チフネの日記
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2004年07月22日(木) 天使不二と王子 49


奇跡なんて、起こるものか。
自分が動かなければ何も変わらない。
それだけじゃなく頑張っても打ちのめされることだって、あるじゃないか。
たまたま起きた都合の良い偶然を、奇跡だと呼んでるだけじゃないの。

もし本当に奇跡ってやつがあるなら、
今起きてよ。
そうしたら信じる。

そんな不確かなものしか・・・縋れないなんて、俺は馬鹿だ。




(どこかで必死に祈る声が聞こえる)
(決して聞けるはずの無い、声)
(一番会いたい人の・・・)



「先輩!」

呼ばれ、目を開く。
まさか、だって夢にしては都合良過ぎる。

「周助っ!意識が戻ったの!?」
「先生を呼んで、早く!」

闇では無く、室内にいるらしい。
騒がしい声になんだろうと考えて、思い出す。
たしかに彼の声がしたはずだ。

「越前・・・?」

名前を呼ぶとほとんど同時に、誰かの指が頬に触れる。

「良かった。俺、先輩がいなくなったらどうしようかと思ってた・・・!」

なんとか頭をずらすと、やっと見たかった越前の姿が視界に入る。

「泣いているの?」

ひどいことを言っても、決して僕の前で涙を見せなかった彼が、
ポロポロと涙を流していた。

「だって、先輩が目を覚ましてくれたから、嬉しくて」
「あら?周助が眠っている間も、ずっと泣いていたのは誰かしら?」

いつの間にか越前の隣に、由美子姉さんが立って、彼の肩に手を置いた。

「泣いてなんか、いないっす!」

ムキになって否定しても、真っ赤な目は誤魔化せない。
くすくす笑って姉さんは「そういうことにしておきましょうか」とウインクする。

「それよりリョーマ君、もうすぐ先生が来るから私達は外に出ましょう。
その間に顔を洗った方が良いかしらね」
「・・・・・はい」
ぐずっと鼻を啜って、越前は頷く。

「先輩、それじゃまた後で」
「うん」

姉さんに連れられて、越前は外へ出て行く。

「全く、心配掛けさせやがって」
今までの成り行きを見守っていたのだろう。
壁にもたれていた裕太が、声を掛けてきた。

「あいつ、ずっと眠っていないんだぜ。
また入院患者が増えるところだったな」
「裕太」
「さっさと元気になれよ、兄貴」
「うん・・・心配させてごめんね」

片手を上げて、裕太は入ってきた母と入れ違いに出て行った。





しかしこれは一体どういう事だろう。
混乱したまま診察を終えて、
最後まで残っていた母にこの状況を尋ねてみた。

まず僕が越前の怪我を治した話は一切出てこなかった。
最も消さなければいけない光景だったからなのか。
そして、あの日の出来事はこんな風にすり替わっていたのだ。

車に引かれそうになった越前を、後ろから走ってきた僕が咄嗟に庇ったと。

代わりに車にぶつかった僕は、そのまま気絶してしまい病院に運ばれたという。
怪我は無いけれど、ずっと目を覚まさなかったらしい。

何とも信じがたい話だが、母に嘘を言っている様子は無い。

眠っていながらも、僕はうわ言で越前の名前を呼んでいたとも聞かされる。

「自分を庇った所為でって、ずいぶん気にして・・・。
ずっと泣き通しだったのよ。
病室に入れた後も、ずっとあなたの側を離れようとしないから、
越前君の方が倒れるんじゃないかって心配したんだから」

どんなに自分を責めただろう。
ぎゅっと胸が痛くなる。

「先生も驚いていたけど、他に外傷は無いんですって。
もう一度検査をするけど、明日には退院出来るそうよ。
早く元気な姿を越前君に見せてあげなさい」
「はい」

彼の心の負担を軽くする為にも、と真面目に頷く。



けれど、何故ここに戻って来れたのかはまだわからない。
罰を受ける者として、消えたはずじゃなかったのか・・・?






検査の結果に問題は無かった。
無傷とは運が良いと、担当の医師は笑った。

「あの、運動をしても大丈夫ですか?
大会はすぐなんです」

出場出来ないと言ったら、越前はまた自分の所為だと責めるだろう。
何よりそれが心配だった。

「問題は無いでしょう。後遺症の心配も無いと、検査結果にも出てます」
「ありがとうございます!」
「お大事に」

頭を下げて、診察室から出ようと足を踏み出す。



「人としてのその命、大事にするが良い」

え・・・?

医師の声では無かった。

振り向くが、カルテに書き込んでる医師の他誰もいない。


何故、罰を免れたかはわからない。

ただこれから人として生きていくことだけは、許されたようだ。

もう一度頭を下げて、外に出る。
真っ直ぐ前だけを見て。















誰に願ったら良いかわからない。
でも祈ることしか、出来ない。

先輩を助けて。
俺が走って逃げたりしなければ、こんな事にはならなかった。
代わりに俺の命を差し出すから、不二先輩を助けて。
あの人がこの先俺を見なくてもいい。
どこか他人を拒絶して寂しそうなあの人が、
この先誰かと幸せになることだけを祈っているから。
お願い、あの人を救って。

奇跡なんて信じないけれど。
ずっと祈り続けてた。


そうして先輩の顔を眺めていたら、
瞼が動くのが見えたんだ。




チフネ