チフネの日記
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2004年08月12日(木) 盲目の王子様 12 リョーマ 跡部

図書室から借りた本を抱えて、リョーマは中庭を歩いていた。

(あいつら、その内どうにかしてやる)
今日もクラスメイトの一部から、嫌がらせをされた。
幸いだったのは、カチロー達が見ていないところで行われたことだ。
制服を引っ張って、躓き掛けたがすぐに立ち上がり知らん顔してやり過ごした。
もしもカチロー達が見ていたら、彼らにすぐ文句を言っただろう。
けれどそれによって、二人を巻き込まれることをリョーマは恐れていた。
(俺の問題は俺が片付ける)
放っておけば、奴等もその内飽きるだろう。
反応するから面白がる。だから無視し続けることが今の最善策だ。
カチロー達にまで睨まれる前にこんな行為が終われば良いと、リョーマは願っていた。

(できれば榊先生の手も借りたくない)
ただでさえ、気遣ってもらっている身だ。
こんなくだらない事で煩わせたくなかった。

氷帝は今年度、大量に点字の本を入荷していた。
もちろん予算で買ったものではない。
榊が個人的に学園に「寄付」したものだった。
必要とする生徒は、今現在リョーマ一人だ。
リョーマの家にも点字の本はあるが、数は比べ物にならない。
これも榊の配慮というやつだろう。
直接、本人への詮索はしていない。
どうせとぼけられるのはわかっているからだ。
『点字の本があるから見ておくと良い』
休日の特訓で図書室を案内された時、榊はそう伝えた。

今日は初めて一人で図書室へ歩いてみた。
教室からなんとか来れたのはいいが、どこの棚にあるのかわからずしばし途方に暮れてしまった。
親切な委員の人がリョーマを案内してくれなかったら、ただ行って戻っていただけかもしれない。
(あーあ。もっとちゃんと考えて行くべきだった)
今度は棚の位置もちゃんと覚えておかないと、また誰かの手を煩わせることになる。
本当に不便だと、リョーマは溜息をついた。

(この本だって・・・)
新品だとわかる本の表紙を撫でる。
これだけじゃなく棚の中全部、新しいものだとわかっている。
少しでも役に立つようにと揃えてくれたらしいが。
(あの人、やり過ぎじゃないの?)
それでいて榊は陰ながら見守っているつもりだから、可笑しい。
本人にも周囲にもばれているのが、わからないらしい。

『手術が成功した暁には、テニス部へ入ってもらう』
榊に借りを返せるとしたら、また目が見えるようになってからだ。
成功。
成功するかどうかもわからないのに、入部の約束だなんて馬鹿げた考えだ。
それに成功しても以前と同じようなプレイは出来ないかもしれないのに。

そう笑ったリョーマに、榊は静かに尋ねた。
『君は回復すると信じていないのか?』
誰よりも目が見えなくなったことで、落胆しているのはリョーマだった。
母に心配させまいと強気には振舞っていたが、内心は怖くてたまらない。
もし一生このままだったら?
二度とコートに帰ることはできないだろう。

『信じたいよ・・・』
またラケットを握り、もっと強い奴相手できる試合をしたい。
『私は信じている。君の目は、必ず見えるようになる。
だから君自身も信じるんだ』
肩に置かれた手に、リョーマは頷いた。
父親の知り合いである榊の申し出を受けたことにより、
越前家は日本へ引越しすることになった。
周りが騒がしいアメリカではなく、リョーマの名前がほとんど知られていない日本へ。

(しかし広い学校だよね)
学園全部を歩き回っていたら、それだけで一日が終わりそうだとリョーマは思った。
最低限のところは案内してもらったが、一歩間違えたら迷子になりそうだ。
だからこうして一人で歩いている時は、特に慎重になっている。
杖で周囲を探り、耳を澄ます。
遠くからだが、あの音は聞き違えようがない。
カツンと、障害物に当ったところで足を止める。
手で探ってみると花壇らしいものだ。
この辺りは特に多い。
気をつけていこうと、ゆっくりリョーマは足を進めた。

そう言えば、跡部と初めて会ったのもこの辺りだった。
偉そうな態度で話し掛けてくる彼を、最初は教師かと勘違いした。
生徒会長でテニス部部長。
跡部の噂はあちこちから流れてくる。
半分以上がお世辞にも良いものとはいえない。
特に女性関係はヒドイとしか評価出来ないものだ。
それでも信者は多い。
身近にいるカチロー達が良い例だ。
テニスプレイヤーとしての跡部は、耳としての情報だけどそれはそれは強いらしい。
榊も跡部の力を買っているような節がある。
目が見えなくなる前の自分だったら、きっと跡部に試合を挑んでいただろう。
跡部の鼻っ柱を折って「まだまだだね」と言えないことが残念で仕方ない。
そこまで考えて、リョーマはふっと笑った。
手術も成功するかどうかわからないのに、虚しいだけだ。
『君の目は、必ず見えるようになる』
それが本当ならもう一度、コートに立ちたい。

(こんなところで座っていたら、あいつに見付かるかもね)
以前にも榊と座っていたことのあるベンチを探り当て、リョーマは腰を降ろした。
聞こえてくる、心を弾ませる音。
未練がましいと自分でもわかっているが、忘れることなんか出来ない。
(ま、それにあいつが声を掛けてくることも無いか)

跡部の声は本気で怒っているように聞こえた。
「もういい。金輪際お前には関わらない。
助けてくれと頼んでも、一切聞かないからな」

その方が有り難い位だ。
こっちこそお断りだとリョーマは呟く。

きっとこんな所で座ってても、跡部は気にも留めないだろう。
金輪際と言っていたので、卒業するまであの声も聞くこと無い。

(ただあの音の中に、あいつもいるかもしれないけど・・・)
それ位はどうでもいいと、リョーマは再び聞こえるボールの音に耳を傾けた。




今日もふらっとコートを抜け出して、跡部は中庭を歩いていた。
(越前リョーマ・・・)
ビデオを見て以来、盲目の少年の過去ばかりを考えてしまう。
あれだけのプレイする者が目の前にいたら、すぐに試合を申し込んだに違いない。
氷帝のレギュラー陣でも、彼に勝てるかどうかの実力の持ち主だ。
そんなことを考えながら歩いていると、
すぐ近くのベンチで腰掛けてるリョーマを見付けてしまった。

(なんでこいつがこんな所にいるんだ?)
声を掛けずに、跡部はすぐ近くからリョーマを観察する。

身動きもしないで、ボールの音をじっと聞いているようだった。
しばらくそうしてて、気が済んだのか立ち上がってゆっくり歩き始めた。
(一人で帰れるのか・・・)
もしかしたら休日に榊と一緒にいたのは、歩行の練習の為だったのかもしれない。
杖で周囲を探りながらと、とても早いとは言えない歩きだけれどそれでも着実に前に進んでいる。

その姿にビデオで見たコートで動き回るリョーマを重ね、跡部はちっと舌打ちをした。
何故だか無性に苛々させられる。
でも目が離せない。

(お前はコートに戻りたいと思ってるのか?)
ボールの音を聞いていた顔を見て、跡部は少しだけリョーマの心を知った気がしていた。


チフネ