チフネの日記
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2004年08月21日(土) 盲目の王子様 21 跡部景吾

近付いてきた忍足に、跡部は露骨にイヤな顔を向けて、そして逸らした。

「なあ、跡部」
「私語は慎め」
「まだ私語からどうかまで、わからへんやろ!」
抗議する忍足に、やっぱりまだ背を向けたまま答える。
「お前の顔を見たら、ぴんと来ただけだ」
「あのな、リョーマのことやけど」
ぴくっと、その名前に反応する。
(こいつ・・・まだ呼び捨てしているかよ!)
妙に苛々してしまう。
自分意外の誰かが親しそうに名前を呼ぶなんて、
あって欲しくないこと。
「いつの間に、知り合ったんや?」
「私語決定だな。出て行け」
「ケチ。教えてくれてもええやろ」
なあ?と、忍足は食い下がる。
けれどそれを許すはずもなく、冷たく「グラウンド30周な」と言い放つ。
「ずいぶん横暴な命令やな」
「うるせー、50周に増やして欲しいか?」
「さーって、行こうか」
腕を伸ばして、忍足がコートから出て行こうとする。
その前に、もう一度だけ立ち止まる。
「なあ、あの子のこと。監督に頼まれたんか?」
意味がわからず、忍足の顔を眺める。
「頼まれた、だと?」
「とぼけてるのなら、それでもええわ。
まあ、しばらく観察させてもらうからな」

好き勝手言った忍足の背中を見ながら、考える。

(頼まれた?俺が?監督に?なんの話だ?)
もしかして、リョーマが榊の保護を受けているからと言って、
自分がそのお守りを頼まれたとかそんなことを考えているのか。
(冗談じゃねえ)
大体、あいつがお守りをつけたからと言って、素直に聞く性格ではない。

それにしても、妙に苛々させられる。
あんな風にずけずけと、リョーマのことを聞いてくる態度は、ハッキリ言って不愉快になる。
 
(って、俺も越前に似たようなこと、した・・・・よな?)

監督とどういう関係か、かなりしつこく絡んだ記憶が蘇る。

(今、あいつと同じ気持ちを味わっているというのか?
だとしたら俺が今までやってきたことは、あいつにとって我慢ならないことだったんだな・・・)

『そんなの俺は頼んで無い。あんたの自己満足なんだろ』
本気で怒っていたリョーマの声を思い出す。

(悪いこと、したな・・・)
そんな風に思うのは初めてだった。
いつでも自分は正しく、間違ってないと思っていたのに。

(杖を取り返したくらいで許してくれないだろうな)
それ位、嫌な気持ちにさせていた。

けど、昨日や今日の態度は普通だった。
戸惑いながらも、刺々しい言葉も無く、普通に話せた気がする。


(明日もまた、確かめてみるか?)

今朝みたいに、学校へ登校する時待ってみよう。
あいつが、ちゃんと学校へ来るのか見届けたい。



しかし翌日の朝練は思ったよりも長引いてしまい、
跡部はリョーマに会うことは出来なかった。

帰りも、わざと教室の前を通りかかったのだが、
今日に限って早く帰ったらしく姿も見えない。

(ちっ、しょうがねえ)


念の為、リョーマと同じクラスだという一年生達を、またこっそりと呼びつけ、
来ているかどうかだけ確認する。

「あれから、大人しくなったみたいです」
「リョーマ君を避けてはいるけど、嫌がらせは無かったですし」
「そうか」

杖を隠した連中のその語の動きを聞いて、
その件では安心する。

(学校には、来ているようだな)

ならそれで良いのだけれど、やっぱり本人の顔を見ておきたい。

そんなことを考えながら、その日の部活は終了となった。





「出してくれ」
日誌を監督に提出した後、迎えに来た車に乗り込む。

(明日も、越前に会えなかったら・・・教室まで行くか。
けど、騒がれでもしたら厄介だな)


そんなことを考えていたせいか。
ふと前方を歩いている姿に気付き、跡部は声を上げた。
私服姿だったけど、間違いようがない。
「おい、止めろ」
慌てて運転手は、脇に車を止める。
学園を出てから数分も走らせていない。
忘れ物か何かあって戻るつもりかと考えるが、そうではなかった。
「今日は歩いて帰る。先に戻っていろ」
ほとんど自分では車のドアを開けたことの無い跡部が、自ら手を使い、慌てて車外へ出て行ってしまった。
一体、どういうことだと、運転手はしばらく固まってしまった。


「越前!」
こつこつと、杖を突くリョーマへ早歩きで追いつく。
リョーマの歩みは、普通の人よりも何倍もゆっくりしたものだ。
ほんの数歩で、跡部はリョーマの隣に並んだ。
「跡部さん?」
「ああ」
「こんな所で、何やってんの?部活は?」
「部活ならもう終った」
「え?今、何時?」
慌てた素振りをするリョーマに、跡部は腕時計を確認する。
全く。
こんな所で何をしてるかは、こっちが質問するはずだった。
「7時14分」
「どうりで腹減ったと思った・・・」
そんな時間になっていたのか、とリョーマは眉を寄せている。
「腹、減っているのか?」
「うん」
途端にきゅるっと鳴る音。
少しばかり顔を赤くするリョーマに、跡部はふっと笑ってしまう。
それが聞こえたのだろう、そっぽ向いてリョーマはむくれている。
だけど本気で怒っているようではなさそうだ。
拗ねている。
跡部には、そんな風に映っていた。
「何か、食いにでも行くか」
「へ?」
「少し付き合え。お前も腹減っているんだろう?」
ぽんっと頭に手を置くと、視点の合わない瞳が向けられる。
「俺も部活帰りでちょうど何か食いたい所だった。
一緒に知ってる店でも、行かないか?」
自分でも驚く位、優しい声だった。
人の意見なんか、いちいち聞いたことなどない。
いつだって強引に引っ張るか、相手が勝手についてくるか。
このやり方は今までの自分と違い過ぎる。
戸惑いとわずかな苛立ちが混じりながらも、決して悪くは無い妙な気分だ。
越前リョーマと顔を合わせると、不可解な行動ばかり取る、そんな自分も嫌いではない。
誘いの言葉にリョーマは考え込む仕草をした後、ふるふると首を振った。
「夕飯の用意あるから行けない」
あからさまに跡部はがっかりしたが、次の言葉に復活する。
「だから、ウチに来ない?それならお互いご飯にありつけるし」
「・・・・急に、迷惑だろ」
本心でそう思っていても、リョーマからの誘いに少し浮かれてしまう。
「一人分くらい、大丈夫だって。あ、でも跡部さんも家で用意してあるか・・・」
しまったと、呟くリョーマに跡部は自分の家のことを思い出す。
使用人達が作る料理。
最高の食材を使った、いつでも満足のいく味だけれど。
食卓に両親がいることはほとんどない。
今日も父は仕事、母は友人と出掛けている。
「生憎と誰も待っている人はいない」
静かな口調から何か察したのだろう。
リョーマは詮索もせず、「だったら平気?」とだけ尋ねた。
「ああ、わかった。一応、連絡だけは入れておく」
携帯を取り出し、自宅へ掛ける。
電話に出た使用人に、今日は遅くなるから支度はいらないとだけ短く伝えた。
別にそれだけで済む話だ。
本当の意味で待っててくれる人は、あの家にはいない。
やり取りが終ったのに気付いたリョーマが声を掛ける。
「行こうか」
歩き出すリョーマの歩調に合わせて、跡部も隣を歩く。
しかしあんまりゆっくり過ぎるので、つい口を出してしまう。
「おい、夕飯の用意してあるんだろう?」
「そうだけど?」
「あんまり遅くなると心配するんじゃないのか?」
「そう、だけど」
リョーマの顔から察する。
早く家に帰りたいけれど、杖で障害物や段差をさぐりながらでは、これが精一杯。
「腕を貸せ」
「え・・・」
急に触れて、また驚かれても面倒だ。
今度は予告して、リョーマの右腕を取る。
そしてしっかり腕を組んで、寄り添う。
「段差があったら教えてやるから、そのまま歩いていろ」
「でも」
「早く帰りたいんだろ」
うっとリョーマは言葉に詰まる。
それを見て、跡部は1・2歩足を進める。
引っ張られる腕に、リョーマも黙って歩く。
どうやら振り解くことはしないと決めたようだ。
「心配するような時間まで、何をやってたんだ?」
大人しく引っ張られるまま歩いて、数分が過ぎた。
そういえばリョーマが何故学園の近くを歩いていたか、聞いていなかった。
「散歩・・」
「散歩?」
「うん。学校と家の往復以外にも道を教わっているから、歩行練習を兼ねて」
一人で危ないんじゃないか?と跡部は思う。
だがリョーマのことだ。
家族に対しても「大丈夫だから。一人でやれる」を通しているに違いない。
「あんまり遠くには行かないから、平気」
跡部の心を見通してか、そんな風に続けた。
「ゆっくりしか歩けないから、遅くなったけど」
「そうか」

暗闇の中、手探りで行けるところまで行こうと歩くリョーマが脳裏に浮かんでくる。
誰の手も借りずに、一人で歩こうとしている彼。

(無茶だろ、そんなの)

一人でいられない時、今みたいに手を貸すことは許されるだろうか。
まだ、ハッキリとは聞くことはできない。


チフネ