チフネの日記
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2004年08月10日(火) 盲目の王子様 10 跡部景吾

くだらねえ噂話、だな。
後ろで私語を続けてる女子達に、跡部は顔を顰めた。
(聞こえてねぇとでも思っているのかよ?)

「そこの二人。授業と関係の無い会話は慎むように」

淡々と、でも鋭い声で注意された女子生徒達はすぐに口を噤んだ。

「それでは次の曲の説明を続けよう」
きっと彼女達が何について噂しているかわかっているだろうに、
榊はおくびにも顔を出してない。

(当然、か)

越前リョーマの入学に関して、榊が関与しているのは明らかなのに、
理由は何一つわかっていない。
無責任なデマや憶測だけが校内に飛び交っていた。

榊は何を考えているのだろう。
(目的は、なんだ)
気にはなっているが、榊にもリョーマにも聞くことは難しそうだった。

あの一年にはいずれ、きちんと謝罪させるつもりではいるけれど、
今は少し近づきたくなかった。

傷付いていたリョーマの顔を見て、怯んでしまった自分が許せない。

(同情か?)
それは、無いと思う。
今まで生きてきて、他人にそういう感情は持ったことは無い。

だけど、リョーマのことは簡単に無視しようとしても出来そうにない。

どうしてだろうか、と考える。

(・・・無力なくせにそれを認めないのが気に入らない)

誰の手も借りずになんて無理だろう。
それをあのチビは本気でやろうとしている。

気に入らない。
大人しく手を引かれていればいいのに、一人で歩こうとしているところが。
榊の力を借りてもっと楽できるはずなのに、しようとしないところとか。

ふっと視線を感じて顔を上げると、榊と目が合う。
どうやら上の空だったことを見抜かれたらしい。

(あいつの事なんか、考えていたせいだ)

授業に集中する為、跡部は背筋を正した。








別に意図的に合わせようとした訳じゃない。
たまたま職員室に寄ったから、部活に行くのが遅くなっただけだった。
(そういや、前にもこの時間帯に会っていたな)

一階の廊下。
皆さっさと帰ったのか部活へ行ったのか、杖を頼りに歩く少年だけが歩いている。

下手に声を掛けて、またこっちの気分が悪くなるような事を言われるのもシャクだ。
今回は知らん顔して追い抜いてしまおう。

だが跡部が一歩踏み出す前に、
リョーマと同じ教室から男子生徒が出てきた。
跡部の少し前を歩く彼は、杖をついているリョーマの背中を片手で押した。

ガシャンと、杖の倒れる音が廊下に響く。

「おいっ!?」

跡部の声に、その男子生徒は振り返りもせず走って行ってしまった。
逃げたとしか思えない行動に、跡部は目を瞬かせた。
(何だよ、今のは)

慌ててリョーマへと視線を向けると、転んだらしく起き上がろうとしていた。

「大丈夫か?」

駆け寄って、不安定ながらも背を伸ばそうとするリョーマに、手を貸す。

「・・・・どーも」

礼らしく無い言葉を、リョーマは小さく発する。

「こういう時はありがとうございますって、言うものだろ」
埃だらけになったリョーマの制服を見て、思わず跡部は手を伸ばしサッと掃った。
「アリガトウゴザイマス」
刺々しい声に、その態度は何だと言いそうになる。
しかしそれではいつものやり取りと変わらない。
我慢して、跡部は話題を切り替えた。

「今の奴、同じクラスの奴か?」
「誰だかわかる訳ないだろ。知ってて聞いてんの?」
険しい顔をしてリョーマは答える。
その態度が、跡部を苛立たせる。

「けど、あのぶつかり方はわざとじゃねえのか?」
「そう?狭いからぶつかっただけでしょ」

とてもそんな風には見えなかった。
故意に押したようにとしか取れない。

「口の悪いお前のことだから、どうせあっちこっちで敵を作っているんだろ」
嫌味のようにリョーマに言ってやると、かなり怒ったらしく杖を持つ手が震えていた。

少し言い過ぎたかもしれない。
たかが一年生の言葉にいちいち反応せず、流せば良い。
相手することは無い。
跡部がそう思った時には、すでに遅かった。

「俺がどこでどうしていようが、あんたに関係無いだろ!
なんでそんなこと言われなくちゃいけない訳?
生徒会長か知らないけど、でしゃばり過ぎなんだよ!」
「・・・・、その口の利き方をやめろって言っただろ」

ぐいっとリョーマの制服を掴む。
簡単に投げ飛ばせるくらい軽い体だ。

(お前は無力だ)

宣言する前に、リョーマが跡部の手に自分の手を重ね、ぎゅっと爪を立てられる。

「お前みたいな奴は、大人しくしてろって言いたいんだろ。
一人じゃ何も出来なくくせに、対等な口を利くな。そう思っているんだろ!」
「俺は、そんな」
「見下していたいから、従順でいることを強要する。
あんた達のそういう考え・・・・軽蔑するよ」

低いリョーマの声に、跡部は思わず手を突き放した。
よろけて、リョーマは壁にぶつかる。
「図星さされたからって、動揺するなよ」
「お前こそ勝手な事言うな!俺がそんな事考えているような奴だって、お前にわかる訳ないだろう!」
カッとなって思わず、大きな声が出る。
だけどリョーマは無表情のままだった。

「もういい。金輪際お前には関わらない。
助けてくれと頼んでも、一切聞かないからな」
「・・・安心していいよ。あんたの手だけは、借りようとは思わないから」


まだそんな事を言うリョーマの顔を睨む。

(そうだな。どうせお前には他に頼れる相手がいるから、安心していられるんだろ)
言ったところでまたリョーマから言い返されるだろうと思って、
跡部は黙って早歩きでその場から立ち去った。

あんなに腹が立つ相手はいない。
あんた達だって?
誰かは知らないが、他の人間と一緒くたにされるなんて我慢出来ない。
咄嗟に助けてしまった自分が、恨めしい。

誰かに恨まれてるかしらないが、もっと居心地悪くなって学園から出て行かないだろうか。




「なぁ、今日は声掛けない方がええか?」
「見りゃわかるだろ、良いから黙っておけよ。侑士が動くとろくなことにならないし」
「・・・・岳人。それはどういう意味や?」
「自分で気付けよ。とにかく今日の跡部は放っておけよ」
「せやな」

結局、跡部の機嫌は最悪なまま、その日の部活は終了となった。






チフネ