チフネの日記
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2004年08月14日(土) 盲目の王子様 14 跡部景吾

思わず駆け寄ってしまった。
そんな行動に何よりも驚いているのは、自分自身だ。





その日、跡部は保健室を目指して歩いていた。
保健室のおばちゃんは、跡部を他の生徒と変わりなく扱ってくれる数少ない大人の一人だ。
ほとんどの教師は跡部を優等生だの、模範生だのと評価してくれる。
それは間違っていないが、跡部は内心で彼らのことを上辺でしか判断出来ない奴と馬鹿にしていた。

(見えない部分で何やってるかわからないくせに、滑稽だな)

それは、全く自分の親に当て嵌まると気付いたのは、いつだったか。
彼らの望む景吾という息子でさえいれば、何も知ろうとしない、見ようともしない。

(血の繋がった両親でさえ、これだ。
ましてや他人なんか、分かり合えるはずもないだろう・・・?)

おばちゃんが聞いたら、きっと顔を真っ赤にして説教でもするだろう。
誰かから聞いた噂に、何度も女の子には優しくするものだとしばしば怒られている。
それでもまた保健室へ出向いているのは、特別扱いすることなおばちゃんの態度を気に入ってるからだろう。

「跡部君が良い子なのはわかっています。けれど時々は肩の力も抜きなさい」
祖母が孫に言い聞かせるような言い方も、不快では無い。
授業に出るのさえ面倒な時は保健室に来て、1時間程ベッドを借りることもあった。

今日も英語教師の下手な授業に付き合うのがイヤで、さぼることを決めた。
(あんな発音・・・・恥ずかしくねえのかよ?)
この先のことを思うと勘弁してくれと、無意識に額を押さえる。

どうにかならないかと考えながら渡り廊下に差し掛かると、知った顔が反対側から歩いて来るのが見えた。

(越前リョーマ・・・!)

氷帝で唯一の盲目の少年。
杖を歩いて、そろりそろりと歩いてる姿はリョーマ以外何者でも無い。

(こんなところまで一人で歩くことが出来るのか?)
妙に感心してそのまま見ていたら、
不意にバランスを崩して転んでしまった。

(あいつ、何やってんだ!)
気付いたら、跡部は駆け出していた。

杖を握ったまま、渡り廊下に座り込んでいるリョーマのすぐ後ろへ立つ。
どこか怪我でもしているのかと、覗き込んで見る。

「・・・・ったー」
痛がっているけれど、リョーマは立ち上がろうとしている。

どうやら外傷は無さそうだ。
さっと腕を伸ばし、跡部はリョーマの体を支えて立たせてやった。
「え?」
急に手を出されて驚いたのか、大きな瞳を何度も瞬かせている。

憎たらしい口を聞くこともないその仕草に、跡部は笑い声を上げそうになった。
(なんだ、その間抜な顔は)
転んだせいで埃だらけになったリョーマの制服に気付き、手で払ってやる。
(気付かないまま教室に戻りそうだから、仕方ねえな)

全部払い終えると、ずっと呆けたままのリョーマが口を開いた。
「あの・・・・ありがとうございます」

素直なお礼の言葉に、跡部はさっと体を引く。

聞いてはいけない気がして、リョーマに背を向けて渡り廊下を飛び出す。

(あいつ、ちゃんと礼も言えるんじゃないか)
妙に腹立たしくなって、舌打ちをする。

出会った時から、自分には生意気な台詞ばかり吐くくせに、今のはどういうことか。
きっと名乗ったら、「ありがとう」なんて言わなかったに違いない。
「あんたなんかに助けてもらいたくなかったね」とか、言うのだろう。

そう思うと、腹が立ってくる。

(なんでお前なんかのことを考えて、苛々しなきゃいけないんだ・・・・)

もう関わらないと、決めたはずなのに。






保健室で授業は休むが、跡部は部活にきちんと顔を出した。
「今日は休みかと思うたわ。
跡部様のお加減がよろしくないみたいーって噂はどうしんや」
「ハッ。そんな噂いちいち聞いてるのか。暇人だな」
「何やて!」
挨拶代わりにどうでも良い話をする忍足を無視して、跡部は樺地にラケットを出すように指示をする。

「・・・ジローがいないな。またどこか寝てるのか?」
目が届かないところで寝てる場合、常々樺地にコートまでは運ぶように指示してるのだが、
姿が見えない。
「あー、ジローなら野・暮・用」
「てめえには聞いてねえだろ」
「あーあ、折角人が面白い情報教えてやろうと思うてんのに」
「樺地、ジローはどうした?」
「聞けや」
「ウス」
困ったように、樺地は首を振っている。
どうやら居所がわからないと言っているらしかった。
「だから野暮用やって言うてるやん」
「ほぉ」
「ジローちゃんもなあ、あれでいてモテるからなあ。跡部様じゃないけど」
「樺地、埋めろ」
「ウ・・・ス」
「褒めたんやないか!」
「そうは聞こえなかったぜ」
はあ、と憂鬱そうに溜息をつく跡部と、困った顔の樺地と、騒いでる忍足。

何事かと部員達は目を瞠る。

「もういい、さっさと練習」
してこいよ、と跡部が言おうとした所へ、間延びした声が被った。
「おはよ〜」
「おお、ジロー!今ちょうどお前の話をしてたんや」
眠そうに目を擦ってるジローの横へ、さっと忍足は移動して肩に手を置いた。


「告白されたんやろ。どうやった?とうとうジローも彼女持ちになったんか?」
なあなあ、と聞きたがる忍足を鬱陶しそうにジローは手で撥ね退け、大きく欠伸する。
「眠いんだから、静かにしてよ・・・」
「そりゃ悪かった。で、返事はどないしたんや」
邪険にされても食らいつく忍足に、跡部は呆れた目を向ける。
(こいつ、全然空気を読んでねえな)

しかし忍足は跡部の冷たい視線にも気付かず、尚もジローに答えをせがんでいた。

「返事〜?」
「そや。さっき部室前で女の子に呼び出しされたやろ?忘れて無いよな?」
「微妙に失礼なこと言ってない?覚えてるよ」
「で!?その後、どうしたんや」
また数センチ前まで忍足はジローに顔を近付ける。
少し体を引いて、ジローは頭をぽりぽりと掻いた。
「どうもこうもしないよー。好意は嬉しいけど、ちゃんと断ったから」
「なんやて!」
なんちゅう勿体ないことを、と忍足は肩を落としているが、
ジローに彼女が出来たらからかってやろうとしてたに違いない。
(目測が外れてがっかりしてるのか)
バカらしい、と跡部は小さく呟く。

「勿体無いとかじゃないよ。俺は好きになった子とかしか、付き合わないって決めてるC」
「ジロー・・・今時小学生でもそんな恥ずかしい台詞よう言わんで」
「いいの!いい加減な気持ちで付き合って、その子のこと傷つけたく無いよ」

ぱっと目を開いたジローが、跡部の方をはっきり向いた。

「なんだよ。俺様に何か文句でもあるのか」
「んーん。べっつにー」

癇に触るような言い方に、ジローを睨みつけるが怯みもしない。

「ジロー、その話はこっちでゆっくりしような」
険悪な空気に気付いた忍足が慌ててジローを引っ張って、隣のコートへと走り出してしまった。

「なんなんだ、あいつ・・・。まあいい。樺地、コートに入れ」
「ウッス」

樺地をコートの反対側へ歩かせ、跡部はラケットを握り締めた。




また人の気持ちを考えろとでも言いたいのかよ。
説教なら沢山だ。

俺様は、自分のことしか考えてない。
所詮、人間は自分のことで手一杯の生き物なんだ。
誰より正しい生き方してるだろう?


ふっと、昼間にリョーマを助け起こしたことが頭に過ぎる。

あれは、単なる気まぐれに過ぎない。
今度会っても、無視する。
目の前で転ぼうが、助けてと言ってやろうが素通りしてやる。
絶対だ。



しかし跡部の決意は、翌日には崩れることになる。


チフネ