チフネの日記
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2004年08月02日(月) 盲目の王子様 2 越前リョーマ

榊先生が、アメリカまで家に訪ねて来た時、
すでに俺の視力は失われていた。
その頃は騒がしい周囲にうんざりして、一日中ベッドから出ないまま過ごすことも多かった。

「リョーマ。客が来ているんだ。
部屋から出て、挨拶しねえか」
親父の知り合いなのに、どうして。と、不満に思いながらも渋々俺は出ていった。

今は、誰とも会いたくない。
会えば、初対面の人間でも俺の目のことに気付く。
その事で好奇心や同情めいた言葉を聞くなんてまっぴらだからだ。

けれど、心配掛けっぱなしの両親に反抗する訳にもいかず、
親父に手を引かれたまま、俺は客人の前に出された。

「越前リョーマ君だね。話は聞いている」
「はあ・・・どうも」

相手がどの位置に立っているか、声で大体把握して、俺は頭を下げた。




この時、榊先生が家に訪ねて来なかったら。
俺は日本に行くこともなく、全く今と違った道を歩んでいただろう。

きっと、お互いに出会うことも無かった。


「俺はそうは思わない」
「どうして?」
「違った道でも、お前とは出会ってた。
そう信じてるからだ」

例え話にムキになって、根拠も無く信じてるなんて言う。
全く、あんたらしいね。
そういう所も含めて、全部好きだよ。

最も、出会った頃は、イヤな奴って思っていたけどね。

・・・そこで凹むなよ。
出会った頃は、って言ったじゃんか。













手を伸ばし、リョーマは玄関を開けた。
一人で学校から家へ帰還、初達成を遂げた瞬間だ。

「おかえりなさい、リョーマさん」
リョーマの帰りを待っていた菜々子は、ほっとした表情を浮かべた。
大切な従弟が無事帰ってくることを、菜々子はずっとここで待っていたのだ。

「菜々子さん、ただいま」
菜々子の出迎えに、リョーマは笑顔を向けた。
昔から可愛がってくれる従姉が、心配して待っていたのは容易に想像がつく。
今朝も迎えに行かなくて大丈夫かと念押しされたばかりだ。

「ほあら」
「ただいま、カルピン」
愛猫の声にも応え、リョーマは靴を脱いで家の中へと上がった。


リョーマの通う氷帝学園まで、直線コースで歩いて5分ちょっと。
この位、一人で行けると、リョーマは主張して譲らなかった。
当然、毎日送り迎えすると母親も菜々子も反対した。
「まあ、やってみろや」
父親の南次郎だけが、リョーマの気持を見抜いて、
好きにさせろと二人を説得した。

「学園の中まで手を引いてやる気か?
そんな事やってたら、いつまでもリョーマ一人で何もできねえぞ」

入学式が始まるまで、リョーマは学園までの道を必死で覚えた。
勿論、その間は菜々子か、母親が付き添っていたけれど。
今日からは行きも帰りもリョーマ一人のみ。
心配するなという方が、難しい。

しかしリョーマはこれからも一人で行くつもりだった。

いつまでも二人に負担を掛けたくない。
これは自分でやれる所は、自分でするってアピールの一歩だ。
視力を失ったと聞いた時の、
母親と菜々子の悲しみはリョーマへ痛い程伝わっている。
だからこそ、目が見えなくなった今でも、
強くあろうとする姿を見せて安心させたい。
そう思って、明日も一人で家へ無事帰って来ようとリョーマは決意した。


「学園はどうでした?かなり広い学校だと伺っているけど、
迷子にならないよう気を付けて下さいね」
「んー、たしかに広いかも。でも必要ないとこは行かないから」
菜々子が出してくれたおやつを食べながら、今日あったことを話す。
担任の先生が良い人だった。
入学式で校長の話が長過ぎてずっと眠っていた。
氷帝は花が多く咲いているのか、とても良い香りがすること。

―――最も、全部言える訳じゃない。

「大丈夫、なんとかやっていけるよ」
手を伸ばし、リョーマは立ち上がった。
「久し振りに人が多く集まるところに行って、疲れた。
夕飯まで寝てていい?」
「ええ。時間になったら起こします」
「うん」

2階にある自室へ入り、リョーマは制服を脱いだ。
ベルトをとり、靴下を脱いでベッドの上に横になる。
「・・・・疲れた」
ふあ、と欠伸が出た。

覚悟はしていたけれど、遠巻きに自分を噂している生徒の数はかなりいた。
勿論クラスメイトを含めて、だ。
異例の待遇を不審に思っている者。
好奇心丸出しで、勝手な話を捏造している者。
それをやんわりと非難しながらも、決して関わらないようにしている者。

くだらない。

しばらくすれば、連中は噂するのにも飽きてくるだろう。
そうしたら、いるかいないか位の存在になるに違いない。
時間はもう少し必要かもしれないが、今は辛抱する時だ。

我慢、我慢とリョーマは自分に言い聞かせる。

アメリカにいて、もうテニスは出来ないのかと毎日騒がれるよりもずっとまし。
日本には自分のことを知ってる人がいない。
それだけでも気楽だ。

(まあ、変な奴もいるけど)
ふと、今日声を掛けてきた妙な男のことを思い出す。
(学年も違うらしいから、滅多に会うこと無いよな?)
横柄なモノの言い方を思い出して、リョーマは眉を寄せた。
あの跡部とかいう男は一体なんなのか。
生徒会長で、テニス部長だからどうした。
不愉快な態度取って許されるというのか。


「おい、越前リョーマ」
まず、第一声がそれだった。

校門までは担任に送ってもらったが、(もちろん明日からは一人でこの道程も歩くつもりだ)
ここからは一人で行けると主張し、別れた後。
突然呼ばれた声に、リョーマは驚いて立ち止まった。
(誰?)
相手の足音が近付いてくる。
警戒しながら杖を握り直す。

「入学してくるって、本当だったんだな」
「え?」
「覚えてないか?前に会っただろ」

当然覚えているよな、の意味合いに首を傾げる。
名乗りもしない人物に、心当たりなど無い。

「知らない」

きっぱり告げると、相手が「そんなハズ無いだろう」と声を上げた。

「転びそうなところを、助けてやったのに忘れたのか?」
「え?助けてもらった覚えなんて、ないけど」
「あるんだよ!少し前に学園に来て、一人でぼんやり歩いていただろ」
「ああ・・・。あの時の偉そうな人」

やっと思い出してそう告げると、小さく舌打ちした音が聞えた。

「おい。言っておくがこの学園に入った以上、そういう言い方は全部直せ。いいな」
「なんで」
「なんでって、俺様に向かってそういう口の利き方、許されるとでも思っているのか!?」
「はあ・・?」
激昂しやすい奴。
口には出さなかったが、リョーマはそう思った。

「なんで許されないかわからないんだけど。あんた誰」
「そうか。世間知らずなガキに教えてやろう。俺様は跡部景吾。
氷帝の生徒会長、兼テニス部部長。どうだ、わかったか」
「・・・・・だから?」

威張るようなことか?
首を捻るしかない。

「だから、じゃねえんだよ。この学校の実権は俺様が握ってるってことを、忘れない方がいい」
「そりゃ、どうも」
実権って、何。
お山の大将気取りか、とリョーマは吹き出しそうになるのを堪える。

「で、その跡部様が何か用?」
わざわざ声を掛けてきた理由を尋ねる。
ようやく本題に入れそうだ。
あまりもたもたしていると、家で待っている菜々子に心配を掛けることになる。
「一つ、聞きたいことがある」
「なんだよ」
「監督とどういう知り合いなんだ」
「監督・・・?」
誰を指しているか考えていると、「榊先生のことだ」と跡部が告げた。
「ああ。榊先生ね。どうかした?」
「聞いているのは、俺様の方だ!」
「って・・・言われても」

どういう知り合いか。
跡部が、そんなこと聞いて来る理由がわからない。
生徒会長で、テニス部部長は、一生徒のことまで把握しなきゃいけないのか。

否、とリョーマは首を小さく振った。

クラスメイトの連中と似たようなものだろう。
ただ、本人に直接聞いて来ただけに過ぎない。
盲目の自分が、学園に入った理由。
あの日、一緒にいるところを見て榊が手を回したと跡部は推測したのだろう。
たしかに嘘では無い。

「おい、答えろ」
偉そうな言い方に、リョーマはムカついてきた。
(なんで他人のあんたにそんな説明しなくちゃいけないんだよ。
好奇心で人の詮索するやつなんて、キライだ)

「教えない」
「なんだと?」
「聞きたければ先生に直接聞けばいい。
俺からは何も言うことないから」
「お前・・・!」
くるっと背中を向けようとすると、またあの時と同じように腕を掴まれる。
「離せっ!」
予期してたことだから、今度は足をしっかり踏み止めた。
「へえ。力尽くで言うこと聞かせようって訳?やれば?
俺相手じゃ、簡単でしょ」
こんな風に挑発して、殴られることもあるかもしれない。
けれど、従うもんかとリョーマは拳を握り締めた。

「だれが。お前ごときにムキになるかよ」
吐き捨てるように言って、跡部は掴んでいた腕を離した。
「けど覚えておけ。
この学園にいる限り、俺様に逆らって得になることは一つも無いからな」
「ご忠告、どうも」
「・・・いずれ聞き出してやるからな」

跡部が離れていく靴音が聞える。

ほっと息を吐いてリョーマは杖を握り直し、遅れた分を取り戻すべく早足で家へと再び歩き出した。




(鬱陶しい奴)
思い出すだけで気が滅入って来た。
できれば跡部とはもう話をしたくないが、
今日のあの感じではまた声を掛けられそうだ。
榊に出来るだけ頼らないと決めているから、
今のところ相談するつもりは無い。
(しかしそんな気になることか・・・?)
人のプライベート部分まで、ずけずけと暴いて何が楽しいのか。

もしまた声を掛けられたら、聞えないフリしてやろう。
それが良い。

夕飯までもう少し時間がある。
寝よ、と今度こそリョーマは意識を閉じた。


チフネ