チフネの日記
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2004年08月17日(火) 盲目の王子様 17  忍足 跡部

「解散!」

朝練終了の声と共に、部員達が解散していく。
これから身支度を整え、授業に向かうのにまだ30分ある。

「なんや、跡部。今日は随分早いな」

シャワーもそこそこ、濡れた髪をろくに拭かずに部室を出ようとしている跡部を見て、忍足は声を掛けた。
いつもなら鏡の前でああでもない、こうでもないと(他から見てると大して変わりないのだが・・)始業ぎりぎりまでセットしているというのに。

「どないしたん?」
お前には関係ないと一瞥しただけで、跡部は出て行ってしまった。

「何や、あれ」
「監督にでも呼ばれてんじゃねぇか?」
特に興味無さそうに、ダブルスパートナーである向日はドライヤーを手に髪の手入れを始める。
さらさらとした髪は向日の自慢するものの一つだ。
櫛で髪を梳かす向日の横で、忍足は首を傾げた。

「呼ばれたからって、身支度もそこそこにか?跡部に限ってそれは有り得へん」
「じゃ、なんだって言うんだよ」
「知っとる奴、おる?」

一番事情を知りそうな樺地は跡部の後についていってしまったので、
残っているメンバーに忍足は尋ねてみた。

「知るかよ」
「さあ?心当たりはありませんが」
「・・・・ぐー、ぐー」
「俺もわからないです」

眠っているジローに気付いて、慌てて忍足は「早う、着替え!」と起こしてやる。
放っておくと着替えはおろか、授業のことも忘れて寝ているだろう。
ジローのことは毎朝、誰かが起こすことになっている。

「別に跡部のことなんか気にすることないだろ」
つまらなそうに宍戸はボタンを嵌めながら言う。
「いや。跡部がいつもと違う行動をした。これは大きな意味があると思うんや」
「そうか?別に単なる気まぐれだろ」
もう会話を打ち切ろうと、宍戸は身支度を素早く終えバッグを掴んだ。
「いや。これは確かめなあかん!怪しい匂いがぷんぷんしとるわ」
「勝手にしろ」
宍戸にキッパリと拒否されてしまったので、忍足はくるっと振り向いて向日の肩を掴んだ。
「よし。岳人、行くで!」
「はぁ?俺、まだ着替えも終わってないんだけど」
「そんなん歩きながらでええって。」
「出来るか!」

抗議しても忍足が聞き入れるはずもない。
無理矢理連れて行かれた向日に、残っているメンバーは少しだけ同情をした。

「やっと静かになった・・・」
くぅっと寝入ったジローを見て、宍戸は「違うだろ」と額を軽く叩いた。




「侑士。行くなら一人で行けよっ!」
「一人で行って何も無かったらつまらなんからな。道連れや」
「この我侭ヤロー。大体跡部がどこ行ったのかわかってんのか?」
「あ、しまった」
「ふざけんな」

ごすっと忍足の後頭部に拳がめり込む。
「岳人君、それ痛過ぎやから」
「本気でやったからな!」

ふんっと向日は鼻息を荒くした。
「今日の帰りは侑士のおごりだな」
「なんでや!?」
「満腹になるまで許さねぇからな!」
血管が浮き出そうになってるパートナーを見て、忍足は「わかった」と小さく呟く。
「しゃあないな。もう教室に行くか」
「ああ」
方向を変えた瞬間、向日は前方に見えた人影に気付く。

「侑士、あれ跡部じゃねぇ?」
「ほんまや。岳人偉い!でかしたで!」
まあな、と向日は得意げに笑った。
そして、二人は改めて前方にいる跡部を観察する。
跡部は一人じゃなかった。
樺地と一緒なら特に気にすることじゃないが、どう見ても一緒にいる相手は樺地よりずっとずっと小柄だ。
跡部が鞄を持っていないところを見ると、樺地は跡部の鞄だけを運んだだけだと推測できる。


「跡部と、あれ一年生か?」
「俺が知るかよ」
隣にいるのは、随分小さな生徒だ。
向日も背は低い方だけど、もっと小さく見える。
その生徒に、跡部は寄り添って歩いている。

「女じゃねぇよな」
「スカートやないからなあ」
ちらっと見える跡部の横顔が、嬉しそうな穏やかなもので二人は驚愕する。
相手が女ならともかく、男相手にあんな顔をしたことは一度もない。

「なぁ、侑士。もしかして、あの子」
少年が持っている杖に、向日はあることを思い出した。
「ああ。一年に入ったっちゅう例の子やな」
しっ、と人差し指を唇を当てる忍足に、向日は口を噤む。


今年入学した盲目の一年生は榊監督のバックアップが付いているらしい。
何度か目撃されている榊とその一年が会話している姿に、そんな噂が流れていた。
事実はわからない。
しかし氷帝は目の障害を持つ生徒を受け入れる体制を取っていないのに、何故彼が入学できたのか。
榊が一枚噛んでいるとしたら辻褄が合う。

「跡部の奴。監督に頼まれてアイツを迎えに来たんじゃねぇ?」
「そう考えるのが自然、やけど」

そんな義務的なものに、跡部があんな顔を見せるだろうか?
俺らの前でさえあんな柔らかい表情したことあったか?
おかしいな、と忍足は考え込む。
「しゃあない、聞いてみるか」
「え?聞くって、おい」
「跡部ー、何してんの」
突然声を上げた忍足に、向日がぎょっと目を剥いた。

(俺がいなくなってから、聞けよ!)
しかし、もう遅い。


「てめぇらか、何の用だ」

振り向いた跡部はいつもの皮肉げな顔をしていた。

「いや、たまたま通りかかってん」
向日を引っ張って、忍足は跡部の近くまで寄って行った。
愛想笑いを浮かべるが、跡部の視線は凍りつきそうな程冷たい。

「ならさっさと行け」
にべもなく、顎で跡部は校舎を指す。

「その前にー」
一瞬で忍足は距離を詰め、少年の横に立った。

「初めましてやな」
「・・・・誰?」
きょとんとしている少年手を、忍足は軽く触れた。

「おい、忍足!」
「侑士、何やってんだ!」

まずい予感がして向日は慌てて忍足の腕を掴んだ。

跡部の顔が尋常でないくらい歪んでいる。
このチビに、話しかけちゃいけないんじゃないだろうか。
すげー睨まれてるよ、俺達!と向日は懸命に視線で忍足に訴える。

が、
「忍足侑士。跡部と同じテニス部3年や」
まるで跡部のことを気にせずに、忍足は少年の手に触れたまま自己紹介なんて始めている。

「テニス部?」
「せや」
「おい、いい加減手を離せっ」
「あ・・・」
我慢も限界だったのだろう。
忍足の手を、跡部が荒々しく払い除ける。

「怖いなー、何やっちゅうの」
「馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ」
「ふーん。この子、跡部の何なん?」
いししっと笑う忍足に、跡部はきっぱり答えた。
「お前に言うことなんか何もねぇよ」
「ひっどー」
忍足は泣き真似をしてみせたが、皆揃って無視をした。
もっとも一人は目に入っていなかっただけなのだが。

「ねぇ、もうそろそろ予鈴鳴るんじゃない?」
いつまでも続きそうなやり取りに、少年は痺れを切らして声を掛ける。。

「そうだな。行くぞって、何でお前がついて来るんだ!」
「ええやん。そこまでは一緒なんやから。な、岳人!」
「は?いや、俺は・・・」
今まで忘れていたくせに急に話しを振られ、向日は逃げ腰になる。
しかし忍足はそれを許すはずもなく、がっちり肩を掴んで来る。

「こいつも同じテニス部。向日岳人っていうんやで」
「・・・・・どうも」
「あ、ああ。よろしく」
(何がどういう意味でよろしくなんだ!?)
自分で何を言ってるか理解できず、ただ向日は混乱する。
「おれもよろしくなー」
「はあ」
暢気に、忍足は会話を続ける。
横で跡部が怖い顔してても、知らん顔だ。

「ところで名前、聞いてへんけど」
「あ、俺は」
「てめぇらに名乗る筋合いは無い」
低い声をして、跡部が会話を止める。
「だから何で跡部が口出すん?もしかしてヤキモチか?」
「そんな訳ないだろ!」

けれど横を向いた跡部の顔は赤い。
そうか、そうかと忍足は頷く。
これは面白い展開になりそうだ。

「だったら跡部には関係ないやろ。名前、教えてくれるか?」
少し躊躇った後、少年は口を開いた。
「越前リョーマ」
「リョーマか。良い名前やな」
「そう?」
「ああ。素敵な名前やん」
「侑士、調子に乗り過ぎ・・・」
「あ、俺のことは侑士って呼んでな。俺もリョーマって呼んでええやろ」
「はぁ」
この事態はなんなんだと、向日は眉を顰める。
筋を立ててる跡部と、陽気な忍足と、ぽかんとしている盲目の少年と。

(厄介なことに巻き込まれるのは、ごめんだからな)
とりあえず今日は今までで一番高いものを忍足に奢らせてやろうと、向日は決意した。






それから続けられる忍足とリョーマとの会話に入ることなく、跡部は黙っていた。

ヤキモチかよと忍足に言われ、かなり動揺してしまった。
越前リョーマといるとこんなことばかりだ。

昨日、杖を取り返しはしたけど、跡部はずっとリョーマのことを心配していた。
ろくでもない奴に釘は刺したが、学校へ来る気を無くしているかもしれない。
迎えに行ってやろうとも考えたが、跡部には朝練がある。
朝練に付きあわせるわけにもいかない。かといってさぼったらリョーマのことだ、怒るに決まっている。
だから練習が終わると同時に、校門まで出向いた。

リョーマが来るまで、いつまででも待っていようと思っていた。
意気込んでいたわりには、すぐにリョーマは校門をくぐって学校へやって来た。
杖をついて、周りに障害物がないかどうかゆっくり確かめながら歩いている。

「よぉ」
「跡部さん」

声ですぐにわかったのだろう。
以前のような無愛想な顔ではない。
少し嬉しそうにも見える。

どうして。

そんな事が嬉しいと思うのか。
自分の気持ちがわからない。

「朝練は?」
「終わった。後は教室に向かうだけだ」
「へぇ」

特に言葉も無く、ゆっくり同時に歩き出す。

リョーマの手を引いてやりたいと思うが、それは本人が許さないだろう。
コンクリートに響く杖の音を聞いて、もっと頼ってくれれば良いのに。

忍足が来るまで、そんなことを考えていた。


(全く、どうかしてるぜ)

まだ続いている忍足のおしゃべりに、ぎりっと歯を食いしばった。


チフネ