チフネの日記
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2004年08月22日(日) 盲目の王子様 22 越前リョーマ

「そこ曲がったら、すぐウチ」
「そうか」
リョーマの指示通りに、跡部は角を曲がる。

すると、
「リョーマさん!」
往来に、女性の声が響く。

帰りが遅くなったのを心配して、菜々子は玄関先で待っていたようだ。
走って来た足音に、悪かったとリョーマはすぐに反省する。

「遅かったから、お迎えに行こうかと思ってました」
「ごめん」
「いえ。楽しい散歩だったようですね」
くすっと小さな笑い声。
菜々子は怒ってなどいない。
いつでも彼女は優しく、リョーマの心配や世話を焼いてくれる。
今は菜々子の表情を見ることは出来ないが、きっと穏やかに微笑んでいるのだろう。
だから散歩を充分堪能したと知らせる為、こくんと頷く。
それと横にいる跡部を招くことを伝えなければ。

「で、散歩の途中に跡部さんと会ったんだけど、」
「こんばんは。あなたは・・・この間、リョーマさんに杖を届けてくれた方でしょう?」
「あ、はい。こんばんは」

にこやかな菜々子を前にして、跡部はわずかに緊張したようだ。
気付いていないようだが、掴んでる腕にわずかな力が込められてる。

「ありがとうございます。リョーマさんたら、杖をなくしたなんて言うから。
届けてくださって助かりました」
「いえ。偶然見かけたものなので」
まだ偶然だなどと跡部は言っている。
それが可笑しかった。
尊大な態度の癖に、親切の押し売りはしない。
なんてちぐはぐな人なんだろう。

「偶然でもわざわざ届けてくれたのには、変わりないでしょう?」
「まぁ」

ペースを崩さずにこやかに話す菜々子に、跡部はやや視線を外す。
まっすぐな感謝の気持ちは、どうも苦手だからだ。

「そうだ。お時間があれば、家に上がって行きませんか?
おばさまもその件ではお礼を言いたいと話してましたし」
「本当?だったらちょうどいいや。さっき夕飯に誘ったところだったんだ」
「おい」
やっぱり遠慮すると跡部が言い出す前に、リョーマは菜々子に話をしてしまう。
「そうだったんですか。お料理も出来上がっているから、ちょうど良かった」
でしたら先に行ってすぐに食卓を整えますと、菜々子は家へとまた戻ってしまう。
「いいってさ」
「やっぱり急な訪問は」
躊躇している跡部の腕を、リョーマはぐいっと引っ張る。
「遠慮しなくていいって。お腹空いてるんでしょ」
「いや、今は」
「いいから、いつまでも突っ立ってないで行くよ」
もう一方の手で杖を突いて、跡部を引っ張る形でゆっくり歩き出す。
「仕方ねぇな」
言いながらも、どこか跡部の声が嬉しそうに聞こえる。
二人並んで、越前家の門をくぐった。


夕飯の席は跡部を加え、リョーマと母の倫子、そして菜々子の4人だった。
「おじさまは急にいらないって連絡あったんです」

菜々子の言葉に、リョーマはほっと胸を撫で下ろす。
何かとリョーマに構ってくる南次郎とのやり取りを、跡部の前で披露するのは嫌だった。
ついムキになって返してしまう自分を、きっと跡部は子供っぽいと笑うに違いない。
「とても美味しいです」
跡部の言葉に、菜々子も倫子も喜んでいるようだ。
金持ちだと評判される跡部が、一般家庭の食事を食べて本気で思っているかわからない。
けれど、そこに嫌味な口調は無く、場は和やかに過ぎていく。

杖の件は倫子にも伝わっていて、跡部に対して何度も礼を繰り返す。
「いえ。なくしたものを届けるのは当然のことです」
またしてもリョーマは噴出しそうになり、お茶を飲んでやり過ごす場面もあった。







「すっかり、ご馳走になったな」

2時間かけて会話を楽しんだ夕飯も、終わりになった。
倫子が家まで送りましょうかと言ったが、跡部は車で迎えに来てもらうから大丈夫だと断った。
携帯から連絡して、跡部家の車はそれから10後に到着した。
玄関先までは、リョーマだけが見送ることになった。

「母さん達、跡部さんが来てすごく喜んでいたみたい」
社交辞令ではなく、本心から二人は「また是非いらして」と言っていた。
リョーマが友達を連れて来てくれたのも嬉しかったのだろう。
ましてや杖をわざわざ届けてくれたことは、菜々子経由で倫子にも伝わってる。
親切な好青年と、二人は思っているようだ。
最初の印象があまりよくなくて、リョーマにとっては微妙な感じだが、
跡部が歓迎されるのは悪くないことだ。

「また来てやってよ」
にっと笑ってみせる。
母達が喜んでくれるのは、嬉しい。
それに・・・自分もこの人といて、イヤじゃないし。

「迷惑じゃないのなら、な」
「勿論」

断言するように、頷く。
すると、杖を持っている手に、跡部の手が重ねられる。
ただ触れられているだけのそれは、大きくて暖かい。

「本当に、お前は迷惑に思って無いのか?」
「え・・・・?うん」
「なんで、そんな簡単に、」

それきり口篭もって黙ってしまう。
(何?俺、何かまずいこと言ったっけ?)

首を傾げて、リョーマは空いてる手でくいっと跡部の袖辺りを引っ張る。

「言いたいことでも、あるの?なら、言ってよ」
「いや、今はいい」
「なんで」
「聞いたら、また元に戻る気がする。だから、いい」
「意味、よくわかんないんだけど」
「だから、いいって言ったろ」

ぎゅっと重ねている手に一瞬力が込めらる。

「じゃあな」
短く言うと同時に、跡部の手が離れていった。
足音に、跡部が去って行くのだと理解してリョーマは顔を上げた。

「跡部さん」
「また明日な」
「あ、うん・・・・」

バタン、と車に乗った音がして、すぐに動き出してしまった。


(元に戻る、って)

あの人も、前みたいにいがみ合ってる関係に戻りたくないと思ってくれてるのだろうか。

よくわからないな、と呟いて、リョーマもまた家の中へと戻った。


チフネ