チフネの日記
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2004年08月05日(木) 盲目の王子様 5 越前リョーマ

少し息が乱れたリョーマに、榊は「休憩をしよう」と言った。
「さっきからずっと歩き通しだ。一度座って――」
「もうちょっとだけ。お願いします」

ぺこっとリョーマは頭を下げた。

日曜日の、今日。
'学園の中を必要最低限でも歩き回れるようになりたい’
無茶な願いだとはわかっていたが、口に出す前から諦めたくはなかった。
どうしたらいいのか、考えて考えて。
けれど一人では思いつかず。
わざわざ自宅へ学園生活の様子を訪ねて来た榊に、
リョーマは相談してみることにした。
『人の手を借りたくない。今まで君はそれを押し通していた。
けれど状況が違うのはわかっているな?』
甘えることも必要だと、言う榊に、リョーマは首を振った。
『けれど自分でも出来ることなら、やっていくべきだと思ってる。
それも認められないって、言うんですか』
折れたのは榊が先だった。
絶対一人で何でもやろうとしない、時には誰かの手も借りること。
これを条件に、必要な場所への行き方を付いて教えると約束した。
『でも、部活は?』
『日曜は午後からだ。午前中だけなら問題無い』
出来るだけの時間を全部使おうと、榊はリョーマの頭を優しく撫でた。

限られた時間、リョーマは必死で自分の歩いた道を覚えようとしていた。
校門から玄関まで。
靴箱から、教室まで。
教室まで行って、また靴箱まで戻る。
そして玄関まで。
何度も繰り返し、頭の中に地図を描く。

「もう一回、見てて下さい」
「・・・わかった」

榊の手を借りずに、一歩ずつ杖をついて歩く。

毎日、校門まで担任の送迎付きだったけれど、
この分だと必要無くなるだろう。
歩くスピードは遅いが、その分早く家を出れば済むこと。

「俺、ちゃんと教室まで行けた?」
「ああ。よくやった」

自分の教室のドアを開け、嬉しそうに振り返るリョーマの姿に、
榊の顔も自然と緩む。

「明日、先生が迎えに来たらもう大丈夫って言うつもり」
「本当に大丈夫か?」
「ここだって、一人で帰れる。平気。心配なら、黙ってついてきてよ」
もう一度、辿ってきた道をリョーマは歩き始める。
静かな廊下に、杖の音だけが響く。
小さな背中を見守りながら、榊も後ろを歩いた。

「完璧」
校門まで着いたリョーマは、にっと笑ってみせた。
「そうだな」
「でしょ。ここまではもう大丈夫。後は、どこを覚えよう・・・?」
考え込むリョーマに、榊は「残念だが、もう時間はそんなに無い」と告げる。
「え。もう?」
「後、15分もしたらな。そろそろお腹が空いただろう」
「たしかに」
歩いている間は夢中だったけど、立ち止まっている今、急激に体が空腹を訴えてきた。
「倫子さん達も待っている。今日はこの辺で戻ったらどうだ?」
「そうっすね。わかりました」
もう少しなんて我侭は言えない。
ただでさえ、休日に榊を付き合わせている身分だ。

「じゃあ、ここで帰る」
「送ろう」
「ここからはいつも一人で帰ってるから平気。
それじゃ、今日はありがとうございました」
「ああ。気を付けて帰るように」
「さようなら」

ぴんと伸びた背を伸ばし、リョーマは家へと歩いていく。
遠ざかって行くリョーマを見送り、榊も学園の中へと戻った。

その二人の姿を、一人の人物が目撃していたなんて、知らずに。


チフネ