チフネの日記
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2004年08月16日(月) 盲目の王子様 16 跡部景吾

まず跡部は部室で手早く着替え、一年生が練習しているコート裏へ向かった。

以前、リョーマと校内ですれ違った時、一緒にいた同級生がテニス部員だったことを思い出したからだ。

「水野と、加藤。話がある。ちょっとこっちに来い」

突然名前を呼ばれたカチローとカツオはお互い顔を見合わせた後、すぐに跡部の後ろを追い掛けて来た。

部長からの呼び出しは一体、何事か。

実は跡部は、部員の名前と顔を全員記憶しているのだが、
カチローもカツオもまさか覚えてもらっていると等と思えず、緊張した面持ちで顔を伏せていた。

「越前リョーマ」

単刀直入に切り出した名前に、ようやく二人が跡部と視線を合わせる。

「知ってるだろう?」

何故、その名前が出て来たのか疑問に思いながらも、二人は「はい」と答えた。

「今日、越前の杖がなくなった」
「え?」
「あいつはなくしたとか言いやがったが、誰かが隠したのは間違いない。
前に、越前のクラスから出てきた生徒が、あいつを突き飛ばしたのを俺は見たことがある」
さっと、二人の表情に影が掛かる。
「嫌がらせしそうな奴に、心当たりは無いか?」
「・・・・・・・・・・」
クラスメイトの名前を出すのに躊躇しているのか、カチローもカツオも黙っている。
もし言ったとしても、その人物が犯人と決まったわけではないのだ。

しかし跡部には待っている余裕など無かった。
わずかな手がかりでも掴めるのなら、迷ってなんかいられない。

「あいつに杖を返してやりたいんだ。頼む、そいつが知らなくても誰か知ってるかもしれない」
頭を下げんばかりの勢いの跡部に、驚いたのはカチロー達だ。

あの誇り高い、テニス部を束ねている部長にこんなことさせるなんて・・・!

慌てて、リョーマに絡んでいた中心人物の名前を挙げる。

「あの、でもリョーマ君の杖を持って行ったところは見ていないんですけど」
「ちょっと今日、突っかかっていただけですし」

言い付けるようなことをしたせいか、バツが悪そうな二人に、跡部は笑顔を向けた。

「イヤ、これが杖を取り戻す切っ掛けになるかもしれねえからな。
二人とも練習時間に呼び出したりして、悪かったな」
「いえ・・・」
それから、と付け加える。

「このことは、誰にも言わないで欲しい。
他の連中に何故呼び出されたか聞かれたら、朝練の時の態度でとでも言って誤魔化してくれ」
「ハイ!」
「勿論、越前にもだ。あいつはこんなことで借りを作りたくないって性格だからな。わかるか?」
「そうですね」
リョーマのこともあるので、二人は力一杯頷いた。
「ところでそいつは部活か何か入っているか?もし帰宅部なら、自宅に行かないと杖の在りかがわからないってことになるが」
「あ、それでしたら、たしか・・・・」

教室で喋っていた内容から、サッカー部だったとカチローが答える。
「そうか。だったら今はグラウンドにいるだろうな」
「ハイ」
すぐに二人を練習に戻らせ、跡部は次にサッカー部へと向かう。

(名前さえわかれば、どうにでもなる・・・)

ついさっきカチロー達に笑顔を向けたのは、これで好き勝手やった奴に思い知らせることが出来ると思ったからだ。
自然に笑みが零れてしまった。

(無事に済むと思うなよ)





グラウンドへ向い、サッカー部の顧問がいないことをまず確認する。
そして大声で部長の名を呼ぶ。

ただ事じゃない跡部の表情に、サッカー部部長はすぐさま駆け寄ってきた。

「お前のところの一年に、ちょっと聞きたいことがある。呼んでくれ」
サッカー部の部長はすぐに問題の生徒を呼び出した。
長引けばとばっちりで部全体どうなるかわからないからだ。
跡部の機嫌を損ねたら、予算を不当に没収される恐れもある。
理不尽なことだけれど、跡部の権力は絶大だ。逆らえない。


呼び出された生徒は、何故生徒会長が・・?と不思議そうな顔をしていた。

が、
「越前リョーマの杖がどこにあるか、知ってるか?」
その言葉に、大きく目を見開いた。

(やっぱり、こいつか)

「どこにある」
「お、俺は杖なんて」
「お前だろう!」
そう言って、胸倉を掴み無理矢理後ろを向かせる。

「前にもあいつのこと、突き飛ばしただろう。後ろ姿がそっくりだぜ」
「そんな、俺は」
「まだ白を切るのか?」
髪を掴み、顔を覗き込む。
「この学園を仕切ってるのは、俺だ。わかってんのか?
今、本当のこと言わないのなら、これから先平穏な学園生活が送れるとは思うな」

本気の跡部を感じ取ったのか、震え上がり、あっさりと杖の場所を吐いた。
ちょっとからかっただけだと、半泣きする男に、跡部はぺっと唾を吐いた。

「お前も同じようにしてやろうか。そしたら少しは懲りるかもな」

済みませんと地面に這いつくばる姿に、興味など無く、跡部は教えられた場所に向かった。

杖はリョーマのクラスの掃除道具と一緒に入れられえていた。
大事になった時に、返すつもりはあったのかもしれない。

手に取って、損傷がないか調べる。

(下らないこと、しやがる)

リョーマの、決して人の手を借りようとしない意固地なところが、連中の気に触ったのだろう。
あの生意気な少年の口の聞き方は・・・たしかに跡部にとっても腹が立つことは度々あった。
しかし彼等のやったことは許されることではない。

(二度目はないからな)

杖を手にして、跡部は歩き出した。

「跡部?お前、さっき来ていなかったか?」
コートに向かって来た跡部に、ちょうど出入り口の近いベンチにいた宍戸が声を掛ける。

「別に・・・なんでもねぇよ」

すぐにでも届けてやりたかったが、部活がまだ終わる時間ではないから、家に行ったらリョーマが不審に思うだろう。
そう思って、気が進まないが部活にまた戻って来た。

はぁ、と息を吐いた跡部に、宍戸は一瞬だけ視線を送ったものの、またすぐにラケットを持って練習へ戻っていった。

(終わるまでには・・・まだ2時間もあるのか・・・)

部活が早く終わればいいなんて思うのは、初めてだった。

氷帝の部長がこんな気持ちではいけないと思い直し、跡部は軽く自分の頬を叩いた。

「樺地!ちょっと相手しろ!」
ラケットを握り、テニスだけに専念しようと声を上げる。
「ウッス」







長いと感じた部活が終わり、急いで跡部は車に乗った。
手には、当然リョーマの杖を持っている。

「さっき送った奴の家に向かってくれ」
「かしこまりました」

リョーマの家は拍子抜けするほど、近かった。
目が見えないリョーマにとっては、不便無い距離だろう。

(けど、あいつ一人で歩くには時間が掛かるだろうな)

それにも杖がいる。
返してやろうと、跡部が玄関前に立つと同時に、扉が開く。

「あ、ごめんなさい。ぶつからなかった?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。ええと、家になにか用でしょうか?」

にこやかに髪の長い女性が、跡部を見詰める。
どこかリョーマに似た雰囲気に姉だろうかと思いながら、挨拶をする。

「初めまして。氷帝学園の跡部と申します。実はリョーマ君に届けものがあって、来ました」
「まぁ。すぐにリョーマさんを呼んで来ますから。どうぞ上がって下さい」
「いえ。車を待たしてあるので、ここで」

すぐそこに着けてある車に視線を向けると、女性はわかりました、リョーマさんを呼んで来ますと家の中に下がった。

そして今度はリョーマが一人で外へ出て来た。

手には跡部が持っているものと別の杖を持っている。

「跡部、さん?」
どうしたの?といった具合に目を瞬かせている。

「・・・予備があったのか」
なんだ、と跡部は笑いそうになった。
あんなに必死で探していたけれど、家に帰ればちゃんと予備があったのだ。
「え?ああ、杖の?」
「ならこれは必要なかったようだな」

空いている方のリョーマの手を掴み、持ってきた杖を握らせる。
「俺の杖・・・・」
「落ちていたぜ。お前のだと思って持ってきてやった」
「落ちてた?」
「ああ。たまたま歩いていたら見付けた」

たまたまという所を強調して、リョーマの手を離す。
触れたところが、何故かやけに熱かった。

「ふぅん」
特に追求することなく、跡部が持ってきた杖をリョーマはぎゅっと握る。

「あのさ」
「どうした」

ハッキリ物を言うリョーマにしては珍しく、もごもご口を動かしている。
よく聞こえるよう、跡部はそっと屈んで顔を近付けた。

「今日はありがとう。色々、杖とか車とか・・・」

不意に聞こえた言葉に、今度は耳が熱くなる。

「別に大したことしてねぇよ」

わざとぶっきらぼうに言って、リョーマから離れる。
何か、このままリョーマの近くにいてはまずい気がする。
そう思って、目を逸らすがまたリョーマを見てしまう。
一体、これはどういうことなんだ。

そんな跡部の様子に、リョーマは気付いていない。
「あんたって最初会った時は偉そうだし、何様?とか思ってたんだけど」
「ケンカ売ってんのか」
あんまりな言い方に眉を顰める。

またこの分だと、言い争いをした時と同じかと思っていたら、

「本当は、良い人だよね」

にっこりと、リョーマは可愛らしい笑顔を浮かべる。

それを見て、跡部は全身に熱が回っていくのを感じた。


チフネ