チフネの日記
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2004年08月06日(金) 盲目の王子様 6 跡部景吾

またお昼前の時間だというのに、跡部が学校へやって来たのは本当に偶然だった。

土曜日の夜、「もう顔も見たくねぇ」
そう告げた女が泣きながら縋りつくのをうんざりしながら振り切り、
自宅へと戻った。
非常に勝手な言い訳だが、いつか切り捨てられることもわかってて付き合っていたんだろ。
それをわかってくれない女に対して苛立ち、シャワーを浴びてもすっきりしないまま、
しばらく眠れない時間を過ごした。
目が覚めても、まだ気分は冴えないままだった。
部活の始まる時間まで、まだある。
犬の相手でもして適当に暇を潰そう。
そう思って、家を出たのがまずかった。

「跡部君」

自宅から離れた土手で、不意に声を掛けれた。
動きが止まった主人に、犬は何事かと周りをぐるぐる歩いている。
「てめえ、こんなところで何しているんだ」
「あの、」
「張ってたのか?」
「・・・・・」
主人の顔色に、犬は動きを止め唸り声を上げ始めた。
「気持ち悪ぃ。二度と顔見せるな」
「なんで!?私、いつでも跡部君の言う通りにしたのに」
俯いた彼女に、「ワンワン」と犬の声が被せられる。
「はっ、言う通りにしろなんて、俺は一言も言ってねえだろ」
「でも」
「それに何やっても結果は同じだったと思うぜ。
縁が無かっただけだ。諦めろ」
「私・・・今でも好きなのに」
涙を堪える女を前にしても、跡部の感情は1ミリも動かない。
「俺は好きじゃない。最初から」
「・・・・・」
「そう言ったろ?好きになる可能性は無い。
けれど抱いてやってもいい。それだけの立場をわきまえるなら、少しだけの間傍に置いてやってもいいと」
不思議なことにそんなことを言われても女達は尚も、跡部を求める。
この女にも同じことを跡部は告げた。
それでも良いと言ったのなら、ちゃんと割り切れと跡部は思っていた。
「それでもいつかは、好きになってもらえると思っていた」
「てめえの希望だろう。俺には関係ない」
吼え続ける犬を宥める為、頭を撫でる。
背を向けて、無言で歩き出す。
「跡部君・・・・」
泣き声が聞こえるが、うざいとしか跡部には思えなかった。



家に戻り、すぐに制服に着替える。
「坊ちゃま。もうお出かけですか?」
昼食は、と聞く使用人に後で作って部室まで持って来いと命じる。
一人で家にいると、また気が滅入りそうだ。
少し早く行って、軽く準備運動でもしよう。
そう思って制服に着替え、跡部は車に乗り込んだ。


「なんで、あいつが」

校門のところにいる人影を見つけ、跡部は運転手に車を止めるように命じた。
間違いない。
氷帝の制服を着て、杖を歩く人物は一人しかいない。

「越前、リョーマ」

その姿を見送るように立っていたのは、テニス部監督の榊だった。

休日の学校で一体何をしていたのだろう?
一瞬、車を降りて後を追うかと考えたが、今は止めることにした。
あの生意気な言葉を浴びせられ、これ以上今日という日を台無しにすることは無い。
よく考えて効果的な時に、あのガキに問い詰めよう。

しかし。と、跡部は考える。
今日の練習は午後からだ。
無駄を嫌う監督は、いつも時間ぴったりに学校へやって来る。
誰かの為に時間を割く、なんてこの2年見たことが無かった。

まさか、本当に隠し子じゃないだろうな。

監督と越前リョーマとの似てる部分を腕を組んで探し始める。

「あの、坊ちゃま」
「どうした」
「いつまでここに止まっていれば良いのでしょうか」
そういえば路上駐車したままだったことを思い出す。
「もう、いい。出してくれ」
「ハイ」
跡部の命令を受け、学園の駐車場へと車は動き出した。





(隠し子以外で、監督が越前に肩入れするとしたら何だ・・・?)
結局、どう考えてもその線は無さそうだと跡部は結論を出した。
練習が始まって、コートに現れた監督をじっくり観察する。
しかし越前リョーマと似てる部分は一つも見当たらない。

「跡部ー、今日はイヤに監督へ熱い視線を送っとるなあ」
イシシ、と汗を拭きながら、忍足が笑いかけてくる。
それを跡部は無言で流した。
「ひょっとして違う世界に目覚めたんか?」
「違う世界ってなんだよ」
跡部ではなく、ダブルスパートナーの向日が尋ねる。
ぎゅっと靴紐を結び直し、向日はぴょんと跳ねた。
「もう女遊びは卒業して、今度は男に走ったんやないかって」
「何だよ、それ。気色悪い」
嫌そうな顔をして、向日は顔を背けた。
「昨日もどこぞの女子を振ったらしいやないか。
本格的に身辺整理を始めたんか?」
「・・・どこでそれを聞いた」
ようやっと跡部は忍足の顔を見た。
その事に満足したのか、忍足は得意げに胸を張っている。
「悪事千里を走る、ってやつや」
「どうせお前の付き合ってる中の一人から聞いたんだろ」
「勝手な推測すんな!」
「違うのか?」
「まあ、当たっとるけど」
ぼりっと頭を掻く忍足に、跡部はふんと鼻を鳴らした。
「メールで回って来たんや。跡部様がまた女子を振ったらしいって、本当?ってな」
「振ったんじゃない。切り捨てたんだ」
「鬼畜ヤロー。なんでこんな奴がもてるのか、俺にはわからねえよ」
あーあ、と溜息をついて向日は行ってしまった。
「なんでやろうな?」
「知るか。無駄口叩いてないで、お前も練習しろ」
「監督に見惚れてたお前に言われたないわ」
けっ、と声を出す忍足を、蹴飛ばしてやろうかと一瞬考えるが、思い止まる。
相手してもしょうがない。
それにどうせやるなら、コートで叩きのめす方が楽しい。

「見惚れてた訳じゃねえぞ・・・」
あの盲目の少年の面影が無いか、探していただけだ。
結局、欠片も見つけられなかったけれど。


チフネ