チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年08月19日(木) 盲目の王子様 19  忍足侑士

(あの、跡部がねえ・・・・)
盲目の一年生、越前リョーマを見る目は見たことも無いような優しいものだった。
今まで言い寄られた女達に、一度だってあんな顔をした記憶は無い。

リョーマと別れた後、忍足はずっと跡部とリョーマがどういう関係かを考えていた。

一番納得いくのが、リョーマの後見人と噂される榊から頼まれたという理由だ。
跡部は生徒会長だ。その権限を利用して、リョーマを助けてやって欲しいとか、
依頼した可能性が無いとはいえない。

けれど、それにしては跡部の接し方は普通じゃなかった。
事務的に、ならわかる。
監督に頼まれて、と渋りながらか、樺地に命令するだけかが、跡部らしいやり方だと思う。

今朝、見た跡部の態度はそんな事務的な素振りは欠片も無い。
ただリョーマのことを気遣っている、そんな風だ。

(一体、どうなってるんや)

午前の授業中いっぱい考えてたが、答えは出なかった。





昼ご飯を食べ終えて、忍足は大きく背伸びをした。
お茶は全部飲んだが、もう少し何か欲しいと思い、正面の向日に声を掛ける。
「購買行って来るけど、どうする?」
「んー、これ読んでる」
「そうか」
相方はテニス雑誌を捲る手を止めない。
面白い記事でもあるなら、後で教えてもらおうと教室から出る。
お昼ご飯購入の混雑も終わった頃だから、スムーズに買い物出来るだろう。

一階の隅にある購買に向かう途中、気付く。
この学校で杖を必要とする生徒は、たった一人。

「リョーマ!」


杖をついてコツコツ音を立てるリョーマを見て、忍足は歓声を上げる。
呼ばれた本人は「ん?」と眉を顰め立ち止まった。

「なんや偶然やなぁ。いや、これは運命や。
今朝に続けて二度も会えるなんて、そうとしか思えんやろ。な?」
「はぁ?」
捲くし立てる忍足さんについていけないようで、リョーマはぽかんと口を開けたまま。
リョーマのすぐ後ろにいた少年達は忍足に気付いて、頭を慌てて下げた。

「忍足先輩、こんにちは!」
「こ、こんにちは」
「おう。こんにちは」

挨拶をされても忍足は二人の名前は出てこない。
一年に誰がいるかなんて、まだ把握しきれてないからだ。
対してカチローとカツオはテニス部レギュラーである忍足が、
何故リョーマに声を掛けるのか顔を見合わせる。

「リョーマ君、忍足先輩とどういう知り合い?」
「知り合いっていうか、今朝声を聞いただけなんだけど・・・」

素っ気無い言い方に、忍足は仰々しく驚く。

「自己紹介までしといて、それはないやろ。俺らはもう友達や。なっ?」
「友達って、忍足さんがどういう人かも知らないのに」

どうやら押してくるタイプは苦手らしく、リョーマは尻込みしている様子だ。
じりじりと後ろに下がろうとしているリョーマの肩を、ぽんと叩く。

「これから知っていけばええねん。それに忍足さんじゃなくて、‘侑士’や」
「いや、だから」
「今、どこかに行くつもりやった?」
カチロー達の方を見て、忍足は質問した。
一連のやり取りに呆気に取られていた二人は、それでも先輩の質問に「購買へ」と答えた。

「俺も行こうと思っていたや。一緒に行ってもええ?」
「は、はい!」

こくこく頷く一年に、忍足はうっすらと笑う。

「ほな、リョーマ。行こうか」
「ちょっと、待ってよ」

抗議する前に、手を掴まれ引っ張られる。

「一人で歩けるから」
「それはわかっとるけど。ただリョーマとこうしたいんやから」
「俺はしたくない!」

引っぺがそうとするリョーマの手を、忍足は押し返す。
「恥ずかしがることないやん。すぐそこやし」
「そうじゃなく、うざいだけなんだって!」

カチローとカツオは先を歩く友人と先輩に、ただオロオロするだけだった。

あんまりリョーマが憮然とするものだから、機嫌直しにと飲み物を奢るようと申し出る。
他の後輩二人にもだ。
(俺って優しい先輩やなぁ)
自画自賛しながら、忍足は自分で選んだジュースのパックをそれぞれに押し付ける。

「これ、何?」

訝しい表情をして、リョーマはパックに触れる。

「ああ、俺のお勧めや」
「ふぅん?」

カチローとカツオの手には「日本の厳選茶」と「元気発酵ヨーグルトドリンク」がそれぞれ握られている。
僕達、こんなのを買いに来たんじゃないのに。
そう思いながらも先輩が選んだものにケチをつけるわけにはいかず、黙っていた。

「一口飲んでみ?」

忍足の勧めに、リョーマはゆっくりとストローをパックからはがして、今度はそれをいれる部分を手で探り出す。

手を貸したくなるが、忍足はぐっと堪えた。

さっきも手を引いて嫌がられたばかりだ。
今度も手を伸ばしたら、拒絶されるに違いない。
『教室まで送らなくてもいいから』
今朝、ぴんと背筋を伸ばし、跡部の申し出を断った姿を思い出す。
この少年は、人に手出しされるのが嫌いなんだとピンと来た。
だから、今は見ているだけに徹した。
それに・・・怒らせたくないのは勿論だが、リョーマのプライドも守りたい。
自分でやれることは、やろうとしている。
その姿勢は、好感持てるものだ。
意地張って馬鹿じゃないのかと、思うやつもいるだろう。
だけどリョーマのそうやって一人で立とうとする所、嫌いではない。

(可愛げはたしかに無いかもしれないけど、なんか見守りたくなるんやな)

跡部も、そういう所が気に入ったのだろうかとふと思う。

「ぶっ」

ストローを差して、中身を飲んだ途端リョーマは噴出した。

「これ、牛乳なんだけど!?」
「あれ?牛乳嫌いだったんか?」
「お勧めって言うから、ジュースか何かだと思い込んでた」
「リョーマはちっこいし、背伸ばすんには必要やろ?」
「余計なお世話・・・」
むっと尖らせる唇に、これ以上機嫌損ねたらあかんと忍足は焦った。

「意地悪はこの位にしとくわ。俺のいちご牛乳と交換したる。これならいけるやろ」
代わりに持たされた紙パックをリョーマはまたおそるおそる口をつけてみる。
「・・・うん。美味しい」
「そうか」

少しだけ笑顔を覗かせたリョーマに、ますます興味を覚えていく。
(跡部はリョーマのこと、どこまで知っているんや?)

「そろそろ教室に戻るわ。またな、リョーマ。あ、そっちは部活で会おうや」
「忍足先輩、ありがとうございました」
「うん、またね」
しっかりと聞こえたリョーマの声に、心が弾んでいくのを感じる。

越前、リョーマか。
これから、何や楽しいことが起きそうな気がするな。

未だテニス雑誌を見ていた相方に、教室帰るなり声を掛ける。
「岳人、人生って思いがけず色々あるもんやな」
「何だよ、侑士。たそがれた振りして、変な奴」
またおかしなこと考えているんだろと、雑誌から目を離すこともなく向日はおざなりな返事をした。


チフネ