チフネの日記
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2004年08月04日(水) 盲目の王子様 4 越前リョーマ

移動の時に、誰かの手を借りなければいけない。
とても不便だと、リョーマは杖を握り締めた。
入学して一週間。あちこち移動させられる毎に、この学園の広さを知らされる。
目が見えたとしても、覚えるのは大変だったろう。

「リョーマ君。次、音楽室だよ。移動しよう」
「・・・わかった」

クラスでもリョーマは少し浮いていた。
どう接したら良いかわからず、
遠巻きに見ているだけのクラスメイトが大半を占めていた。
しかし中には、普通に話し掛けてくる生徒もいる。
加藤太郎(通称カチロー)は、出席番号がリョーマのすぐ後ろの生徒だ。
その縁からか、カチローは決してお節介じゃない程度に、リョーマのことを助けてくれる。

「音楽室って、こっちだった?」
「多分、僕も自信無いけど」
「リョーマ君、ちゃんと辿り着いてみせるから待ってて」
「いいけど。誰かに聞いた方が早くない?」
「あ、そっか」
「僕、ちょっと聞いてくるよ」
もう一人。
カチローの小学生時代からの友人・水野カツオも、カチローと同じようにリョーマを普通のクラスメイトとして、
接してくれている。
移動教室へ歩いていく時も、彼の手伝い無しでは辿り着くことすら不可能だろう。

彼らが変な同情など混ざってないことくらい、リョーマはわかっていた。
だから、まだ素直に接することが出来る。
もしカチローが「目が見えなくて可哀想だから」と、そんな態度をしたら、
差し出された手を払っていただろう。

けれど。
(やっぱり、自分で歩き回れるくらいにはなりたいよ・・・)
どこへ行くにも誰かの手を必要としなくちゃいけない。
例えカチロー達が負担に思っていなくても、
リョーマの方でそれをストレスとして感じていた。
今まで、他人の手を借りずに生きてきた性格は、
目が見えなくなった今も、そう簡単に変わる訳じゃない。

「このまま上に行ってずっと真っ直ぐ行けば良いってー」
「じゃあ、合ってるんだ」
再び、三人は音楽室を目指す。
どうしても段差のあるところは、リョーマの歩くペースが遅くなる。
急かさず、気を配りながら、二人はリョーマの後ろをのんびりと歩いた。

ふと、上を見上げたカチローの目に、見覚えのある人物が映った。
「カツオ君、跡部部長だよ」
慌ててカツオに肘で合図を送り、その存在を知らせる。
「本当だ。どうしよう。挨拶ってした方がいいのかな」
「でも見学しただけで、仮入部もこれからだよ」
どこか焦ったような二人の声に、リョーマは首を傾げた。

(跡部部長?)

思い出したのは、あの偉そうな声だった。

(でも、まさか)

「こ、こんにちは」
「跡部部長、こんにちはっ!」
上擦ったカチローとカツオの声に、相手からの返事は聞えない。
カツン、と靴音だけがして、階下へ歩いて行ったようだ。

それだけで、あの時の‘跡部’かどうかはわからない。

けれど。
(この・・・香り)
中学生には似つかわしくないような、香りが微かにリョーマの鼻腔を擽った。

跡部に腕を引っ張られた時も、こんなのを嗅いだような気がする。

「どうしよう。なにかまずかったかなあ?」
「馴れ馴れしく、挨拶したから怒っていたのかも」

あたふたしているカチロー達に、リョーマは「ねぇ」と声を掛けてみた。

「跡部部長って、テニス部で生徒会長の跡部さんのこと?」
「うん。その跡部部長が今、そこを通り過ぎて行ったんだ!」
興奮気味な肯定の言葉に、リョーマはやはりか、と眉を寄せる。
とりあえず、絡んで来なくて助かったと言うべきか。

「何。カチロー達はテニス部に入るつもりなの?」
跡部部長と呼んでいる辺りも気になる。
あの人格破壊.されているような部長が束ねている部は、やめた方がいい。
そう止めようとする前に、カチローの弾んだ声が響く。
「うん!テニス部志望している人数は多いから、どうしようか決めかねていたけど。
跡部部長のプレーを見て、やっぱりテニス部にすることにした」
「すごいもんね。部長に憧れて入部希望する一年って多いらしいよ」
「ふーん・・・・」
アイツの性格を知ってるのかと、リョーマは忠告したくなった。
けれど、カチロー達が決めたのなら口を挟むことじゃないかもしれない。
そうだ、と思い直し黙っていることにした。

しかしカチロー達がテニス部に入るとは。

もし目が見えていたのなら、同じように入部して、一緒に練習していたかもしれない。

(イヤ、それはないか)
あのままテニスがやれていたのなら、日本には来ることはなかっただろう。
わざわざ自分からレベルを落とすような真似、考えもしない。

「あの跡部って人は、強いの?」
部長ならば、強いのだろう。
日本の中学生で強いというのは、どんなものなのか。
少しばかり興味がある。

リョーマが尋ねると、カチローもカツオもすぐにその話題に飛びいてきた。

「跡部部長はすごいよ!1年生からもうずっとレギュラーで」
「全国に通用する腕前なんだよ」
「ジュニア選抜にも選ばれたしね」
「僕らは見た事ないけど、すごい技も持ってるんだって!」
「へぇ」

入部前から、もうすっかり部長のファンになってる二人に、
ちょっとだけリョーマは引いてしまう。

(あの性格知っても、絶賛できたらすごいよね・・・)

そうか。跡部の望んでいる接し方は、こんな風なのかと感心してしまう。
絶対自分には出来ない真似だと、リョーマは肩を竦めた。

「あ、チャイムの音だ!」
「やば。急がないと」
そうは言いながらも、二人はリョーマを置いて駆け出すことはしない。

「ありがと・・・」

二人には聞えないくらいの声で、リョーマは呟く。

感謝はしているけど、自由に歩き回れないことが悔しい。

せめて自分が行く場所だけでも、頭に地図を叩き入れて歩けるようにしたい。
なんとか出来ないものか。




カチローとカツオは氷帝で王子のクラスメイト。
青学も登場するけど、二人と王子以外はそのままのメンバーです。


チフネ