チフネの日記
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2004年08月09日(月) 盲目の王子様 9 越前リョーマ

連れ来られたベンチに、腰掛ける。
「ここ、どこ?」
渡された冷たい缶を一口飲む。
その味はリョーマが好きなファンタグレープだった。
「中庭にあるベンチの一つだ」
「ふーん。テニスコートはここから近いの?」
「もうちょっと行った先にある。
今日はまだ誰もいないが、ここに座っているとボールの打つ音が聞えてくるぞ」
「へぇ。そうなんだ」
本日もリョーマは、榊に手伝ってもらって校内の歩行練習をしていた。
必要は無いけれど、一休みしようと榊はリョーマをここに連れて来た。
暖かい春の陽射しが、降り注ぐ。
ここで昼寝したら気持ち良さそうだと、リョーマは思った。

「続きを始めるか?」
ファンタを飲み終えぶらぶら足を動かすリョーマを見て、榊が尋ねる。
「あ!今、何時っすか?」
「11時だが」

11時、と聞いてリョーマは目を見開いた。

「・・・今日は菜々子さんと出掛けることになってるんで。
もう帰ってもいいっすか?」
不自然に聞えたりしないだろうか。
内心でドキドキしながら、榊の返事を待つ。
この間はいつ見られたかわからないが、早く帰るのに越したことは無い。

「そちらの都合に合わせてやっていることだから、構わない」

どうやら怪しまれなかったらしい。
ほっとリョーマは胸を撫で下ろした。

だが、あまりのんびりはしていられない。
テニス部の部活は午後からだけれど、早めに出て来た跡部にまた見付かったら厄介だ。

先週は熱心にやっていたのに、いきなりやる気が出なくなったら榊は怪しむだろう。
告げ口するような真似も、イヤだ。
だからリョーマは家に帰らなければいけないと、ちょっと嘘を付いた。
菜々子と出かけるのは本当だけれど、それはお昼ご飯以降のことだ。

きっとこの方法が一番良い。
もうごちゃごちゃ言われるのは、沢山だ。
上からモノを言う跡部の態度を思い出し、リョーマは不愉快になってきた。

「疲れたのか?」
「いえ、平気です」

校門までの見送りも断ろうかと思ったけど、理由を聞かれたら返答に困るだろう。
誰も見てないことを祈るしかないと、リョーマは杖をぎゅっと握った。
余計なことを言ってくる跡部のせいで、こんなことにも気を使わなければならない。

(全くろくでも無い・・・)

部長が、生徒会長がそんなに偉いのか。
もう2度と話し掛けてくんなと、切に思う。

「越前」
「何すか?」
校門に到着して、榊はリョーマの肩を掴んだ。
「今、困ったりしていることは無いか?」
「・・・・・・無いっす。自由に歩き回れないこと以外は」
「そうか」
嘘、は言っていない。
イヤな連中はいるけど、報告するほどじゃないと思っている。
何より、できれば自分でなんとか切り抜けたい。
こんなこと言ったら、何故誰かの手を必要としないのだと榊は怒るだろうが。
「なら私からは言うこともない。気をつけて、帰るように」
「今日もありがとうございました」

小さくお辞儀して、リョーマはいつもの道を歩き始める。

その小さな背を見て、榊が少し心配そうな眼差しを向けていた。






翌日の月曜日。
リョーマが教室に入ると、少し話し声が静かになった。
不審に思いながらも、リョーマは自分の席へと足を進めた。
カチローとカツオは朝練が始まってから、ぎりぎりにしか来なくなった。
席に座って、のんびりしてようとリョーマは机を手で探る。
(あれ・・・?)
椅子が無い。
そこにあるはずのリョーマの椅子が、手でどんなに探しても触れることが出来ない。

「見ろよ、あいつ」
続いて聞える笑い声に、リョーマは机から手を放す。
(誰か持って行った?)

嫌がらせかと、ぎりっと歯噛みする。
絶対、やつらが面白がる反応なんてするもんか。
そう思って、杖を握りぴっと背筋を伸ばす。
(こんな連中に、負けるもんか)

「越前どうしたんだよー。何、突っ立ってるんだよ」
「あれぇ?椅子が無いのか?」

無言のまま立ったままのリョーマに、笑い声を上げてた連中が声を掛ける。
親切を装っているようで、口調は面白がってる。

不愉快だ、とリョーマは眉を寄せた。

「そう。今朝来たら椅子が無くなってた」
「へぇー。それは大変だな」
「盗難届け出しておいた方がいいんじゃねーか?」
笑ってる連中の数を、冷静に数える。
「別に。このままでもいいけど」
「はぁ?授業中も立ってる気かよ」
なんだ、こいつという声に、被せてやる。

「しょうがないんじゃないの?別に構わないけど」

キッパリと告げるリョーマに、連中も少し怯む。

「そんなの先生がさせる訳ないだろ」
「そうだ。お前、なんて言い訳するつもりだ」
「言い訳じゃなくて、椅子がないのは本当のことだろ。
聞かれたら、無いって言うだけなんだけど」
「・・・・・・・・ちっ」

面白くねぇ、と一人が呟く。

「お前なんか大人しく引っ込んでいりゃいいのに、その態度はなんだよ。
あ、そうか。榊先生に言い付ければ、こんな問題はすぐに解決ってやつか?」
「おい!静かにしてろ。こいつがチクったらまずいだろ」
もうすぐ担任も来るし、と他のメンバーが騒ぎ出す。
「あ、そうそう。あれ、お前の椅子じゃねえのか?誰かが使って、そのままにしてたみたいだな」
「ここに置いてやるから、感謝しておけよ」
「・・・・・・・・」
何が感謝だ、とリョーマは黙って椅子を掴む。

一人では何も出来ないくせに、集団でいて強くなった気になっている。
大嫌いだ。
(絶対、負けるものか)

「いつも相手が寛大とは限らないぞ。余計なトラブルを起こしたくなかったら」

だったら大人しくしてろって?
俺の生き方は俺が決める。
跡部にもクラスの連中にも負けないと、リョーマは拳をぎゅっと握った。


「おはよう・・・リョーマ君?」
声を掛けてきたカツオの態度が戸惑っているのを感じ、
リョーマは挨拶を返し、「何?」と尋ねた。
「怖い顔してるけど。なにかあった?」
「別に。朝だから、疲れてるだけ」
「そう?」

迷惑を掛けたくない。
だから黙っておこうと、決める。

これ以上連中が突っかかってくる前に、どうにかしたいけれど。
良い方法はあるだろうか?

授業が始まっても、リョーマはそのことだけを考えていた。


チフネ