チフネの日記
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2004年08月11日(水) 盲目の王子様 11 変化  跡部景吾

いつもながら音楽室とは思えない部屋で、跡部は榊を待っていた。

朝練時に名前を呼ばれた時、一瞬リョーマと言い争いをしたことがばれたのかと身構えてしまった。

しかし榊の話は全く関係の無いものだった。
「他校のデータが手に入った。授業が終わったら音楽室まで来るように」
他に何も言わない榊に、拍子抜けすらした。
(あいつ・・・監督には何も言わなかったのか)
ひょっとしたら越前リョーマは後ろ盾である榊にすら、何も相談しないのかもしれない。
(人の好意を払うような奴だからな)
そういう所も、腹立たしいと跡部は眉を顰めた。
・・・無力なくせに。
お前のことなど、いないものとして扱ってやると跡部は決意する。
しかしそうやってリョーマのことを考えてる事態が、意識してるのだと本人は気付かない。


榊の指示通り授業が終わった後、跡部は音楽室へと向かった。
「失礼します」
準備室の方のドアを開ける。
無駄に豪勢なこの部屋は榊自身が金を出して改装した部屋だと噂されている。
校長室よりも立派な造りは、一教師が持つ準備室とはとても思えないものだ。

適当な椅子に座り、跡部は榊を待った。
が、10分経過しても榊は現れない。
ひょっとして急な職員会議が入ったのかもしれないと考える。
ならばすぐに戻って来ない可能性がある。
「他校のデータなら・・・きっとこの辺りだろう」
探して持っていくかと、ビデオケースが置かれている棚を物色し始める。
大体の場所はわかっている。
音楽関係と、テニスのものとは完全に場所が分かれているから、
見付けれるかもしれない。
そう思って、跡部はラベルを一本一本確認し始めた。
練習をいつまでもさぼっているよりも、さっさと持って行って始めた方が良いだろう。
持って行ったとメモでも置いてけば、榊も何も言わないはずだ。
今年度のデータを探している内に、ふと目に入った文字に目を留める。

「R・E?」

それだけ書いてあるテープが一本。
R・E。
それが人の名前だとすると、ぱっと思いつく人物が一人いる。
「あいつか・・?」
盲目の一年生。
咄嗟にリョーマの顔を思い浮かべ、跡部は不愉快そうに鼻を鳴らした。
こちらから話しかけなければ、もう関わることもないだろう。
何しろ相手は目が見えない。
跡部が目の前に立っていようが、気付くことは無い。

けれど跡部の手はそのテープへ伸びていた。
やめておけと警告が頭に響く反面、好奇心を止められない。

一体、何の映像だろう。
もしかしたらこの中に、越前リョーマを入学された訳が隠されているかもしれない。
盲目の生徒を入学させる例は、過去にない。
随分、榊は無理をして学園長を説得したと専らの噂だ。
それを鵜呑みする気ではないが、何かメリットがない限り榊がそこまで動くとは考えにくい。
越前リョーマ。
一体、お前に何がある?
テープをデッキにセットして、跡部は椅子を引き寄せて正面に座った。
再生のボタンを押し、出てくる画像を待つ。


それは素人が撮ったらしく、画像はお世辞にも良いとはいえないものだ。
どうやらテニスの大会らしい。
映っている人物や話している言葉から、その場所が日本で無いことがわかる。
しかし重要なのはそのことではなかった。

「どうして、お前が・・・」

生き生きとコートを動き回る人物を、カメラはずっと撮り続けている。
仕方ないことかもしれない。
こんな小さな体で、倍くらいの身長の対戦相手を翻弄するプレイをしている。
「ツイストサーブ・・・!?」
高く上げられたボールを、少年はジャンプしてラケットを振り下ろした。
ボールは相手コートラインぎりぎりに入って、対戦相手の顔面近くへ跳ね上がる。

なんだ、これは。
いったいいつのビデオだというのだろう。
今より少し幼いが、そこに映っているのは間違い無く越前リョーマだ。
あいつ、テニスプレイヤーだったのか?
食い入るように、跡部は画面を見詰める。
状況は完全にリョーマのペースだった。
相手も立て直そうとするが、完璧にリョーマに封じられている。
リョーマの持つスピード、テクニックにいつしか拳を握り締めていた。
何よりもボールを追うリョーマの表情から眼を離せない。
試合を心から楽しんでいるかのように、笑っている。

それが本来のお前なのか。
盲目とはいえ、強くあろうとしているリョーマには変わらないが、
コートにいるリョーマが一番彼らしいと思う。
何故だろう。彼のことを何も知らないのに。
これが本来の越前だなんて、どうして確信しているのだろう?
優勝が決まったと、歓声が上がった瞬間テープが切れる。

「跡部」
急に声を掛けられ、跡部は驚いて後ろを振り帰る。
ドアのすぐ前に、榊が腕を組んで立っていた。
画像に集中していたとはいえ、ドアが開いた音に気付かない迂闊さに跡部は舌打ちしそうになった。
「不在だったので、その」
上手い言い訳が出てこなくて、跡部は口篭もる。
しかしなんでもないように、榊は机まで歩いて引き出しから一本のテープを取り出した。
「渡したいといったのは、このテープだ。時間がある時に見ておくように」
用件はそれだけだと、榊の目が言っている。
これを持って、さっさとコートに行け、と。
けれど跡部はテープを手にしながら、思っていたことを口に出した。
「今の、越前リョーマですよね?」
「・・・・・・・」
「どういうことなんですか?」
「何故お前がそんな事を気にする」
「それは、」
「全部関係無いことだ」
「監督!」
「知りたいのなら、お前が干渉してくる理由を聞かせてもらおうか」
榊の目はとても冷たいものだった。
単なる好奇心で聞いて良いものではない。
「・・・ありません」
「なら、もういいだろう」
くるっと背を向け、榊はデスクに座ってしまった。
「1時間後に顔を出す。それまでの部員への指示は任せる」
「はい」
ドアを閉め、跡部は音楽室を後にした。
何も引き出すことは出来ないと、わかっていたからだ。


「遅かったなー、跡部。監督に絞られたんか?」
「うるせえ」
一言で忍足と騙させると、跡部はベンチに座り込んだ。
そしてコートの中にいる部員達を見渡す。

これだけ大人数いて、越前リョーマのような目を持った奴は一人もいない。
あれはなんだ?
画像で見た彼の動きを思い出し、跡部は息を吐いた。
あんなものは実力の全てではないだろう。
まだまだ発展可能性があるテニスプレイヤーだ。
きっとあのまま成長していけば、世界にだって通用する。

リョーマの視力が失われたのは、いつだろう?
あんな、あんな顔をしてテニスしていたくせに、出来ないとわかった瞬間、どんな思いをした?

両手で顔を覆い、跡部は耳を澄ました。
コートに響くボールの音。
どんな動きをしているか、じっとしていると次第に見えてくる。
だけどどこまでも暗闇の中だ。

『しょうがないじゃん。何も見えないんだから』

諦めていたような目をしたリョーマの顔がふっと浮かんだ。


チフネ