チフネの日記
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2004年08月01日(日) 盲目の王子様  出会い  跡部景吾

世界は俺様を中心にして回っている。
思い通りにならないことは何一つ無いと、信じていた。

『ああ、そんな感じだったね』
鼻で笑うな。
たしかに、お前と出会った頃は態度がデカイ、高慢な奴だったかもしれないけどな。
良くわかってるって?
そうかよ。
だが、お前も態度のデカさでは負けてねえだろ。あーん?

・・・都合悪いことは聞いてないフリか。そうかよ。

初めて会った時と変わらず、お前だけは思い通りにならないまま。

勝ち誇った笑顔は小憎らしいけれど、
やっぱり愛しいと思う辺り・・・もう手遅れだ。


決して良いとはいえない出会い方をした俺達が、
どこを間違ってこんな風になったんだろうな。











コートを抜け出して、跡部は一人で中庭を歩いていた。
単なる気分転換だったので、お供の樺地は連れていない。

『用事がある為、席を外す。後の指示は頼む』
監督からメニューだけを預かり、今日の練習をこなしていたが、
ふっと外の空気が吸いたくなった。
少しの間なら構わないだろう。

他の部員がそんな事を考えて、コートを抜け出したなら罰則は免れない。

しかし、テニス部長に意見するバカはいない。
だから当然のような顔をして、跡部はコートから離れることができた。
ずるい、と騒ぐ小うるさい同級生達もいるが、無視すれば良いだけのこと。

吹き抜ける風に、跡部は空を見上げた。

もうすぐ春休みも終わる。
そうしたら新入生達が入ってくる。
テニス部に、少しは歯応えのある奴は来るのだろうか。

誰が来ても、きっと俺様には勝てないけどな、と跡部は笑みを浮かべた。

退屈しないような新人でも入って来たら、面白くなりそうだが、
果たしてそんな奴は現れるのか。


今のメンバーの実力等、色々考えながら足を進める。

ふと。
杖を振りながら歩いている少年が、跡部の視界に入った。
私服姿で背丈も小さい。

(初等部の生徒か?こんな所で何をしているんだ)

見ている間にも危なっかしい足取りで、少年は歩みを進めていく。
杖で周りを探りながら、ゆっくりと。
氷帝の敷地内の通路は広い。
そのあちこちには、花壇や木が置いてある。
通路の真中に邪魔じゃないのか?と思うようなところにもだ。
そんな調子なので、少年は杖で木を叩き、確認しては歩いていく。
速度は幼稚園児よりも遅い。

(迷子じゃねぇよな?)

付き添い無しに少年が歩いていることが気になる。
方向感覚が狂って学園に入り込んだ可能性だってゼロではないだろう。

「っ!」

通路の中でも大きい部類に入る木を避けようとして、少年は枝を体に引っ掛けてしまう。
そのまま転んでしまうかと思われたが、上手に手をついて激突はなんとかやり過ごす。

「何これ。すごい迷惑」

ぶつぶつ言いながら、少年は体を起こした。
ぱんぱんと手を払い、また杖を持ち直す。

「おい」

なんとなく暇だったこともあって、跡部は声を掛けてみた。
ここに何故いるのか、少しばかり興味もある。
しかし少年は跡部の声を気にも止めずに、歩き出してしまっている。
「おい。そこのお前。聞こえねぇのか?」
2度目の声も、やっぱり無視をされる。
苛立ち、跡部は大股で少年に近付いた。

「ここで何しているんだ」
「俺のこと?」

至近距離で声を出すと、ようやく少年の歩みが止まる。
こちらに顔を向けているが、瞳の焦点は合っていない。
ぼんやりと、どこを見ているかわからない視線。
それと、杖。

確信する。
この少年の目は見えないのだ。

「部外者は立ち入り禁止だって知っているか?」
「あんた、ここの先生?」
本当に教師だったらどうするつもりなんだ、と思うような口調で少年は尋ねた。
「・・・お前、俺の話聞いているのか?」
「部外者は立ち入り禁止ってやつだろ。生憎俺は部外者じゃないんで」
肩を竦める少年を観て、どういうことか考える。
「もしかしてここに入学するのか?」
背丈の小ささから、2・3年の転校生という線は思いつきもしない。
「まぁ、そう」
「本当にか?」
「多分。俺はよくわからないけど」

投げやりな少年と逆に、跡部は内心で驚いていた。
目に障害を持つ生徒の受け入れは今まで無かったはずだ。
きちんとした体制も無いまま、入学させてどういうつもりだ?

「ねぇ、もう行ってもいい?」
黙っている跡部に、少年は返事も聞かず歩き出す。
「待てよ。ここで何しているかまだ聞いていない」
がしっと腕を掴んだ途端、驚いたのか少年の体がよろける。
「わっ、ちょっと!」
咄嗟に反対側の手を出し倒れないよう、体で受け止める。
転倒を避けたことに思わず安堵したが、助けられた方はそう思わなかったようだ。
「いつまでくっついてんの?」
不機嫌な声が聞こえ、跡部はむっと眉を潜める。
「お前が転びそうになったから、助けてやったんだろうが」
「あんたがいきなり人の腕を掴んだせいって、わかんないの?」
「何だと。そんなことで倒れるか?普通」
感謝をされても、文句を言われる筋合いは無い。

なんだお前と、続けようとしたが、
「しょうがないじゃん。何も見えないんだから」
自棄的にも聞こえる少年の言葉に口を閉ざした。

そして、そっと支えていた体を離す。

「突然行く手を阻まれたら、驚くよ・・・」

杖を握り締めている少年に、掛ける言葉が何故か見付からない。
こういう時は何を言えば良いんだ?
全く思いつかない。

「越前!」

沈黙を破ったのは、跡部がよく知っている声だった。

「榊先生」
慌ててこちらに駆け寄っている監督に、少年ははっきりと答える。
この二人、知り合いなのか?
事情が見えない跡部は、両方の顔を見比べる。

「跡部。何故、お前が越前といるんだ?」
不審がる榊に「偶然そこで会った」と告げる。
実際そんな長い間接触していた訳ではない。
「そうか。だが休憩時間はもう終わっているとわかっているか?」
「・・・済みません」

謝罪するが、榊はもう聞いていないようだ。
少年の方を向いてしまっている。

「越前、一人で学園内をうろうろするんじゃない。倫子さんが随分心配されていた」
「ちょっと探検してただけなんだけど」
悪びれもせず答える少年に、榊は溜息をついてその手を取った。
「とにかくすぐに戻るぞ」
えーっと不満そうな声を無視して、榊は突っ立っている跡部へと顔を向ける。
「それから跡部」
「・・・ハイ、監督」
「今日はこのまま戻らないから、残りの練習はお前に任せる。部誌だけ机の上に置けばいい」
「ハイ」
「さぁ、行くぞ」
ほとんど榊に引きずられてながら、少年は行ってしまう。

二人が知り合いだというのなら、あの少年の入学に監督が絡んでいる?
どういうことだ。

その頃。いつまでも戻らない部長を不審に思い、
コートでは皆が樺地に跡部を呼ぶように指示を出していた。


チフネ