから」
こそっと囁いた声に無反応のまま、リョーマは杖をついて歩き出してしまった。


チフネ